子供の頃、父親なんて死んでしまえと思っていた。
人に甘えられない。
助けを求める方法がわからない。
もし今、そんな生きづらさを抱えて自分を責めている人がいるなら、
それはあなたのせいじゃない。
親から浴びせられた言葉が、
大人になった今でもあなたを縛り付けているだけ。
私自身、43年経った今でもその影響から抜け出せずにいる。
私が中学3年の夏のこと。
手術をして10日間入院していた私に、退院の日
病院に誰も迎えが来なかった。
真夏の強い日差しの中、ふらつく足でバスに乗り、
最寄りのバス停から一人で家まで歩いたのを今でも鮮明に覚えている。
翌日、父は私に言った。
「お前なんかが偉そうに甘えるな。さっさと学校へ行け」
私には休む権限はない。
この家には最初から、そんな空気は存在しなかった。
それから1週間後。
今まで経験したことのない激痛がお腹を襲った。
「今日は無理…お腹が痛い」
そう訴える私に、父の返事はこうだった。
「お前なんかが何を偉そうに。くだらんこと言っとらんでさっさと行け」
痛みをこらえて学校へ行ったものの、
帰りに痛みのピークが襲ってきた。
普段なら20分の距離に、2時間以上かかった。
這うようにして家にたどり着き、そのまま倒れ込んだ。
それでも私には「仏具を磨く」という使命があった。
やらなければ怒られる。
激痛に耐え、床に転がったまま手だけを動かして磨き続けた。
異常なことかもしれないが、当時の私にとってそれが「普通」だった。
夕方、父が帰宅した。
「病院に連れていって」
座ることもできない状態で必死に頼み込んだ。
しかし父は、面倒くさそうにこう言った。
「くだらんことでゴタゴタ言うな。自転車で行けばいいだろ」
そして、苦しむ私を完全に無視して、目の前で晩酌を始めた。
期待などしていなかったが、確信した。
私の命に関わる訴えは、父親にとって
「くだらないこと」
その一つでしかない。
結局、見かねた母が近所の知り合いに頼み込んでくれ、
病院へ連れて行ってもらった。
そのまま緊急入院となり、翌朝に手術。 腹膜炎寸前だった。
あと少し遅れていたら危なかったらしい。
いっそのこと、酒を飲む父親の目の前で倒れてしまえばよかった。
「お前なんか」 父が何度も口にしたその言葉は、
44年経った今でも私の頭の奥にこびりついている。
「私なんかが言ってはいけない」
「私なんかができるわけない」
何に対しても自信がなくなり、
他人に甘える方法も、
助けの求め方もわからないまま大人になってしまった。
無駄に怒られないよう、ただ感情を殺して息を潜める。
それがあの家で生き抜くための唯一の方法だったからだ。
今、私は親の介護に関わっている。
父親は涙を流しながら、
「有難う」
と感謝を言う。
だけど、過去を許したわけでは決してない。
感動もしないし、嬉しさも感じない。
思い出すだけで今でも腹が立つし、憎しみも消えない。
でも、年を取って病気をすれば人は弱るんだと実感している。
もし今、かつての私のように
毒親の支配下で育ち、「自分なんかが」と苦しんでいる人がいるなら、
今だからこそ伝えれる。
いつまでも辛い状態が続くわけじゃない。
嫌なら距離を置けばいいし、離れればいい。
私も数年間、親とは完全に連絡も途絶えてきた。
そこに留まる必要なんてないのだから。
あなたが人に甘えられなかったり、頼れなかったりするのは、
決してあなたの性格が悪いからじゃない。
変わり者だからでもない。
私も長い間、
「私なんか」
という言葉に縛られて生きてきた。
人に頼るのが苦手なのも、
自分に自信が持てないのも、
もともとの性格だと思っていた。
でも違った。
何年もかけて浴びせられた言葉が、
いつの間にか自分の声になっていただけだった。
父親の言葉は今でも消えていない。
だから毒親の影響は簡単にはなくならないのだと思う。
それでも最近は、
「私なんか」ではなく、
「私はどうしたい?」
と考えるようになった。
まだ完璧じゃない。
今でも傷つくこともある。
それでも、自分の人生を生きようと思っている。
だからもし今、
自分を責め続けている人がいるなら、
まずは自分を責めるのをやめてほしい。
あなたが悪いわけじゃないのだから。
