自分が作った世界で漫然と生きる
↑2025年下半期の目標です。
上半期、頑張って生きすぎたなと思って。noteもキチキチやりすぎました。だから100日ちょっとしか続けられなかったんだと思います。
で、目標。
「自分が作った世界で」というのは、いま躁鬱の混合状態で刺激を減らさなきゃいけない時なので、人様の生活を覗き見る機会を(悲しいけど)減らして、自分が作った世界で生きようという感じです。
noteは読めるので読むんですけど、Vlogとか封印します。悲しい。
で、後半部分、むずい!
「漫然と生きる」って、どうやれば漫然と生きていることになるのか? さすがにChatGPTに相談しました。簡単にまとめるとこんな感じ。
・目的意識を持たないで過ごす
・結果や意味にこだわらず、流れに身を任せる
・何かになろうとせず、ただ「いる」ことを許す
・特別なことがなくても、それを味わう
要はあるがまま、行き当たりばったり、結果を求めない、って感じですかね。「直感で生きる」と定義するとそれはまた能動的な話になってきちゃうので、もうちょっと脱力感があるイメージ。
そもそもなぜ「漫然と生きたい」と思ったのか。
冒頭からにじみ出ているかもしれないんですけど、疲れてしまったんですよね。で、そこから回復することはできるけど、同じことを繰り返したくないなと思って。
漫然と生きる環境が整ってきたこともあります。フルタイム勤務を辞めて、フリーランスになって、仕事を着々と減らして、ぼーっとできる時間を増やしています。
それから、自己肯定の幅を広げたい。自分の書いたものに意味がなかろうと肯定できるようになってきましたが、書かなくても、何もしていなくても、自分を肯定できるレベルになりたい。
ただね、自分が漫然と生きることに向いているのかっていう問題があるんですよ。ここChatGPTが考えてくれました。
次の問いに「yes」が多いと、漫然と生きることに向いていない状態というか、漫然と生きる練習が必要、という状態です。
・意味のない時間に罪悪感を覚える?
→yes? 罪悪感は覚えないけど、もったいないと思ってしまう。
・予定がないと不安になることがある?
→no。予定のない日大好き。
・何もしないでいると、考えごとを始めてしまう?
→yes。というか脳内多動なのでどうにもならないです。
・SNSや執筆を「成果」に結びつけたくなることがある?
→yes。最近は躁の時に、Xのポストの種類増やしたいと思いがち。
・「漫然と」してるつもりでも、結局「観察してる自分」がいる?
→yes。え、今の自分、漫然とできてるな♪ って思いませんか? 思わないほうが望ましいってことなんですか、そうですか……。
というわけで、漫然と生きる練習が必要そうです。
具体的には、行先を決めずにどうでもいい散歩をするとか、飲食店でメニューを吟味しないとか、評価や感想を求めない日記を書くとか。
日記ねー……。ずっと書きたくはある。noteで。なぜ書けないのかというと、過去のことを書いているので、自分がその日記を書くことで新しい気付きや出会いをしにくくて、面白くないんだと思う。技術の問題。
でも書きたくはある。人様の日記を読むのが好きなので、憧れがあるんですよね。漫然と生きる練習のために、評価や感想を求めない日記を、あえてnoteで書いてみようと思います。たぶん。そのうち。
というわけで、自分が作った世界で漫然と生きる。
2025年下半期はこれを頑張ります。
疲れてる人はちょっと視野に入れてみてほしいです。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
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