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【手書き書体】会社の本棚で、1500年前の鼓動を見つけた話【鄭道昭】

みなさんこんにちは!
イワタの畑中です。

今回は、2026年4月10日(金)に発売予定の新書体「イワタ鄭道昭ていどうしょう」について、お話ししたいと思います。

このフォントは、実際に約9,000字に及ぶ文字を書家・大庭紀霽(おおば きせい)氏により手書きされています。

1500年前、中国の雲峰山の岩壁に刻まれた石の質感が特徴的な文字。
素朴で力強いのに、かわいさも感じるフォルム。

まずは、この書体が放つ圧倒的な「存在感」と「まとまりの良いバランス」をご覧ください。


今回のnoteでは、誕生秘話や詳しい書体紹介、使いどころについてお話ししたいと思います。 




1.開発経緯

会社の本棚から現れた運命の書体

普段イワタで新たな書体を制作するときには、企画をするチームやデザイン部などから発案されたアイデアをベースに開始されます。

しかし、この「イワタ鄭道昭」は営業部の私がきっかけで開発が進んだ珍しいフォントなんです!

ある日、会社の資料を整理していた時に、大庭紀霽おおばきせい氏の「作品集が目に留まりました。

その作品集には、大庭氏によって書かれた美しい楷書から個性的な欧文まで、多種多様な文字が勢揃い。

その中でも特に目を引いたのは、私たちが普段作っている書体とは少し性格の異なる、自由で、力強く、どこか土の匂いがするような文字でした。


この文字を、フォントにしたい

そんな直感衝動から、書体開発会議に提案。
そして、なんと採択!

さっそく、作品集の作者である大庭氏に直談判するために北九州、小倉へ。
快く引き受けてくださいました。

偶然の出会いから、イワタの新書体としてのプロジェクトが正式にスタートしたのでした。

それでは、つぎに「イワタ鄭道昭」がどんな書体なのかを詳しくご紹介したいと思います。


2.新書体「イワタ鄭道昭」


鄭道昭(ていどうしょう)とは

書道を嗜む方ならご存知のビッグネームかもしれません。

鄭道昭ていどうしょうは書家の名前です。
今回の新書体は、実在した書家の名前そのものが書体名になったフォントなのです。

鄭道昭は、中国の北魏ほくぎの時代(西暦500年ころ)に活躍した書家で、中国山東省の雲峰山などの岩壁や巨石に、雄大で力強い文字を残しました。

今回の書体のモデルとなった『鄭羲下碑ていぎかひ』や『論経書詩ろんけいしょし』も、磨崖碑まがいひと呼ばれる天然の岩に文字を彫刻したもの
例えば『鄭羲下碑』は、彼の父親で官僚の鄭羲ていぎの優れた行いや功績などを記したもので、高さ約3.4メートル、幅約4.7メートルの巨大岩に1文字7センチほどの大きさで刻まれています。

写真:鄭羲下碑 提供:太田紫鳳


大庭氏からのコメント:
北魏時代の書は⾓張って鋭い「⽅筆ほうひつ」が多いですが、彼の書の特徴は、「円筆えんぴつ円勢えんせい」などと呼ばれる丸みを帯びて粘りのある筆使いです。 しかし、511年に彫られた時点では点画の輪郭が鋭く、方筆的で硬い印象の字だったとも考えられます。その後風化が進み、角が取れていわゆる円筆的で柔らかい表情を見せる字が多くなったのでしょう。 元々の骨格はしっかりしており、硬さと柔らかさの両方が感じられる独特のものとなっています。

鄭道昭の文字は、岩のような重厚感があるのに、どこかおおらかで洗練された品性を感じる。

そんな不思議な魅力を持っています。



手書きにこだわった書体

イワタ鄭道昭をフォント化するにあたり、原字は大庭氏によって手書きされています。

そのため、筆書らしい伸びやかさや絶妙なバランスが特徴です。

大庭氏からのコメント:鄭道昭の残した字形は扁平なものが多いですが、かなり縦長なものもあり、画数の違いによる大小も顕著です。また、平行四辺形に歪められた面白いものもあります。そういう外形の特徴は汲み取りたい、しかしやりすぎるとフォントとしての統一感を欠く、そのせめぎ合いに最も苦労しました。


次に、フォントの作り方について。

以前のnote「フォント制作の現場」でも紹介したように、一般的なフォントは、見本として作られている文字の中から一部を取り出し調整して新たな文字を作る、いわゆる「合成作字ごうせいさくじ」と呼ばれる方法で制作していきます。

たとえば「さんずい」などの部首は、字幅や長さなどのデザインのパターンをいくつか作成し、共通の部首を持つさまざまな漢字と組み合わせることで効率的に作成できます。

しかし、この新書体では一部の記号類などを除き合成作字を行っていません

手書きした文字をほぼそのままデジタル化しているため「さんずい」だけでもこんなに表情が異なります。

全ての形が異なる「さんずい 」


つまり、約9,000の文字を全て半紙に筆で書き下ろして作成しています。

さらっと「約9,000字」と書きましたが、これは途方もない数字です。漢字の中には「龝」「龕」「齶」「黝」「黌」といった普段の生活では見ないようなものも多くあります。
しかも、ただ書けばいいわけではありません。失敗すれば書き直しです。


大庭氏による揮毫の様子

筆のかすれや筆法、そして鄭道昭特有の岩肌に刻み込まれたゴツゴツとしたテクスチャが、そのまま生きています。拡大して見ると、その生々しさに驚いていただけるはずです。

デジタルフォントでありながら、画面越しに「書き手の息遣い」まで漂ってくるのは、大庭氏が手書きで書き切られたからこそなのです。



字形のバリエーション


さらには、この書体の楽しみ方のひとつとして字形のバリエーションがあります。
1500年前の文字の中には、当然現代の日本人に馴染みのないものもあります。そこで、使いやすいデザインにするだけでなく、古典的なスタイルも「北魏字様」として同梱しています。

ユニークな字形ながら、文の意味は崩さない程度の形が多いので、世界観や、使用の幅が一層広がりそうです。



存在しなかった文字

この書体のモデルとなった石碑は中国語で彫られているため、全ての文字が漢字です。

一方で、この書体に採用されたのは、アドビシステムズ社による和文書体規格のAdobe-Japan1-3、通称スタンダード(Std)と呼ばれる文字セットです。
そのため、当たり前ですが「漢字」だけではなく「ひらがな」や「カタカナ」「英数字」「記号」なども収録されています。

また、漢字の中に、石碑に刻まれていないものがたくさんあるため、それらも加えた「オリジナルには存在しない文字」も多く書く必要がありました。

それらの文字は、イワタデザイン部との検討や、豊富な書の経験を持つ大庭氏による「鄭道昭ならこう書くだろう」と⽂字の癖や漢字の雰囲気に合った字形などを想像しながらの書き下ろしを経て、調和のとれた自然な仕上がりを実現しました。

かなと英数字、記号
写真:橋本和夫
全ての文字に一体感があります
写真:橋本和夫


大庭氏からのコメント:平仮名、片仮名は特別なことはせず、私が普段書いている字形に近くしました。欧文書体小文字のディセンダー(※)は短く設定し漢字と組合せやすいように。
大文字、数字、約物なども狭い部分は作らず、鄭道昭のふところ広く大らかなイメージを持って書きました。

※ ディセンダーとは
小文字の「g」「j」「p」「q」「y」などの、文字の本体が基準線(ベースライン)よりも下に伸びる部分のこと。



3.使用事例

イワタ鄭道昭を使って、使用イメージを作ってみました。
この書体が持つ重みや物語性は、こんなシーンで輝きそうです。

ゲームでの使用例
背景素材:ゲームまてりあるず https://game-materials.com/
見出しでの使用例


そして、この書体は2026年2月18日(水)~20日(金)に池袋サンシャインシティで開催される印刷技術の展示会「page2026」で正式にお披露目となりました!

会場では、圧倒的な存在感を放つ石碑が出現し、間近で書き手の息遣いを感じていただきました。

2mを超える巨大な石碑
ブースの様子

また、特設サイトも制作しました。
4月10日(金)の発売時には、試し書き機能も使えるようになるので是非お試しください!


偶然の発見から始まったプロジェクトですが、ようやく皆さんにお披露目できる形になりました。

ぜひ、皆さんのデザインの引き出しの一つに加えていただければ嬉しいです。

それでは今回も読んでいただきありがとうございました。



大庭紀霽(三紀)プロフィール

おおばきせい(みき)
1958年 福岡県北九州市生まれ。幼少より書や美術に親しみ、書を故・大津賀真龍氏に師事。
美術・書道教育に携わり、現在は造形芸術学校d³ Art Studio主宰。
グラフィックデザインの仕事や筆跡鑑定もこなす。
北九州を拠点に書家、タイポグラファー、グラフィックデザイナーとして活動。


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