第1回|人生の重心を動かし始めた、ある朝のこと
はじめに
50代に入り、
これまで当たり前のように大切にし、背負ってきた
仕事上の立場や役割、肩書き、
「こうあるべきだ」と無意識に引き受けてきた前提を、
一つずつ、静かにほどいています。
それは、
何かを投げ出したという感覚とも少し違っていて、
何かを目指し直した、という言葉も、しっくりきません。
ただ、
これまでの前提のままで生き続けることへの
違和感が芽生え始めた。
そんな感覚でした。
このnoteは、
その人生の移行期を、
生きている最中の記録です。
人生の重心を動かし始めた、ある朝のこと
いま振り返ると、
人生の重心を動かし始めた、あの日は
職場のメンバーと、
朝のカフェで打ち合わせをしていた時のことでした。
コロナ以降、
事業の再構築に取り組んできました。
ミーティングのほとんどはオンラインで完結し、
対面で集まるのは、
久しぶりのことだったように思います。
その時の話題は、
自分たちの活動が、
他部署のメンバーに理解されていなかった、
という事実を直接聞いたことによる
悲しみのわかちあいでした。
オンラインでは伝わりにくい、
悲しみと、
大好きな人たちと
「わかりあいたい」と願う愛情。
その両方の響きを、
身体ごと受け取ったような感覚がありました。
その瞬間、
話しの内容そのものは理解できたけど、
自分の中で起きたことを
理解できたわけではありません。
ただ、
ゾクっとする身体感覚と、
稲妻が落ちるような衝撃だけが、
はっきりと残っていました。
揺れては戻る時間の中で
その出来事のあと、
自分の中に立ち上がった感情と感覚は、
すぐに整理できるものではありませんでした。
整理しようと進むと、
すんなりとは進まず、
迷いが生じて、
曖昧な状態へと戻ろうとする。
けれど、
やはり、
整理せず、
その感覚に委ねたい気持ちも消えない。
揺れては戻る。
戻っては、また揺れる。
そんな時間を、
しばらく過ごしていたように思います。
もがきながら「いまここ」を生きていた頃
あの頃の自分は、
この時に得た感情や感覚に対して、
はっきりとしたゴールがありませんでした。
むしろ、
固まらないことの中に身を置きながら、
その時々に立ち上がってくる感覚を頼りに、
一日一日を過ごしていました。
落ち着いていたわけでも、
満ちていたわけでもない。
ただ、
手探りの中で、
もがきながら
いまここを生きていた。
あの頃を振り返ると、
それが一番近い表現だと思います。
十数年ぶりの再会
そんな日々の中で、
十数年ぶりに、
会社の後輩だった人と再会する機会がありました。
同じ会社にいた頃、
特別に親しかったわけでもなく、
深い話をしていた間柄でもありません。
顔と名前を知っている。
そのくらいの距離感だったと思います。
再会の場でも、
人生について語り合うような時間ではなく、
近況を交わす程度の、
ごく軽い会話が続いていました。
ふと、こぼれた言葉
ただ、
その時の自分は、
どこに向かっているのか、
まだ自分でもよく分からない状態に
あったように思います。
だからなのか、
会話の流れの中で、
ふと、
こんな言葉が口をついて出ました。
「リーダーシップの研修で、
何か良いものってある?」
あらかじめ考えていたわけでもなく、
目的があったわけでもない。
その場の空気の中で、
自然とこぼれた言葉でした。
その時はまだ、
この問いが、
この先の流れにつながっていくとは、
思ってもいませんでした。
忘れていた研修の話
彼女からは、
リーダー向けの研修を、
一つ紹介してもらいました。
詳しい話を深く聞くこともなく、
「ああ、そういう研修があるんだね」
という程度の反応だったと思います。
その日、
諏訪を訪れた目的は、
研修の話ではありませんでした。
だから、
その場では、
それ以上考えることもなく、
話題は流れていきました。
再び思い出された、その話
彼女との再会のあとも、
自分の感情との向き合い方に、
もがく日々は続いていました。
そんな中で、
一週間ほどの時間を取って、
諏訪にワーケーションに行くことを決めました。
その滞在中、
再び彼女と会う機会があり、
その時、
何気なくこう聞かれました。
「あの研修、どう?」
その一言で、
「ああ、そんな話もあったな」
と、
はっと思い出したのを覚えています。
曖昧な「行く」という返事
その場で、
僕は、
「行こうと思う」
と答えました。
強い理由があったわけでも、
覚悟を決めていたわけでもありません。
紹介してもらって、
「面白そうだね」と
反応した自分がいて、
そこから断るのは、
どこか言いづらかった。
行ってもいいか。
それくらいの、
とても曖昧な気持ちでした。
「行く」と言ってから、迷いが消えていた
「行く」と口にしてから、
不思議なことに、
それ以上、
迷うことはありませんでした。
納得していたわけでも、
確信があったわけでもない。
それでも、
行かない理由を探す自分は、
いつの間にか、
いなくなっていました。
決めた、というより、
すでに流れの中に入っていた。
そんな感覚の方が、
近いのかもしれません。
そして、研修へ
あの時の自分は、
まだ、
何が起きようとしているのかを、
知りませんでした。
