深夜ラジオと尿意。
いつもの俺ですが。
夜中に目が覚めた時には、だいたい二つの選択肢がある。
トイレに行くか、朝まで我慢するか。
どんなに偉かろうと、金持ちだろうと、天下国家なぞ、この一時の微睡みへの横槍の前には霞んでしまう。
昔から親父に言われていた。
トイレだけは代わってやれないから、自分で行け。
なるほど、その通りである。
ただし、厳密に言えば選択肢はもう一つある。
そう。
放水開始の合図とともに、圧力3での一斉放水である。
判断はしなければならない。
しかし、微睡みの中の判断ほど熟考を要するものはない。
眠い。
起きたくない。
だが、実存の時間はそれほど長く待ってくれない。
第3の選択肢が鎌首をもたげるまで、そう時間は残されていない。
こういう時に便利なのがスマホである。
いよいよ限界というところで、現在時刻を確認する。
明け方が近いのならもうひと我慢、丑三つ時なら諦める。
スマホの明かりに仄暗く照らされた顔は、徐々に生気を取り戻す。
ついでにメールを確認し、先ほどまで書いていた原稿が保存されていることを確かめ、流れっぱなしになっていた落語を止める。
そこまでやっておいて、まだトイレに行くかどうかを考えている。
考えてみれば、人生で迫られる選択肢など、おおよそこの程度を行き来しているのだと思う。
納期。
提出期限。
締切。
人生とは、時間的な制約と、身体が突きつける限界とのせめぎ合いの中に、案外ある。
自由に選んでいるつもりでも、たいていは時間か身体のどちらかに追い立てられている。
おそらく思考とは、この二つの制約に抗うためというより、その内側に少しでも余白を作ろうと、あくせくしているものなのかもしれない。
ただし、その思考さえ、外からやってくる何かにあっさり搾取される。
小さな子供なら、お手伝い前のアニメや、宿題を妨げるゲーム。
今の僕なら、落語や映画やドラマ。
成長したところで、誘惑の種類が少し上等になるだけで、構造はたいして変わらない。
思い返してみれば、娯楽に関してわりと不寛容だった我が家では、その傾向がいっそう強かったように思う。
ただし、「不寛容」というのは、あくまで当時の僕から見た話である。
親には親の言い分があっただろうことは、一言付け加えておきたい。
とにかく、夜更かしは禁止。
漫画もテレビも、それなりに検閲があった。
そんな中で唯一、自分が自由に振る舞えたのが定期テスト期間中だった。
中学生になって、なにより教育熱心だった親は、テスト二週間前ともなると夜更かしを解禁し、勉強することを強いた。
好機到来。
年代でいえば1984年あたり。
学校では深夜ラジオが大流行りだった。
ラジオで聞いたネタを、さも自分で考えたかのように翌日の学校で披露する少年たちがいた。
もちろん、大爆笑をかっさらう。
それが、なにより羨ましかった。
三宅裕司。
ビートたけし。
笑福亭鶴光。
その後には伊集院光。
ニッポン放送、TBS。
もちろんNHKなんぞ聞くわけがない。
もっとも、親の監視をかいくぐり、許された二週間だけ深夜ラジオを聞いていた少年が、尿意を抱えたまま大人になった今、1984という数字を見て何も思わないはずもない。
ジョージ・オーウェルの『1984年』である。
監視と情報統制によって、人間の行動だけでなく、言葉や記憶、思考まで支配しようとするディストピア小説。
主人公は体制に反逆を試みるが、最後には精神まで屈服させられる。
ざっと言えば、そういう話だ。笑
もちろん、うちの親を、作中で国民を監視する絶対的権力の象徴、ビッグ・ブラザーになぞらえたいわけではない。
ただ、当時の中学生から見れば、親などだいたい似たようなものだったのではないかとも思う。
親の監視を逃れ、テスト期間中という塹壕に潜んで聞く深夜ラジオなど、レジスタンスの地下放送みたいなものである。
もっとも、ラジオにうつつを抜かしている暇があるなら、段取りよく勉強をこなし、親という社会の信用を勝ち取って、正々堂々ラジオと向き合える体制を作ればいい。
わかる。
当時の中二の僕でも、十分理解はしていた。
だが、それがどうしても出来ない。
三宅裕司のヤングパラダイス。
ビートたけしのオールナイトニッポン。
笑福亭鶴光のオールナイトニッポン。
半分以上は、面白い彼らのせいでもある。
もちろん、記憶は曖昧だ。
誰を何時に聞いていたのか、何年頃だったのか、今となってはずいぶん混ざっている。
ただ、僕にとっての二週間は絶対であった。
時間的な制約。
睡眠欲という身体的な制約。
そして、親というビッグ・ブラザー。
何より、面白いに違いないという期待が、一言一句を拾わせる。
興味のないCMやリクエスト曲のあいだには我に返り、勉強もする。
比率は少ない。
だが、なにしろ二週間はあるのだ。
なにもやらないよりはマシだし。
何より僕は、優等生で通っている。
テストだって、それなりに良いに決まっているのだ。
テレビや漫画とは違う、ラジオの面白さがあった。
パーソナリティがいて、リスナーがいる。
「恐怖のヤッちゃん」というコーナーがあった。
その筋の人という重さにはまるでそぐわない。
「ヤッちゃん」。
そんな軽妙な呼び名をまとって、彼らは毎夜リスナーの前に現れる。
遭遇したトラブルを、リスナーが面白おかしく投稿する。
事実かどうかなど、たいした問題ではない。
リスナーが送った文字を、三宅裕司さんが声にして、何倍にも膨らませて返してくる。
今、この瞬間、多数のリスナーの一人として、向こう側とつながっている。
それだけで、妙な高揚感があった。
想像してみてほしい。
時間は深夜。
家族は寝静まり、明かりといえば僕の机の照明くらい。
教科書を開きながら、小さなトランジスターラジオにつないだイヤホンを、片耳に突っ込んでいる中学生。
それが突然、大声で吹き出す。
家族からすれば、静まり返った家の中で突然風船を割られるようなものだろう。
もちろん、こちらも最大限警戒している。
笑わせられる。
いや、笑わされてしまう予感がある。
身構え、集中し、呼吸を整える。
なんだったら、まるで興味のない教科書まで覗き込む。
無理なのである。
蟷螂の斧。
三宅裕司を前にした中学生の自制心など、その程度のものだ。
一度なら、なんとかごまかせる。
二度、三度。
なんせ、こちとら二週間の命である。
バレたらラジオは没収。
もちろん、このラジオは親父の私物でもある。
聞き方も、熱の入り方も違う。
世の中は変わった。
今ならradikoがある。
タイムフリーで、好きな時に聞ける。
僕なんぞ、木に上って枝を落としながら、深夜ラジオを両耳のワイヤレスイヤホンで真っ昼間に聞いている。
あの頃から考えれば、とんでもない自由である。
親が寝静まるのを待つ必要もない。
片耳だけにイヤホンを突っ込み、笑い声を殺す必要もない。
二週間という猶予期間もなければ、ラジオを没収される心配もない。
いつ聞いても、面白いものは面白い。
面白いのだが、僕があの頃に感じていた爆発力には、やはり遠く及ばない。
ビッグ・ブラザーの規制。
制度の穴。
時間的な制約。
その時、その場所に居合わせなければ失われてしまう。
その枯渇感が、面白さに厚みを与えていたのだと思う。
今なら止められる。
戻せる。
明日聞いたっていい。
便利になった。
自由になった。
ただ、「明日でもいい」という自由は、「今でなければならない」という熱まで、少し奪っていったのかもしれない。
制約は、いつも自由を邪魔する。
だから人は、制度の穴を探し、工夫し、技術まで作る。
そうして手に入れた自由の中で、今度は失ったものに気づく。
あの頃には戻れない。
だが、戻れないからこそ、あの深夜のラジオは今も妙に厚い。
片耳のイヤホン。
机の明かり。
教科書。
寝静まった家族。
そして、笑ってはいけない時ほど面白かった話。
そんなことを夜中の布団の中で考えていた僕には、もう一つだけ差し迫った問題がある。
トイレである。
さっさと行けばいい。
わかる。
十分理解はしている。
だが、それがどうしても出来ない。
とりあえず、この原稿は保存した。
もう安心だ。
