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文章をかく

 音楽を流しておくように、朗読を流しておく習慣がもっとあってもよかったと思った。ノる音もない。文字と朗読者のリズムが擦りよって、無音の空間に声だけが響く読書体験。

 録音してみる。微妙な間、はじめて出会う癖、どうしたいのかわからない語尾。自分の声を聞いてみると奇妙な気分になるのは、ありふれた経験談で、案外この声も悪くないなと思う日は来るのだろうか。後日談を聞いたことがないことに気がついた。

 意味に音を当てて話すことは思いの外難しいのかもしれない。一度感じてしまったら、身体感覚と経験の中でこの加減を美しく処理する存在をそばに置いておいておきたくなってくる。


 文章を書いていると、多くの場合読み返すことと一緒になる。書いた文章を自ら読み聞かせることはなかなかないだろうが、いつかその可能性を捨てきれない中では、おしゃべりの中にない言い回しを使っていいものかと、立ち止まりたくなる。喋り言葉と書き言葉のあわいにある朗読の表現は、縮れることなくまっすぐに共鳴する様を垣間見られる。日常会話の隣人のような表現として流しておくのがいい。上手下手なんかよりもずっと、その声で生きてきた様を知れることが面白い。それぞれの人相と結びつく物語の分類もまた面白い。


 喋り言葉と書き言葉の違和感に立ち止まった結果、当たり前のように、書きたいように書かかないと書いてられないとなる。後日の自分に委ねて早々に内容を忘れてしまうのがいい。

 書いた本人は忘れていくのが常ですが、あとで朗読しても耐えられるものを、いつか書けたらいいと思います。更新があればよろしくお願いします。

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