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欲望と倫理

あらすじ
筋トレ、ギター、文化祭実行委員…“モテたい”気持ちに突き動かされてきた真和は、藤沢の高専で日々を過ごす男子学生。ASDとADHDの混合特性を抱えながらも、「ふつう」や「正しさ」に執着し、自分を律しようとする彼の内側には、社会との軋轢と焦燥が渦巻く。欲望と倫理の間で揺れる青春の、静かで激しい記録。

#1
二〇二五年の六月で十九歳になる。ビミョーな年齢だと思う。メンタル小学校五年くらいなのに、どうよ。とりあえず原付バイクと普通自動車(AT限定)の免許は取った。日商簿記の二級と文章入力スピード検定(日本語)というキータッチの速さを証明する資格、一級も取った。あと、WordやExcelの処理能力を測るマイクロソフトオフィススペシャリストは一回で全科目取れた。数学検定は一級を中学二年で得た。宅地建物取引士はこの間受かった。こう書くと俺、結構ハイスペック?となるのだが、生きているとそんなことはない。初バイト、十六歳のときにミニストップで働いて、マルチタスクができなすぎて一ヶ月でクビになった。タバコの銘柄とかアイスの飾り具合とか、公共料金の支払いとか、分からなかった。ちっとも。雑誌の「女性自身」を買っていく主婦に「こちら温めますか?」って言ってしまった。燃やす気か。あと、避妊具を買うカップル客にテンパって同じことを聞いた。お熱いのはお客様の方だ。
工業高専の機械工学科というところに籍を置いている。高専というのは専門的な高校にこれまた専門的な短大が合体した感じであって、中退すると中卒になる。高専卒業後には就職か、あるいは「専攻科」たる二年のさらなる学問への道へ進む。高専卒業だと「準学士」、専攻科卒業だと「学士」となり、就職後の給与とか昇進の速さが違う。
モラトリアムを延ばしたいから、専攻科に行きたいなァ、と思っている。
さて、俺は板書が上手く取れない。黒板いっぱいに書かれると何が結論でどこがチェックポイントか分からないのだ。先生の身振り手振りスピーキングを脳内に録画する感じで、かろうじて中の上の成績を保っている。
それを全教科やっているので、頭の中がうるさくて夜眠れない。朝も四時とか五時とかにボケぇと起きる。自宅マンションの反対側にあるローソンでメガカフェラテを「濃いめ」で買って飲んで脳を起こす。毎日。コスパがすごく悪い。そして、帰宅して抑肝散(よくかんさん)という、ドラッグストアで買った漢方を飲んで、朝飯を食ってバイクで学校に行く。なんでそんな漢方なんぞ飲んでいるんじゃ、持病か?と思われそうだが、人目が気になって仕方ないのだ。抑肝散は気持ちを落ち着かせる薬だ。自分の挙動がおかしくないか、飯の食い方が汚くないか、敬語が慇懃無礼(いんぎんぶれい、丁寧すぎて失礼の意)でないか、目線の運びや口調が不自然でないか、気になって気になって失神しそうになる。ならば精神科クリニックに行け、という話であるが、「ただの自意識過剰ですね、では」と言われて終わる気がして、恥ずかしくて無理。発達障害を疑ってインターネットの簡易テストをやったら自閉スペクトラム症も注意欠如多動性障害もかなりハイスコアだったのだが、やっぱりクリニックに行く気は起きない。何故ならば、もし、インターネットが間違えていて、あるいは自分が思い込みで回答して結果をクロにしているだけで、ちゃんとした検査をしたときに「障害ではなくフツーの甘えです」と診断されてしまったら。そういう風に医学的に証明されてしまったら。無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理。生きるの無理。ギブアップ。本件はパンドラの箱だ。あと、障害者になってしまったら、女子と縁がなくなりそうだ。今でもないのだが、余計に。身体鍛えたらモテるよ、と誰かに言われたのを信じて、百八十センチの背に対して九十キロの、体脂肪率九パーセント、努力を重ねて柔道家体型になってみたが、ゲーセンのパンチングマシンをぶっ壊しただけで終わった。全然モテない。身体作り中に一生分の鶏むね肉とカツオとブロッコリーを食った気がする。ブロッコリー苦手なのに。今はもっぱら牛の赤身の海外産、固いのを食っている。あと、こんにゃくとキャベツ。たまにSOYJOY。飲み物は水か麦茶かカフェラテか牛乳パックの鉄分ドリンク(学校の自販機に百円で売っている)か、プロテイン。たまにマウンテンデュー。フツーに、気にしないで、タピオカミルクティーとか飲みたい。

#2
リア充(死語)な経験がしたくて文化祭実行委員会に入ったが、ただの運搬係に任命されて、可愛い女子とサシで会議、みたいなオイシイ役目は回ってこない。しかし、LINEは(業務上グループチャットで)ゲットした。アイコン見放題。
ギター弾けたらモテるよ、と聞いて、幼い頃から貯めていたお年玉でエレキギターを買った。弾けるようにはなったが、披露する場所がない。狐の面を着けてYouTubeに「弾いてみた」をアップするに留まっている。
元は右利きだったのを電気グルーヴの石野卓球に憧れて左に矯正し、両利きになった。
5歳から15歳まで母の意向で個別指導のピアノ教室に通っていた。だから利き手でない手を使うのはそんなに難しくなかった。ギターにしてもピアノにしても、譜面が読めない。目が滑ったみたいに頭に入らない。聴いて覚えるばかりである。最近「可愛くてごめん」と「晩餐歌」が弾けるようになった。ゴリゴリの腕で繊細な曲弾けたらモテるな、と思って練習した。
披露するところがない。文化祭当日の体育館は軽音部と営業で来てくれるガクテンソクが使うので。なお、俺はその時間帯、本部テント(屋外)での案内係のシフトが入っていて何も見られない。シフトは五年生が決めた。やや悔しい。しかし、最終決定権を持つ委員長は女性で、容姿端麗である。俺好みである。痩せすぎでなく太ってもいない、健康な肉置(ししおき)であって、毎週月曜の昼休み、一号館二階の大教室にて、全体会議が行われるのだが、彼女が横を通るといい匂いがする。やんごとなきお嬢様の匂い、というべきだろうか。似た匂いが欲しくてロフトやプラザの香りものを徹底的にチェックしたが、なかった。髙島屋まで行かないとダメだろうか。学校は神奈川県の海沿いのド田舎にあるが、横浜駅までならバスと電車ですぐ行ける。
童貞のリピドー並びに香りフェチな話はいいのだ。文化祭は学校見学会とは違うが、役割的には一部リンクしているので夏休みシーズン、八月の頭にやる。委員みんなで揃いのTシャツを特別に発注して着る。柄は五年生が決めた。一年生から五年生まで、八十人くらい、分野の垣根を越えて在籍している。Tシャツ代として一人千五百円持っていかれる。二日間の祭りのあとは部屋着にしかならないのに、と思うと高い。ユニクロのUTの新作くらいする。猛暑の中だから二日連続で一枚を着ると汗臭いので、任意となっているが大体の人が二枚注文する。俺も例外ではない。自分が臭くないかどうか、夏でなくても気になって気になって、朝、シャワーを浴びて全身洗ってから登校しているし、無香料のメンズビオレを一年中持っている。母からは、「営業マンか何かなのか」と笑われているが、フツーに、デカいヤツが臭かったらインパクトがありすぎるだろう。不定休の、電気工事士の父が臭いや汚れを一切気にしない性格なので、台所の換気扇は「節電」とすぐ止められてしまう日があるし、風呂を毎日磨いて湯を新しくするのももったいながるし、俺が朝シャワーを浴びようとしたら殴るフリ(寸止め)をかましてくきたことがあった。元々体罰ありの教育方針で、小さい頃からアタマはどつかれまくっていたし、ガラスコップを投げられて唇を切って縫った覚えがあるし、車の中で父の地雷を踏んで引きずり下ろされた場合もあった。中学に上がって鍛えだしたらフィジカル的に勝てるようになり直接の暴力はなくなったけれども、すぐスネて出て行ったりするから面倒だ。世界の中心か、父よ。脱衣所で殴るフリをされたときは、そのまま父の頭髪を毟る勢いで掴み、洗面台の三面鏡に、血が飛ぶまで叩きつけてやればよかった、と、あとから悔やんだ。からかわれるのが一番嫌だ。フリーズして何も返せなかった。瞬発力がない。小中学生の頃はクラスで浮いて嫌がらせを受けていたが、やり返せなかった。とにかく、思考が停止してしまうのだ。半笑いで聞く教師に相談するくらいしかできなかった。
中二の鍛えはじめの頃、教室の前方の席でまだ若い、俳優の筧美和子さんっぽい担任の数学の授業を「録画」していたら背中に使い込んだ消しゴムが当たった。振り返ると、野球部の主将がニヤニヤとこちらを見ていた。
俺は「ちょっと借ります」と言って、主将めがけて「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」とか、デカい声を出しながら教卓を投げた、らしい。あんまり実感として覚えていない。録画の中に映像と音声が入っている。声を聞きつけた隣のクラスの岩みたいな社会科教師が叫び続ける俺を羽交い締めにしてズルズル廊下に引っ張り出し、そしたら俺は廊下の、外が見える強化ガラスにアタマを繰り返し打ち付けて爆泣きした。そこで録画はブチッと切れていて、気がついたら保健室にいて、室井滋さん似の保健の先生に背中をさすられていた。母が車で迎えに来てくれて、早退した。
「派手にやったね、今度は騒ぐ前に来な」室井先生(仮)はアハハと笑って見送ってくれた。
しかし、以来、突然発狂する、いわばマジモン(feat.筋肉)、の烙印がついて回って、学校に居づらかった。女子を俺から守ろうみたいな動きができたし、俺を刺激してはいけない、と担任が怯えてしまい、保健室登校でお願いしてもいいか、と、三者面談で逆オファーめいたものをくらった。
保健室登校は快適だった。手が空いている先生がわざわざ来て、マンツーマンで勉強を見てくれる。いじめがきっかけでいっとき不登校になり、学校に戻りはじめた「慣らし登校」の人と休み時間に話したりした。その人は自分以外の家族がみんな聴覚障害を持っていて、第一言語が日本語対応手話、本人の発声もやや怪しかった。
お互いの母国語を教え合う感じで、俺は手、相手は音声でよく雑談した。
でも、何故教卓を投げたり声を発したり泣いたりアタマを打ち付けたりしたのか今でもよく分からないのだ。例えるなら、夢精みたいな、気づいたらそうなっていたというか、つまり、いわゆる生理現象に限りなく近い。
すると、暴力性は父の血だろうが、それが、ついうっかり、予期せぬタイミングで出る、というのはあまりにも野性味が強すぎる。それだけで、精神科クリニックに行った方がいいかもしれない。しかし、「ワガママですよ」と言われてしまったら?
母はあの帰りの車中「真和はとってもいい子だよ、たまたまタイミングが悪かったの、本当は何の問題もない、優しい子、すごく穏やかな子」とくり返した。自身に言い聞かせていたのかもしれない。
母が妊娠九ヶ月のとき、エコーを当てたら胎児の俺がデカすぎて、とつきとおか、の前に子宮が破裂するかもしれないとなり、そのまま緊急帝王切開に事態が運ばれた。デカい胎児を引きずり出すとその心肺が一瞬停止、医師が心臓マッサージをしてやっと産声を上げたらしい。空になった母の腹は太く縫われて、今なお、冬、寒いと痛いそうだ。
母に一生モノの痛みを背負わせてまで生まれる価値はあったのか?半分野獣の、俺って。
しかも赤ん坊の俺は、抱っこをされていないと落ち着かず泣きっぱなしで夜も眠らず(十九年経ったら、学校から帰るとべッドで三十分くらい寝ないとそれから先、動けない身体になったけれど)、幼児期にも言葉をなかなか獲得せず、しかし歩きはじめだけは他の子より半年も早かったらしい。初めて日本語をしゃべったのは四歳で、「ほん」(本)と言ったそうである。それまでは、指さしと身振り手振りで意思疎通をしていたと聞いた。

#3
さて、思考能力が高い、のか知らないが、中学の主要五教科では数学が一番よい成績で、続いて理科、国語、社会、英語、という具合だった。数学は問題を見れば答えにたどり着く。勝手に脳裏に浮かぶのだ。弊害、途中式が分からない。
定期テスト等では、最後の問題から扱っていくことにしていた。浮かんだ解答を隅に小さく書き、アリバイ作りのように、この問題からこの答えが出るならこうでああで、と、逆再生スタイルでシャープペンを走らせていた。結果、毎度毎度、高校や大学で使うような式を完成させてしまい、数学の筧美和子風先生に気に入られた。理科はどれも得意だったが、生物よりかは物理や化学の方が簡単だった。生物は暗記が多いが、物理や化学は公式の意味さえ読めればチャンスはある。上の式を使って解答せよ、等、答え自体が載っているのと同じだった。国語は中の上くらいの点が取れていたが、社会と英語が鬼門だった。用語や年号、人物名、スペルが、全部同じに見えて脳のシワに引っ掛からない。録画しても、解像度が低くて何となくしか覚えていられない。技術科はいけた。美術、体育、家庭科は論外。手先が不器用、というか、身体そのものが不器用で、どうすればどこがどう動き、よって外界にどう働きを持ちかけるのか、未だによくわかっていない。靴紐が結べなくてスリッポンしか履けない。自転車に乗れない。音楽については、ピアノとギターはとりあえず出来る。合唱コンクールでは伴奏ばかりやった。練習、課題曲のCDを余分に録ってもらって持ち帰り、CDプレーヤーで聴きながら家の電子ピアノで弾いて少しずつ定着させていく。手間がかかったが、人の役に立ちたい、認められたい一心で脳内物質を絞り出し、どうにかこなした。通知表のコメント欄には毎回「普段からクラスメイトと交流することを心がけ、持ち物の整理整頓をしましょう。いざというときに目立つ役目をこなせることは素敵ですが、周囲の気持ちにも目を向けましょう、また勉学において、逃げず決めつけず苦手科目と向き合いましょう」と書かれていた。今思うと辛口な先生だ。
高専の入試、一応、理系の学校なので、配点の高い数学と理科に引っ張られる形でギリギリ合格した。普通高校だと社会と英語が邪魔をして滑ると予測したのだ。
高専では一年間基礎の学習をしてから専門分野に分かれる。入学時点で希望分野が決まっている人は優先的に配属される。俺は英語とあまり縁がなさそうな機械工学科に希望を出し、通った。エンジニアリングをやりたい人間が総勢七十名いる。誰かの原付が壊れると団結して修理する(原付バイク通学は自転車と同じく届出制である)。
他の科は電気工学だとか、電子工学だとか、物質工学だとか、もっとバランスよく学問が出来る人でないと無理っぽい。いい匂いの委員長は電子工学科にいる。学生証を入れるネックストラップのヒモの色が分野ごとにわかれていて、学校内では必ず首から下げないといけないからわかる。学生証は電子マネー機能付きで、タッチ式定期券のように金銭をチャージして食堂や校内外の自販機で使ったりもできる。
制服はない。女子はおしゃれだが男のユニクロチェックシャツ率が異常。男女比率は分野によるが共通してやや男の方が多い。「工業」だから、それは、とりあえずそれで。なお、英語は四年に上がっても体育と同じで週一回必修だった。ひとコマ九十分、商談向きの、ビジネス英語のオベンキョー、キツい。何で機械工学で専門用語でもないコミュニケーション英語がいるのだ。
それで、こんなスットコドッコイの俺にも友人はいて、というか、自然と「もっさり」したヤツらが「もっさり」集まって雑木林みたいに固まっているだけなのだが、その中にイギリスと日本のミックスの璃空(りく)というのがいて、英語のあとの昼休みにそいつを捕まえてレポートの添削をしてもらったりする。こちらは宅地建物取引士の勉強をやっている璃空の監督をする。イーブンだ。ウィダーインゼリーのラムネ味を吸いながら説明していると復習になっていい。
「真和、メシいつもそれな。ちゃんと食えよ」
この翌日に倍量持っていったらもっさり軍団が異口同音に「違う」と言って大笑いした。俺は会食恐怖症で、人前で物を食べるのが苦手なのだった。言えないけれど。汚くないか心配で喉が詰まる。ウィダーインゼリーなら口をつけて吸うだけだから汚くならない。これはもう「ボケろ」だな、と踏んでまた翌日、アリナミンのゼリーを更に倍量持っていったら「頭弱い?」と真顔で心配されてしまった。もっさりズ曰く俺の第一印象は頭の回転が早く真面目だが運動ができないマッチョ、らしかった。学校に入って一回目の総合学力テスト、非言語分野(数学、化学、物理)で学年一位になったからだった。今は、「天然で若干怖い、ぽやんとしすぎてる、頭大丈夫か、人の頭を握り潰して『アレ?』とか言うタイプか」と言われる。天然、で済んでいるうちはまだ大丈夫、と思う。ハブかれたりガチで引かれたりしない。もっさりズは総勢七人で、全員童貞(多分)で、何かしらのオタクである。アニメとか、漫画とか、八十年代アイドルとか。俺はテクノポップオタク、並びに筋トレオタクということになっている。ピアノとギターが弾けることは誰にも言っていないし、抑肝散を飲んでいることも秘密だ。食堂の隅の自販機で、タリーズコーヒーと伊藤園がコラボして全国販売しているカフェラテを買って、席で飲む。
俺は対面では本名の「真和(まなぎ)」と呼ばれているが、LINEのグルチャだと「シュッチョ」とあだ名されるときがある。髪がマッシュショートで、身体がマッチョだから。
「この後の機械デザイン応用、寝るかも。食いすぎた」
「ベッキー」とあだ名されているヤツが言った。本名が「絵音」だからである。誰だ最初に言い出したヤツ。そっちの方がよっぽどゲスだろ。俺は「絵音」と呼んでいる。
「フリスクいる?」どこかから缶が伸びてくる。
昼時の食堂みたいな場所で大勢でしゃべる、って、結構ムズい。音が聞きわけられないというか、全部の情報の距離感が一緒で取捨選択ができない。ここで皆と飯を食い出してしばらく経つが、読唇術が上手くなった。
「寝たら起こしてやるよ、席となりじゃん」と「ジャック」。立川志らくの若い頃に似ているから、ジャック・シラクからファーストネームを引っ張ってきた。
「おう、ジャック母ちゃん、よろしく」
「てめえみたいなアンポンタンを産んだ覚えはねえ」
「男に産めるのはカネと戦争ってか。よっしゃ、エレベーター混むからそろそろ出ようぜ」
「うっす」

#4
機械デザイン応用、七十名の必修ながら八割は寝る。俺以外の六人も全員潰れた。昼休み明け、淡々とした先生の口調、これは寝るのも仕方ない。先生も教えようという気がいまいち見えないし、ちょうどいいのかも。横にならないと眠れないタイプの俺は、出席票代わりのコメントシートに何かしら書くし、ノートにも最低限のメモだけ取っておく。後でコピーして六人に配り、解説するためだ。期末にテストとレポート提出があるので、誰かしらは焚き火の番みたいに起きてなくてはいけない。もっぱら俺の仕事だけれど。

九十分が過ぎて、チャイムが鳴る。今日は金曜日だから事務棟裏のロッカールームが混む。課題は出された日に終わらせてから帰るようにしているから、俺にはあまり関係ない。放課後すぐに学校前から出る路線バスはぎゅうぎゅうだ。俺たちはバイク組と自転車組とに分かれる。田園風景を走り抜けて自宅に向かう。天気のよい日なら居間のベランダから富士山が見えるマンションの十階、左の角部屋には誰もいない。母は訪問介護の仕事に出ているし、父は今日、出勤だ。鍵を開けて入ってすぐ締める。暑かった。ヘルメットを脱いで廊下に置く。シャワーを浴びてつむじからつま先まで洗い、夏のパジャマに着替える。今日も気を張ったな、と思う。髪を乾かす。頭からドライヤーを十センチくらい離して、冷風にしたり温風にしたりこまめに切り替えるといいらしい。最後は冷風で終えるのが美髪の人たちの常識だそうだ。X(旧Twitter)で見た。最後に手ぐしをかけて濡れていないかチェックする。大丈夫、っぽい。
昼の分の抑肝散をBRITAの浄水ポットの水で飲む。薬は親からもらう小遣いで買っている。クリニックに行って処方される方が安いのだろう。ついでにロキソニンを噛み砕く。頭痛がするのだ。一回、精神科ではなくて神経内科とか心療内科で診てもらったほうがいいかもしれない。多分、社会生活のストレスで筋膜が凝って痛んでいる。
玄関に近い四畳半の自室に入り、ベッドにだらりと横になる。狭い学習机とすのこベッドと本棚と備え付けのクロゼットだけの簡単な部屋だ。ベッドにはマットレスを敷いて、上から敷布団と、今の季節には薄掛布団がしてある。ふと思い出して脱衣所に置きっぱなしにしていた通学リュックを取ってくる。俗にゲイランドセルと呼ばれるノースフェイスの黄色いデカいものだ。A4サイズの学校指定のやたら高いPC(液晶が回転してタブレットにもなる)だとか、教科書やノートなどが入っている。月曜日の午後に実習があるから専用の服を上下、巾着に入れて詰める。俺は忘れ物が多い。時間割を揃えようとすると抜け漏れが発生するため、毎日、月曜日から金曜日まで、全教科とPCを持って学校内を歩いている。否が応でも肩と背中が鍛えられる。一石二鳥だ。枕元のコンセントでモバイルバッテリーを満たす。机のコンセントにベーシックな充電ケーブルを繋ぎiPhoneにエサをやる。学校の提出物などは、例えアナログ提出でも、プリントなど必要物が配布されたら一回スキャンしてデータ化し、内容を記入したらまた別にスキャンし、両方PDFにして、学校から付与されたグーグルアカウントのドライブ(USBメモリの仮想空間バージョン)にアップし、いつ原本を紛失しても取り返しがつくようにしている。USBメモリ本体は使わない。紛失するし、どれがどれだか分からなくなるから。グーグルドライブには実験のデータも入れているし、自分でプログラムした研究課題も保存しているし、設計図面も取ってあるから、重い。データの捨てどきが掴めない。

#5
意識飛んだ。平たく言えば、寝た。寝落ち。時計を見ると二時間、らしい。帰宅した母に起こされた。
「真和、お疲れ、ただいま」
「ああ、おかえり、ってか洗い物とか洗濯物とかそのまんまだ、ごめん」
「いいよ、良くも悪くもアテにしてないから」母がからりと笑う。「真和はちょっと体力使うお手伝いだけして、あとは勉強してなさい」
「あ、ありがとう」
「明日ディスカウントストアにお米と金麦買いに行くからついてきて」
「わかった」

翌日も父は出勤で、俺は荷物持ちとして母の助手席に座った。軽自動車は狭い。
「真和、またデカくなった?圧すごいわ」
「ごめん」
「ラヴィット!の人みたい、何とかマッチョさん」
「……ああ、青木マッチョ?」
「そうそれ!よくわかったね」
「……学校で似てるって言われたから」
「あんまりしゃべらないあたりも似てる、お友達、慧眼ね」
母がエンジンをかけると、ステレオから彼女の好きな橘いずみが流れだした。

CDまる一枚を順に流すと、「失格」が終わったあたりでディスカウントストアに着く。四の五の理屈を言ってる自分を俺も愛したいな、なんて思う。

店内は、音の竜巻だ。オリジナルBGM、子供を叱る母親の怒り、呼び込み、繰り返される小型テレビの化粧品のCM。全部、入ってくる。「母」が聞こえない。目が蛍光灯でチカチカして、近くにいるのに顔さえ見えない。砂嵐の中みたいだ。米袋を指さして反応を確かめ、デカいカートに積む。
狩猟をやる人が耳に付けているアレが欲しい。金麦の箱を米の下の段に積み、カートは任せて母から車の鍵を預かった。

助手席に戻っても、まだ脳の奥に反響している。AirPodsをはめて、「Lost yourself」のリピートで上書きする。十五分くらいしか店内にいなかったのに、「青木マッチョサイズ」の身体の力を全部使った気がする。しばらくして母がガラスをノックしたので、外に出て鍵を返し、テープが貼られた米と金麦をトランクに積む。AirPodsを止めると、唇だけの「母」が音声を発する。
「お昼、ラクしたくてモスバーガーのお持ち帰りにしちゃった。お父さんには内緒ね」
「ああ、うん」
「あなたがおなかいっぱいになる量買ったら大変なことになっちゃった、出世払いでお願いね」
「うん」
「あなた繊細なんだから、就活は慎重にやるのよ」
「……うん」
「自信ない、とか言って無職、とかやめてね」
「おう」
「素直だし、成績はいいし、優しいし、素敵なところいっぱいなんだから」
俺が黙っていると、母は、冗談よ、と軽く笑い、モスバーガーの袋を預けてカートを返しに行った。
助手席に戻り、袋の中のペプシコーラをひと口飲む。何が冗談なのだろう。褒め言葉?無職のくだり?仮に後者だとして、何がどういう冗談なのだろう。聞けない。変すぎる。

帰宅してハンバーガーをたらふく食い、ゴミは小さくまとめて集積スペースに持って行った。これで親父にはバレまい。
部屋に帰って、少し寝た。というか、自室のベッドの上でまた意識を飛ばした。何の夢も見ないで、目の前に風景がない、ということさえも違和感にならなかった。

#6
深く眠りすぎたのだろう。夜、寝付けなかった。二時を過ぎると、無職で引きこもりの、十年後の自分が浮かんだ。高専を優秀な成績で出たことにしがみついている二十八か九の俺。母も親父も十年分老いているのに気づかない俺。どんどん立体化して、髄液を吸って膨らむ。
そいつが自分の頭以上にデカくなって、頭蓋をこじ開けて出てきそうになる。
叫びかけるのを必死で飲み込み、パーカーを羽織って玄関から外に出た。歩道。街灯を数える。ゆっくり、夜中の、垢のない酸素を吸いながら歩く。四丁目の看板から三つ目の明かりが切れかけている。十年後の自分は覚えているだろうか。十年後の自分も、こうして夜中に、自分を調整するためにこの道を歩くのだろうか。それとも意のままに癇癪を起こして、……いや、思ったら、なっちゃうかもじゃん。楽しいことを考えよう。菅井友香さんって可愛いよな。ちょっと文化祭実行委員会の委員長に似ている。委員長、今、何してるんだろう。専攻科へは行くと聞いた。その準備と、委員長としてのタスク、同時進行。俺なら無理。しかも身だしなみもしっかりして、なんならいい匂いまでして。人当たりもよくて、俺みたいな「日陰者」にでも差別なく、仕事振ってくれて。あと、例えば簿記を持ってる人を経費管理チームに入れたりとかして、配置のバランスがよい。ああなりたい。何を食ったらああなるんだろうか。委員長のことは好きだが、一発ヤリたい、とかではない。憧れに近い。
新聞配達のバイクが走っている。帰ろう。

ゆっくり部屋が痣色に染まり、頭痛がしたと思ったら、ばしゃあ、と雨が降り出した。雨音は怖い。雨は速すぎて見えないのに、音だけするから、怪奇現象っぽい匂いがする。林檎を丸かじりして、頭痛薬を噛み砕き、横になる。三時からカウンセリングが入っている。何か悩んでいるわけではなく、俺が日本語を下手すぎて母が内面を読めず、勝手に入れた。この雨を受けて、病院まで送ってくれるそうだ。
「ごめん、でも病んでないから、心配かけて、ごめん」
「わかってるわよ、でも知らない人としゃべる練習だと思いなさいよ、何事も経験でしょ」
「......そうだけど」
精神的距離を取られている感じがして、寂しかった。

カウンセリングルームは白基調の四畳半で、机と椅子と観葉植物しかない。いつの間にか雨は止み、午後の光が部屋に差し込んでいた。心理士は日下部さんという落ち着いた男性で、「社会的OK」の空気を芳香のように発散していた。俺にはないものだ。話題はなんでもいいと言う。昨日の不安をゆっくり紡いだ。日下部さんが持っている銀のボールペン、いくらするのだろう。十年後の自分も、持とうとすれば持てるのだろうか。
不安をどう話したかは、曖昧で、今思い起こすと、砂漠の砂の塔みたいにからりと脆い。ただ日下部さんのボールペンの高そうなのばっかり、覚えている。

月曜日、天変地異が起きた。
「石川くん、運搬班の班長やらない?」
委員長が直接打診してきたのだった。「五年の、本来の班長のさ、野木くんがね、就活で忙しくなっちゃった。そしたら石川くんに後を任せたいな、って思ったの。石川くん、「モナ・リザがダ・ヴィンチを描く」みたいな柔らかい想像力がある人じゃない。人を動かす前に動いて見せるじゃない。そういう人、リーダーだったらいいなって思うの。ちょっと、そうだな、六月末を目安に返事ほしいかな」
「......あ、はい」
「LINE、と、私の電話番号ね」
華奢な手からメモを渡される。

ひと違いじゃなかろうか、と、そればっかりぐるぐるした午後だった。
俺は運搬班の一員として、全体を見て、野木さんが休んだ日には代わりにアイデアや指示を出した、それは事実だ。運搬班の仕事は運ぶだけではなく、当日の委員会テントの組み立てとか、飾り付けとか、力仕事全般だ。
責任と危険が伴う。
俺に務まるか?他にも四年はいるのに、何故俺をピックアップした。デカいから?
......断りたいような気が、かなりする。
しかし、せっかく委員長が白羽の矢を立ててくれたこれは、飛躍のチャンスだ。十年後の影に怯えなくていいかもしれない。
モナ・リザがダ・ヴィンチを描く。逆転の発想が利くということだ。
よし、描こうじゃないか。

俺は野木さんにLINEをした。「引き継ぎ、お願いします。」


野木さんは二つ返事で「了解」とくれて、放課後、静まり返った小教室で会うことになった。
部屋の引き戸を開けた彼は面接か説明会の帰りと見えて、スーツ姿にコンタクトだった。いつもユニクロっぽいチェックシャツにメガネだから、印象がまるで違う。ああ、半年もすればいなくなってしまうんだ、と実感がわく。
彼は俺を見るなり、
「石川ぁ、引き受けてくれたのか、悪いなぁ年度の途中でぇ」と目を潤ませる。
「あ、いや、チームなんで、手が空いてる人がやることやるのがスジじゃないっすか」
「そういうとこだよぉ、委員長も俺も目に狂いはなかった。推薦したらノリノリで『聞いてみる!』って言ってくれた」
そうなのか。
「あと、石川ぁ、お前目ん玉4Kだろう?細かいとこまでよく見てる、よく気づく、で、空気が読めないからここぞという時にズバッと指摘する、最強のリーダーじゃんかぁ。アイデアあるのにモジモジしてもったいないから、逆に、そういう人の存在に気づけるってこっちゃもんな、ウェーイじゃ終わらない、真面目で冷静な班作りに向いてるんだよ、お前が鏡見てないだけでかなりイケメンだから」
「あ、ありがとうございます、泣かないでください、ほらティッシュありますから」
「いやあ、涙腺が」
「落ち着いたら具体的なお話を......」
「あ、ああそうな、まず、隔週金曜日に班長会議ってのがあって全体のすり合わせするからよろしくな。あと、資料とかはグーグルドライブに共有してあるから、あとで委員長にアクセス権利くださいって言っといて。野木と打ち合わせ済みです、ってのも言っといて、で、ドライブの資料は更新かけたら委員長に連絡して。当日は、班員が働きやすいかをよく見てて。4Kの目ん玉で。......俺も安心だよ、あと、文化祭終わったら運搬班だけ近所の中学の文化発表会手伝いに借り出されるから筋トレ頑張って。班の全員に通達して予定確認して」

現実味が、ボムっと膨らむ。

「あとなんか気になったところ」
「......現実味と反比例して、自信が」
「最初から自信あるやつはワンマンだからいいんだよ、それで。慣れろ!慣れる!イケる!背筋伸ばせ!」
「はいっ」


『四年の石川真和(運搬班)です。野木さんと打ち合わせ完了しました。グーグルドライブのアクセス権を付与いただけますと幸いです、おてすきの際にご対応お願いします。』
送信、をタップする指が震えた。
既読、はすぐついた。
『引き受けてくれて、打ち合わせ済み、流石、仕事速い!ドライブの件了解です!また月曜日の昼休みね!』
運搬班のグループチャットを見てみると、
『野木 悠介が退会しました』

現実が、動き出した。

#7
月曜日の昼休みの定例会、馴染みの顔が並ぶが、改めて、班長として周りを見ると空気が違う。
「えーっと、運搬班の皆さん、石川に注目お願いします!...えー、グループチャット確認された方はご存知かと思いますが、野木リーダーが就活の都合でお辞めになり、代打を僕が務めることになりました。顧問と委員長には通達済みです。機械工学のもっさり担当なので、野木さんのように明るく引っ張るタイプではないですが、とりあえずミスは早めに連絡ください。こんな見た目で中身ちいかわなので、皆さんお手柔らかにお願いします、以上です。」
くすっ、と誰かが笑い、空気がほぐれた。
「あ、補足なので耳だけ貸してください。リーダーをやるのは人生初なので、足りないところも多いと思います。一年生の皆さんはフレッシュな視点でツッコミ入れてくださいね、四年ってデカいと思いますが、忌憚なく」
「忌憚なく、って何でしょうか」一年生の子が、早速手を上げる。
「遠慮なく、をちょっとオシャレに言い換えてみました。皆さん、今の......鳥居さんの感じで気軽に質問ください、もちろん二年生、三年生もぜひ」
はあい、とやわらかく揃った返事が返ってくる。
「はい、運搬班は地味な仕事がメインですが、テント立てたりとか、文字通り屋台骨でもあります。怪我とミスとやりづらさはすぐ共有して、改善に繋げていきましょう。石川からは以上です、はい、気になったことある人手を上げて」
「どうやって怪我や事故を最小限にしますか?」
「お、いきなりドンピシャ。そのために今日はアイデアマップを作ろうと思って、ポストイットと模造紙を持ってきたんです。......いつ、どうすれば、どんな怪我を防止できて、そのために必要なこと、考えていきましょうか」

定例会のあとの放課後、グループチャットに質問が飛んできた。
『石川さんって、社会人の学び直しで入学したんですか?』鳥居さんだ。『自己紹介からの議題への流れ、素晴らしかったです』

照れる。

『じゃあ、想像力を育てるつもりで、皆さん、僕の前職を考えてください、どう見えます?』
次々回答が飛んでくる。
『百戦錬磨のフリーター』
『営業職』
『エンジニア』
『人事系』

『正解は、フツーの中学生です』
「驚き」のスタンプが次々ついた。

「フツー」でいいんだよな、敢えてそう書いて損はない。今は、社会に溶け込んでいる。過去は胸にしまって、課題を見つけて淡々とこなす。それが今やるべきことだ。

鳥居さんから個人チャットが飛んできた。
『何気なく投げたのに、既読からの出題が速い上に、問題に意外性がありました!頭の回転が素晴らしいと思います!憧れます!』

憧れ、か、......初めて言われた。
『ありがとう!鳥居さんみたいにガンガン質問くれる人がいると班に活気が出るから、すごく助かってます!これからも支え合いで行きましょう!』

とは言いつつ。
みんなの前で話すの、慣れない。授業が人気の先生を観察したり、落語のDVDを見たりして、『引き込む』テク、『聞かずにはいられなくする』テクを勉強した。リーダー論の本などもちょっとずつ読んだ。もちろん、こっそり。
朝は一限の二時間前に学校に着いて、状況の整理と反省、進捗等をまとめる。委員長、すげえなあ、と改めて思う。

そして、俺の個人的反省。
努力の方向。
筋トレもピアノもギターも努力だ。
しかし、『内向き』であった。
『外向き』の頑張りに慣れないと、『趣味』で終わってしまう。

タスクを整理する。目標から逆算して。
『モテたい』
=『自分に自信がほしい』
=『世の中に受け入れられたい』
=『与えられた課題プラスアルファ、の完成度、の繰り返し』

さらに具体的に掘り下げると、
・班長としての働き
=全体を見る、連携強化、後任育成

やることは、決まっている。
七夕の短冊に『モテたい』と書くより幾分か現実的だ。
あとは、経営学の本でかじった「リーダー像」を意識する。
『ゴールを設定して、助け舟を出しつつ見守る』
これが一番、『人』を動かすのだ。

さて、最悪を想像しようか。
俺が何かやらかして文化祭前に除籍。
うん、最悪。
ならどうする?
除籍を避けつつ、三年生を育成。
どう育成する?
「人、物、情報、金(経費情報)」のシェア。そう、持ってるヤツはシェアをする。ひとりで何でもできるのもかっこいいが、それはジャンプ漫画に出てくる天才に任せよう。俺は今ここを生きる凡人だ。包丁で刺されたらフツーに死ぬし。

まず、委員長を介して経費班の班長と会議。何にどのくらい金銭がいるか、とか、そういうことを共有して記録。いつが空きか、二人に連絡するところからだ。動け、モテない、モテたい俺!

あと、各班からひとりずつ選抜して、「記録班」を作るのもいい。委員長に提案するだけしてみよう。恥ずかしいとかナシで。アイデアはタダだ。マルチタスクが苦手故の発想だが、後々そういうヤツがリーダーになった時、困らないように。

〜五年後〜
二年続けて運搬班長をやった。専攻科には推薦で進み、その分の学費は免除。特待生として工学の学士を手に入れ、今は東証プライム一部の日系IT企業でエンジニアをやっている。 「石川くん、十時からミーティングいいかな」 何と、かつて焦がれた委員長がいる企業だ。 「いいですよ、ミーティングスペース取っときますね」 ミーティングスペースは、ファミレスみたいに仕切ってあって、最大四人くらいまで入れる。 「......そして、議題は。プロジェクト終わったばっかで呼び出しなんて、僕、ミスりました?」 「......じゃなくて、二人で打ち上げしない?今日暇にできるよう、調整しといたの」

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