AIを使うことより、AIを使ったあとに何を残すかの方が大事になる
AIを使うこと自体は、
これからもっと普通になっていくのだと思います。
使うかどうか。
触れるかどうか。
その段階だけを特別に見る時期は、
少しずつ過ぎていくのかもしれません。
そうなると、
大事なのは
使ったかどうかより、
使ったあとに何を残すか、
の方になっていくのだと思います。
答えだけが残る。
でも、
なぜそうしたのかは薄い。
文章はある。
でも、
どこを直したのかは分からない。
下書きはできている。
でも、
最後に何を判断したのかは見えない。
そういう状態だと、
あとから戻るのが少し難しくなります。
AIを使うことそのものは、
もう特別ではないかもしれません。
でも、
使ったあとに
何が残っているかは、
これからますます大事になるのだと思います。
判断の理由。
直した意図。
最終版にした根拠。
どこまで任せて、
どこから自分で引き受けたのか。
その輪郭が少し残っているだけで、
次に似たことがあったときも
戻りやすくなります。
全部を細かく残す必要はありません。
でも、
何も残らないまま
完成したものだけが積み重なると、
見えにくさは増えていきます。
AI前提の働き方では、
速く整うことよりも、
あとから見ても
少し分かる形で残っていること。
その方が、
長く続けるうえでは
大事になるのかもしれません。
使うことは入口です。
でも、
その先に何を残すかで
仕事の景色は変わります。
AIを使うことより、
AIを使ったあとに
何を自分たちの中に残しておくか。
そこに目を向けることが、
これからの働き方には
静かに効いてくるのだと思います。
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