「何ができますか?」と聞かれると、言葉が止まる。
「何ができる人ですか?」
そう聞かれたとき、私はいつも少し考えてしまう。
仕事はしてきた。
経験も積んできた。
人より少し得意だと思えることもある。
それでも、「あなたに何をお願いできますか?」と聞かれると、言葉が止まる。
先日、昔から私を知っている人に、事業の壁打ちをお願いした。
話し終わったあと、一番心に残ったのはこんな感覚だった。
「話すと学びがある。」
「能力は高いと思う。」
でも、
「何を頼める人なのかが、まだ見えない。」
少し悔しかった。
でも、同時にとても納得した。
私はずっと、「一つに絞りたくない」と思ってきた。専門を決めると、他の可能性を失う気がしていたからだ。
その結果、たくさんのことに興味を持ち、たくさんの経験を積んできた。
でも、相手から見える景色は違っていた。
「何でもできそう。」
その言葉は、ときに「何を頼めばいいか分からない」と同じ意味になる。
能力と役割は、同じではない。
その違いを、私はようやく理解し始めた。
もう一つ印象に残った話がある。
彼は、自分が「楽しく続けられて、人の役に立てる場所」を見つけたと言っていた。
私は、能力や市場ばかり見ていたのかもしれない。
でも本当は、「楽しい」があるから続き、続けるから役に立てるのかもしれない。
そして、自由についても考えさせられた。
独立すれば自由になれると思っていた。
でも、会社員でも、フリーランスでも、経営者でも、それぞれ誰かの期待や役割の中で生きている。
「自由になること」が目的なのではない。
「自分で選んだ役割を生きること」が、私にとっての自由なのかもしれない。
最後に彼が言った。
「なるべくして今になった。」
でも、それは待っていれば役割が見つかるという意味ではなかった。
動いていたからこそ、その場所にたどり着いた。走っていたからこそ、声がかかった。
役割は、立ち止まって考えているだけでは見つからない。
私もまだ、自分の隙間を探している途中だ。でも今日、一つだけ分かったことがある。
私は「何ができる人」になりたいのではない。
誰かに、
「あなたがいてよかった。」
そう思ってもらえる役割を見つけたい。
だから、もう少し観察を続けてみようと思う。
あなたは、「何ができる人」ですか。それとも、「誰の、どんな困りごとに応えられる人」ですか。
