ワクワクを、使わないでいる
I used to choose by asking myself,
“Does this excite me?”
Now, I’m noticing a quieter place inside.
これまで、選択の軸として
「ワクワクするか?」
という問いをよく使ってきた。
胸が高鳴って、
「やりたい!」という感情の声が響く。
前に出たくなる衝動。
その感覚を頼りに、
仕事も、人との関わりも、
いろいろ決めてきた気がする。
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今回の旅先を選ぶとき、
ふと、気づいた。
あれ?
ワクワクしてないけど、大丈夫かな?
昔の自分なら、
ここで湧き上がるワクワクを
「GOサイン」にしていたと思う。
でも今回は、
その衝動が立ち上がらなかった。
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代わりにあったのは、
ただ、在る感じ。
静かに、満たされている感触が
ベースに流れている。
情動でも、興奮でもない。
動かそうともしない。
それでも、
不安はなかった。
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もし、昔の自分が今の僕を見たら、
きっとこう言う。
「それって、つまんなくないの?」
たしかに。
ドラマはないし、盛り上がりも少ない。
でも今は、
そのワクワクが
欠損を埋める衝動だった可能性に
気づき始めている。
自分が源じゃないまま、
自分を動かしていた感覚。
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満たされていると、
強いワクワクは起きない。
選択しなくても、
ただ受け取っていくだけで、
流れは進み、心地よい。
いまは、
その感覚を確かめている途中だ。
「ワクワク」という言葉が持つ
マジックから、
少し目が覚めはじめたところ。
