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メフィスト賞に出した裏側

7/10、電撃文庫大賞一次落ち。
からの。
8/31、メフィスト賞応募。

ここに至るまでの心境や改稿状況を書き連ねてみようと思う。

まず7/10当日は落ち込んだ。
しかしここで喚いたところで仕方ないので、落選結果を見た30分後には、次にどの賞に出すかを考えていた。
これまでの読書遍歴から考えて、「メフィスト」が一番いいのではと気がつく。
自分にはミステリなどとてもとても、と思っていたが、電撃に出したのは結局ミステリだ。
ならメフィストに出せるのでは、とさっそく要項を読み、その日からどう改稿するかぼんやりと頭の隅で考え出した。実際に着手したのは翌週火曜日からである。

自分の作品適性など、早々に分かっておけという話であるが、自分がさまざまな賞で一次、二次は通過できたことから、決めかねていたというのがあった。

そこからの改稿は三段階のフェーズがあった。

1 ひたすら不要なイベントを削り、より分かりやすくする。
2 重複表現を削る。台詞や表現の書き換え。
3 推敲の連続。内容でなく文章の出来を見る。

1はいままでのやり方の延長線上である。
三か月も間が空くと冷静になるもので、当時削りたくなかったところもどんどんカットオフ。
また三人称から一人称に変更。

2ははじめは上手くいってなかった。
しかしたまたまH2(あだち充)を読み、やっと人を描くのにどれ程の情報があれば足りるか理解した。行間を読ませる、ポイントポイントを置いて人物像を浮かび上がらせる描き方、またキャラクターのわかりやすい目的と、その見え隠れする内心の出し方には唸らされた。
ここから重複の削りや、主人公の見せ方、台詞について一気に書き直しが進んでいく。
この辺りで、「電撃に落ちるのも当然」と腑に落ちた。

3はひたすら研磨という段階。
たぶん小説執筆で一番キツいし面白みも少ないのだが、この辺りから自作から「素人臭さ」が抜けてきて驚いた。なんだかちゃんとした「小説」らしくなってきたのだ。
こればかりは当人で経験するしか分からない感覚だが、本当に不思議だった。

そして8/31に公募に出した。
12万文字あった原稿は、最終的に10万文字になった。

2万文字削った、と書くと、大幅にストーリーを変えたようだが、ネタそのものは、ほとんど変えていない。
基本的な要素はほぼ同じである。
せいぜい解法の点で分かり易くを心がけた程度だ。

私が変えたのは、内容ではなく、どう見せるかである。
そして改稿を終えた今なら、電撃に出した原稿が一次で落ちた理由も腑に落ちる。
単純に、小説としての文章のできが悪かったのだ。

無論、電撃に出すぐらいだから、応募したときは以前よりできがよいと思っていた。
今でも、内容そのものは悪くないと思っている。
だが今回、7週間かけて改稿してみて、「そりゃ落ちるわな」と納得した。

開き直っているのではなく、以前は見えていなかったものが、いまは見えている。
こういう感覚は、教えてもらったり、教本を読んで身につく類いではない。
自分で手を動かし、指摘を受けたり、落選の結果を受けて、「どうして」「なぜ」と考えて気がつくよりほかないだろう。
ここで才能がないだの、運がなかったと言うのは簡単であるが、そんなことを言ったところで自分の小説の評価は上がらない。
それなら改稿に時間を使うなり、自分の課題を踏まえて新作を書いた方がずっと建設的である。

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伊月奏/二次創作13年&二次創作同人誌1000部配布経験あり 記事をお読みいただき、ありがとうございます。 いただいたサポートは、今後の創作活動の維持に全額活用させていただきます。 画面の向こうからの静かな応援、心より感謝いたします。