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#8 医療安全の報告を組織学習に繋げるヒント──報告しやすい現場がつくる安全文化

この記事は、ポッドキャスト「医療DX通信」第8回の書き起こし記事です。音声を聴く時間が取れない方や、資料として残しておきたい方はぜひご活用ください。
この番組は、医療介護領域にて「医療DXを加速させる」をミッションとして掲げる ispec(アイスペック) が配信しています。医療安全、医療インフラ、電子カルテといった領域で、医療DXの推進に取り組んでいます。
番組では、医療DXの最前線でキャッチした最新のニュースや政策動向をお届けします。パーソナリティーは、ispec CEOの谷村がつとめます。

オープニング


ゲスト・テーマ紹介
谷村:
本日は前回の続きということで、「医療安全と組織学習と安全文化」をテーマにお届けします。前回に引き続き、医療従事者のKさんにご登場いただきます。
我々は「Loomo AI」という医療安全のDXから組織学習へ繋げるシステムを作っているのですが、その背景もあって、医療安全報告書だったり組織学習、安全文化というテーマでいろいろとお話しいただく回が続いております。
今回は、どんなお話をしていただけるんでしょうか?

Kさん:
今日は安全の報告書を組織学習に繋げるためのヒントについてお話できればと思います。
ただ最初に言っておくと、組織学習っていうのは定義がめちゃくちゃ難しい思っておりまして…僕はセンゲの『学習する組織』っていう本を読んで、「これか…!」と思ったんですけど、それを読むのに何度も挫折して3年ぐらいかかって、やっと読みきったという楽しい思い出があって。笑
それはさておき、とりあえず今日は、「報告で終わらないことだ大切」ということをお伝えできればいいなと思います。


「報告で終わらせない」医療安全と組織学習とは


Kさん:
厚生労働省が公開した「医療事故調査制度等の医療安全に係る検討会」の第5回資料に触れながらお話します。この「医療事故調査制度」についての課題は、少し前にNHKでも報道されて話題に挙がっています。
制度自体は主に死亡事例を扱うものですが、検討会資料の中でも「やっぱり報告めちゃくちゃ大事だよね…!」といった内容が書いてあるんですよね。大量の文章の中で、僕がめちゃくちゃいいなと思った箇所がありまして、それが「事例を把握し、学習へと繋げる仕組み」という言葉で。全文を通して、その仕組みがめちゃくちゃ大事ですよ〜といった内容が書かれています。
これは医療安全報告書に関しても同じことが言えると思っています。把握するためには、報告書が提出されなければなりません。けれど、提出された報告書をすべて対応することは現実的には難しい。そこで、どのように進めていくべきかという話ができればと思っています。

報告が上がる現場をつくる、4つの条件

Kさん:
まず、報告書を出してもらわないと始まりませんので、提出してもらうためにはどうすればいいのかを考えてみると、いくつかキーワードが挙がると思います。たたき台を生成AIに作ってもらったので、それをもとに、ツッコミどころ含めて話していきますね。

1つ目が報告者を保護すること。これはめちゃくちゃ大事で。
パワハラされましたとか、報告も何かもみ消されましたとか、逆にエスカレートしましたとか…そういうことってよく報道されたりしてますけど、当然そんなのあっちゃ駄目なわけです。
匿名性を確保したり、「ミスがあったとしても、報告してくれたことに感謝する」という姿勢を示すことが重要ですよね。
これが、「ミスしちゃったことも隠しせば、お咎めなし」「報告したら怒られる」という取り扱いにするのは駄目だよ、みたいな話です。

谷村:
そうですよね。 一番最悪なのは「じゃあもう報告しないわ」という姿勢になってしまう状況ですよね。何も情報が上がってこなくて、勝手に医療の質が落ちて、組織も破壊していくみたいな状況になっちゃうんで。そうならない最低限の方法を持つことは、めちゃくちゃ重要なイメージがあります。

Kさん:
そうなんですよね…。 次に、避難文化をなくすこと。1つ目と関連するんですけど、「ちょっとミスりました」「こういう問題がありました」という報告に対して、「お前のせいだ」「あいつのせいだ」と個人を非難することを無くしてきましょうという話ですね。これも、当然そうだよなって感じですね。

谷村:
そうですよね…。

Kさん:
次に、リーダーシップを示すこと。経営層とか部署の所属長が「安全は大事だよ! 私も安全重視してるよ」「いつも報告書を出してくれてありがとう」と、安全の方向に向かえるような促しを実施したり「俺が一番安全なことしてる!」って言っちゃうみたいな。そういう姿勢が現場や立場の弱い方からしたらめっちゃ大事だと思います。

もう一つのキーワードが、コミュニケーション。報告書って、やっぱり出されて終わりってなっちゃうケースがどうしてもあると思うんですけれども…。そうじゃなくて。報告書は”ただの紙”じゃなくて”文章”で、それは”コミュニケーションツール”であるはずななので。上司とか同僚とか、他の部署とか、組織のコミュニケーションツールになればいいよね、と。

谷村:
病院によりますけど、ちゃんとその安全カンファみたいなところでピックアップして話をする機会を作られている病院さんの話を伺ってことがありまして。
そのカンファのフォーマットとして、「事象が起こった際に、患者さんはどう思ったか」「家族はどう思ったか」みたいなところを考える時間を、最初に少しだけ設けていらっしゃるそうで。
自分たちがその事象に対応できたことによって、「どういうことが・誰のために・どうできたよね!」みたいな背景を自分たちの中で落とし込める取り組みになっているそうなんですね。結果、「こういうことも、もうちょっとできた方がいいね」みたいな話に進展したりもするそうで!
いろんな担当者さんや病院さんの話聞く中で、そういう”話し合いの場の設計”まで実施されている病院さんもあるんだな〜!と、すごく参考になったりしましたね。

Kさん:
その話の病院さん…めっちゃいいですね…っ!!!

谷村:
いいですよね〜…!ワークシートを作って、患者さんに起こったこと、将来に対する影響、家族への影響…等の項目を、確か4象限を埋めるような形で記入されていっていたはず。
これは看護部での取り組みだったんですけど、やっぱり患者さんのケアが中心業務で、家族とも直接対話する立場だからこそ、「自分が対面で立つときにどう思うか」という視点から「みんなでどういうことができたか」を考える、”自分ゴトにする文化”が生まれていました。その結果、「こういう場があるなら報告しよう」という意識が高まり、報告件数の増加にもつながったそうです。

特に印象的だったのは、報告が単に「マニュアルに反映されました」という形式的な処理で終わるのではなく、「報告をもとにみんなで考える時間の材料になる」という位置づけになっていた点で。しかも、報告者個人の反省事項として扱うのではなく、「チーム全体でどう対応できたか」を振り返る機会にしている。この仕組みは、本当に良い取り組みだと感じましたね。

Kさん:
いいですね。僕、小学5年生ぐらいのときに、父親に突然、なんか「立場が変われば人の意見は変わるからね」って言われて(笑)何か文脈あったかも覚えてないんですけど…。

谷村:
いやいや、小学5年生(笑)

Kさん:
何か辛いことでもあったのか知らないんすけどね(笑)

当時は、「なんで小学生にそんなこと言うんだろう」って思っていたんですけど、就職してから、結構人生通して考えさせられることがありまして。
そのカンファレンスの内容みたいに、「自分の家族がこの報告対象だったら」みたいに、立場を変えて考えてみるっていうのは、やっぱり一歩目としてものすごく大事だと感じますね。僕は、医療従事者として…看護師として…「こう思います!」って考えることが大事ですし、尊重されるべきです。立場を変えてみて考えてるきっかけになることは、確かに報告書のめっちゃいいところだなって思いました。

谷村:
ですね〜。
ただ、なんだかんだいって、暇な環境ではないじゃないですか。

谷村・Kさん:
めちゃくちゃ忙しい

谷村・Kさん:
(笑)

谷村:
忙しいのはもう重々分かっている上で、それでも、「患者さんはこう思うだろうから、何できるかな」って、頭を捻るみたいな。 一旦”現状からメタ的に一歩引いて考える”みたいな仕組みっていうのは、やっぱり忙しいからこそ、すごい大事だろうなと思いますね。

Kさん:
そうですね。こういった要素をまとめていくと、結局”心理的安全性”という概念に集約されていくんですけど。実際、医療安全の学会に参加すると、心理的安全性に関するセッションは必ずと言っていいほど設けられていますし、多くの関係者が「大事だ」と認識しています。今紹介された事例ような取り組みが、まさにその心理的安全性の構築につながっているのだと感じますね。

心理的安全性だけでは語りきれない、現場のリアル


Kさん:
心理的安全性の構築につながるね〜というお話をしていたんですけど、ただツッコミどころも僕的には結構ありまして…。

谷村:
どんなところです?

報告が上がる現場をつくる、4つの条件…のツッコミどころ

Kさん:
例えば、”報告者の保護”という観点で、「匿名にしたらいいじゃん!」という考え方もあって、それはそうだなと思うんですけど、「他の人がこんなことをやっちゃってます!」「他の部署がこんなことをやらかしてました…」みたいな…攻撃手段になってしまう危険性もはらんでるな、と。
白い巨塔じゃないけど…うん。病院という組織はやっぱり大きいし、お金も大きく動くので。自分の部署の予算を確保するために、他部署をアタックする…みたいな使い方も、正直できてしまいます。

谷村:
なるほどなあ…。

Kさん:
それに、"非難文化の排除"についても難しい部分があります。どこからが非難で、どこまでが「免許を持つ専門家として当然果たすべき責任」なのか、その線引きが曖昧なんですよね。免許を持っているということは、”本来は許されない医療行為を、資格があるからこそ許可されている状態”です。だからこそ、その権限を使って「やってはいけないこと」をしてしまった場合は、「いや…それは免許取り消しやろ…!免停だぞ!」という話になってしまいます…。

谷村:
そうですよね。運転免許で例えるなら、信号無視しておいて「忙しかったから」って言い訳しても通用しない。免許取り消しになるし、罰則も受けますよね。

Kさん:
そうです。医療は「高度化している」とよく言われますけど、交通ルールだって同じです。昔より車は増え、道路環境は複雑になり、標識も増えて、ローカルルールみたいなものもあったり。全部を完璧に覚えている人なんていないですよね。

谷村:
確かに。ループが出てきたり、なんだかすごい速いチャリがでてきたりとか、なんならヘルメットかぶってないし。自転車のつもりだけど、ほぼバイクだろみたいな速度で走ってるとか…。笑 複雑化は絶対していますね。

Kさん:
そう。 複雑化しているが故に、免許の更新ができなかったり免停になる人もいますよね。じゃあ医療の世界ではどうか?医師や看護師、薬剤師といった国家資格を持つ人たちも、高度化・複雑化する医療の中で働いているわけですが…免停や資格停止になっている人って、あまり聞かないな…?と。

谷村:
医師や看護師として働いてて、仮にその免許がなくなってしまったら、生活できなくなるしとか言っても、いやでもそれはタクシーの運転手も同じだし…みたいな。タクシーやトラックの運転手も同じですよね。生計を立てている人が免許に依存しているのは、医療職だけの話ではないはずですしね。

Kさん:
そうなんですよ。生業にしているからこそ、「信号無視は駄目ですよ」っていう話なんです。医療は、そこのプロフェッショナリズムというか、「守るべき一定のライン」がどこなんだ…と。線引きが難しいところはあると思うんで。そういう目線も実はあるので、難しいところだなと思ったんですよね。

また、リーダーシップの観点でも考えるべき点があります。現在、多くの病院では「院長は医師でなければならない」という前提があったと思うんですけど、それって本当にいいのかなっていうのもちょっと思ったりしていて…。
医師がトップに立つことで、どうしても医療者側の視点に偏ってしまう傾向があるのかなっていうのは、ちょっと思ったりしちゃいます。 もちろん、それが一概に悪いとは思わないし、仮にルールを変えたらどうなるかは未知数です。
ただ、場合によっては、経営や組織マネジメントのプロがトップに立った方が、病院全体としてより良い運営ができるケースもあるんじゃないか…と。

谷村:
そうですね。経営目線を持つ事務長と医療現場を知る院長が、それぞれの権限をしっかり持ちながら良いバランスを保てている場合は、組織としてうまく機能しているケースが多いなと思ったりします。
一方で、理事長や院長の発言力が強すぎてしまうケースもあって…どうしてもパワーバランスが崩れてしまいますし、周囲のスタッフも…もうみんな…す〜ごく、進めにくそうな感じ…。はたから見ていて感じることでしかないんですけど。

Kさん:
やっぱり、”医師としてトップ”であること”組織のトップ”であることは、違った役割だと思うんで。そういう意味では、こうした構造上の課題ももしかしたらあるのかなと感じています。

あとは、コミュニケーションの観点についても少し振り返ってみたいんですけど。
先ほど谷村さんが紹介してくれた、看護部のカンファの事例はめちゃくちゃいいんですけど。じゃあそればかりに注力しすぎると、例えば「朝礼に30分かけています。でも患者さんは待合室で長時間お待ちいただいています」といった状況になりかねないです。 そこがやっぱり、いいバランスを作ることが重要で、そこを理解しているものの、実際に実現しようも簡単ではない、というのが現実としてあります。

「やばい医師」を放置しないために、報告文化ができること


Kさん:
ツッコミどころや難しいところは現実としてありながらも、報告を上げてもらうためには、心理的安全性を確保し、報告を自分ゴトとして振り返ることはやるべきです。

じゃあ、なんで大事なのか。少し前に『脳外科医 武田くん』というWeb漫画が話題になっていました。簡単に言うと、「問題のある医師が病院に来てしまい、誰も止められない」みたいなお話で、そんな状況に病院が陥りやすい…その様子がわかる作品だったかなと思います。
報告する文化がもし根付いていたら、どうだったんだろうな…報告してうまく回る仕組みができていたらどうだったんだろうな…と考えると、いろいろ見えてくるものがあります。

やっぱり「やばい医者」といのは、そこか一点が「やばい」というわけではないんです…。たとえば、「手術のこの手技だけ下手です」というレベルなら、周囲がフォローできるんです。
実際には、看護師の指示を聞かない、病棟のルールを守らない、ちょっと指摘をすると椅子を蹴ってしまう(言動が不適切…)といった、複合的な問題を抱えているケースが多い。そういう人が、最終的に重大なインシデントを引き起こしてしまうんです…。

谷村:
(笑)別に…あれですよね…。”医師としての技術の話”ではなく、人として…あるいは”一緒に仕事をする人間”としてのスタンスとか、態度の問題の方が大きいんですよね。

Kさん:
そうですね。正直、「よくミスするな」っていう先生でも、なんか「ごめんなさい」とか「また間違えちゃった…気をつけます…」って言ってくれる、ミスは多いけど、ちょっとずつ良くしようとしてくれている方であれば、みんなフォローしようと頑張るんですけど。
フォローしきれないミスを連発したり、同じようなミスを繰り返したり…結局、言うことも聞いてくれないし…みたいになると、なかなか難しいです。

谷村:
それは、病院や医師に限らず難しいです…。

Kさん:
それを、「医師だから」「この人いないとこういう算定が取れないから」と…報告をしない、報告が上がってきても、「まあまあ、次からちゃんとやってね〜」程度で済ませちゃう。そんなことが起きかねないんですよね。

谷村:
いや〜…自分は聞いた話でしかないんですが。知り合いの看護師から聞いた話ではあるんですが、ある病院に言動の問題がある医師がいて、患者さんからのクレームも絶えない状況だったそうで。
ただ、その先生はその地域で特定の疾患を診られる唯一の存在で、実際に多くの患者さんを診てくださっていて、病院側も辞めさせるという判断できない状況みたいですね。

こういう状況って、本当に判断が難しいと思うんです。その病院だけの問題ではなく、地域全体で見てもその疾患を診られる医師がその人しかいない場合、患者さんへの影響も考えなければならない。すぐ解雇すべきだという意見もわかりますけど、病院にとっても患者さんにとっても、それが本当に最善なのかは簡単には答えが出せないと…。

Kさん:
そうですね。地域によっては、その医師しか診られないという状況は確かに起こり得るので、なかなか難しいなって思います。

それをシステムで対応するという話がありまして、現実的な解決策として僕が考えるのは、そうった医師には「医師にしかできない最低限の業務だけを担当してもらう」という体制を作ることです。つまり、診察や処方といった医師資格が必要な業務はその人に任せつつ、それ以外の権限や業務については他のスタッフに分担する。そういった役割の再配置が、現実的な対応策として必要なのかな…と思ったりしています。

…結局それも難しいし、簡単にできるものでもないとは理解してます。とはいえ「この医師の言動に問題がある」「こんな環境変化が起きている」といった異常のサインを、報告を通じて早めにキャッチできれば、部署の管理者や医療安全部門、経営層が「今、病院でこういうことが起きている」と把握できるようになると思います。そして必要に応じて適切なフィードバックを行うこともできる。これこそが、報告文化の本当の意義かなと思います。

報告をフィードバックと学習サイクルにつなげる仕組み


Kさん:
こういった報告ですが、すべてを詳細に記録していたら現場の業務が止まっちゃいます…。そこで、ispecさんでは、AIを活用して報告業務の効率化と質の向上に取り組みされていますね。これは、めちゃくちゃクリティカルというか…単なる効率化ではなく、医療安全の本質を突いた取り組みだと感じています。報告しやすい環境を整えて、一定の質を担保できるようになると、フィードバックの質も上がるっていう好循環が生まれます。

一番大事なのは、やっぱり報告してくれた人に対して適切なフィードバックを行うことです。
自分がミスをした場合は、次に同じミスを防ぐための具体的な対策を考える。他の人のミスをフォローした場合は、どのようにして気付くことができたのか、その気付きのポイントを共有する。こうした知見が組織全体の知識として蓄積されていけば、医療安全の質を高める上でとってもいいですよね。

ここで難しいが、ベテランの師長さんとかが「いろんな経験をしてるんだから!教えてあげなくっちゃ!」という意識から、優しくてやや厳しい指導…を入れてしまったりするケースがあること。

やっぱり、経験の長さにかかわらず、職員同士として対等に話せる場になることが大切だと僕は思っています。
というのも、「教えてあげなきゃ」という立場でいると、どうしても先入観を持って報告書を見てしまい、結果的にフィードバックが偏ってしまうからです。それって結局、属人化した組織になっているじゃん、と。
組織としては、できるだけ中立な立場で、次につながる考え方を持つことが大切です。もちろん、新人や2年目、3年目のスタッフに対して、教育として必要な指導をする場面はあります。しかし、それだけにならない視点を持つことが大事かなと思います。

谷村:
みなさん現場にずっと張り付いているわけではない中で、やっぱり管理職へ異動するとか、役割が変わると、現場の感覚が失われることもありますよね…。一方で、現場に長くいる人は日々の実践を通じてさまざまな知見を得ている。大切なのは、どちらか一方が教えるという関係ではなく、相互に新しい情報を得られて、お互いに学び合うことだと思うんですよね。
一方的な研修や指導の場面もあるとは思いますが、基本的には双方がお互いに新しい情報を得て、それをフィードバックし合う。報告を受けた側も「こういうシチュエーションがあるんだ」と学び、別の報告に対しても「こういう対応がいいかもしれない」と提案できるようになる。お互いに学びのサイクルが生まれるはずなんです。
もし、ある種の自分のテリトリーの中だけで、わかる範囲で解決して話すという形になってしまうと、組織としての成長が頭打ちになってしまうと思います。それはすごく大事なポイントですよね。

Kさん:
そうですね。「組織はトップの器以上には成長しない」という言葉もありますけど、一方で「いや、器以上に成長しなければならないんです」みたいな。ただ、そう考えている人自体が既に大きな器を持っているのか…難しいんですけど。

報告書は、本質的にはコミュニケーションツールです。情報を伝えてくれた側の声を、まずはしっかりと受け止めることが何より大切だと思います。この視点は無くさないようにしないといけない。現場の声をしっかり聞いた上でフィードバックを行う。これがすごく大事。
ただ、現状では「どの事例をどのような形で共有するか」という判断が、完全に属人化しちゃっているので。例えば、委員会で病院全体に共有するのか、部署内の朝礼で3分間教育として取り上げるのか、1分間の共有、10秒共有にするのか、あるいは回覧だけにとどめるのか…。いろんなレベルがあると思うんで。どのレベルが適切かってというのも、もしかしたら今後、報告の記録がしっかり蓄積されていけば、「このレベルの事例なら全病院で共有すべき」といった判断基準が、データに基づいて明確になっていくかもしれません。そうなれば、より効果的な組織学習につながると思います。

つまり、質報告を出してもらうために心理的安全性を確保し、報告しやすい環境を整える。そして報告をしっかり受け止め、それをどう返していくか…フィードバックの仕方を工夫することが最も大事。
当たり前のことなんですけど、結構忘れられがちな部分でもあるので、改めて整理してみたくて、今日はこうしてお話しさせていただきました。

谷村:
ありがとうございます。報告だけで終わらせず、フィードバックまで行うことが最初のステップということですね。

Kさん:
そうですね。ルートヴィヒ・ヴィトゲンシュタインが提唱した『言語ゲーム』じゃないですが、報告を聞いている最中に「こう返そう」と考えていると、結局相手の話をしっかり聞けていない…なんてことになってしまいます。だからこそ、まず一度しっかりと受け止めることがとても大切だと思っています。

AIを活用した医療安全管理システム


医療安全に関わる皆様へ、弊社の取り組みを紹介させてください。

『Loomo AI Insight』  AIが報告から分析まで伴走する、医療安全AIアシスタント

Loomo AI Insight(ルーモ エーアイ インサイト)では、AIが現場の報告と分析をやさしくアシストします
報告内容を自動で蓄積・整理し、医療安全の観点から傾向を分析して、対策の方向性を示唆します。

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番組詳細


「医療DX通信」

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