止まれ、というサインに従ってみた日
昨夜、身体がはっきりとサインを出していた。
目がしょぼしょぼして、
開けていられなくなって、
足の裏がズンズンと響いて、
背中の奥で、脈のようなものを感じていた。
どこか身体の内側から、
「止まれ」
と言われているような感覚だった。
無視しようとも、
判断しようともせず、
ただ、その感覚に意識を向けてみた。
身体の中で起きていることを、
そのまま感じ続け、早々に眠りについた。
今朝、目が覚めたとき、
自然と「リラックス」という言葉が浮かんだ。
何かを頑張ろうという感じではなく、
「この疲れは、どこから来たんだろう」
そんな軽い問いが先にあった。
行動量自体は、そこまで多くない。
レッスンは続いているけれど、
それ自体が原因とは思えなかった。
むしろ、
聞いているときの自分、
話しているときの自分が、
どんな状態だったかの方が、
身体には影響していそうな気がした。
もしかすると、
自分の気づかないところで、
少し力んでいたのかもしれない。
肩のあたりに、
わずかなこわばりを感じた。
ピラティスで、
無意識に上半身に力が入っていたことを思い出した。
それと、眠気。
眠気は、
身体が自然にリチャージを求めているサインだ。
思考で考えている以上に、
エネルギーを使っていたのかもしれない。
身体の感覚を拾い集めながら、
そこに浮かんできた仮説を、
そのまま置いてみた。
今日は、
一日を通して、
「リラックス=自然体」
という感触をそばに置いて過ごした。
結果として、
昨日とは明らかに疲労感が違っていた。
無理をしなかった。
押し切らなかった。
何かを克服しようともしなかった。
身体の繊細なサインと一緒に、
その都度、選択していた。
こうして振り返ると、
在り方が変わっていた一日だったように思う。
身体の声に恐れを向けず、
対処しようとせず、
ただ、それと共にあることを選んでいた。
そのこと自体に、
どこか静かな安心があった。
今日は、
そんな一日だった。
