毎週届く「欠席届」(No.101)
最初にそれを見つけたのは、月曜日の朝だった。
郵便受けを開けると、見慣れない白い封筒が一通入っていた。
差出人の名前はない。
宛名だけが、私の名前。
――佐伯直人様
中身は一枚の紙だった。
会社で使っているような、簡素な「欠席届」。
日付。
理由。
そして、本人署名欄。
そこには、見覚えのない文字でこう書かれていた。
4月14日(月)
欠席理由:発熱のため
私は眉をひそめた。
4月14日。
来週の月曜日だった。
「何だこれ……」
悪戯だと思った。
私は会社員で、毎朝ほぼ決まった時間に出勤している。
少なくとも、来週休む予定なんてない。
紙をゴミ箱に捨て、そのまま会社へ向かった。
それから一週間。
4月14日。
朝6時半。
目が覚めた瞬間、異変に気づいた。
体が重い。
喉が焼けるように痛い。
額に手を当てる。
熱があった。
38度7分。
私はベッドから起き上がることすらできなかった。
会社に電話を入れる。
「すみません。今日、休ませてください」
電話を切った直後、ふと思い出した。
先週の紙。
私は慌ててゴミ箱を漁った。
丸めた紙を広げる。
そこには確かに書かれている。
4月14日(月)
欠席理由:発熱のため。
偶然だ。
そう思った。
ただの偶然。
その日の午後には熱が下がり始めた。
翌日には普通に出勤できた。
誰かが私の体調を予測しただけ。
そう考えることにした。
ところが、次の月曜日。
また封筒が届いていた。
今度は、
4月23日(水)
欠席理由:胃痛のため。
と書かれていた。
4月23日。
まだ十日以上先だった。
私は紙を持って会社へ行った。
同僚に見せると、みんな笑った。
「何これ?」
「誰かの悪戯じゃない?」
「未来予知じゃん」
私も笑った。
そして、その日の夜。
胃が痛くなった。
最初は軽かった。
食べ過ぎだと思った。
しかし、深夜になると立っていられないほどの痛みに変わった。
翌朝、病院へ行く。
急性胃炎だった。
会社には休みの連絡を入れた。
帰宅すると、机の上に例の欠席届が置かれていた。
私は息を止めた。
朝、出かけるときには確かに郵便受けから取り出していない。
そもそも、私は封筒を自宅に持ってきていなかった。
紙を裏返す。
裏には何もない。
私はその日から、欠席届を捨てずに保管することにした。
三枚目。
5月2日(金)
欠席理由:身内の不幸のため。
私は青ざめた。
これは、今までとは違う。
自分自身の体調ではない。
家族に連絡した。
父も母も元気だった。
妹にも何もない。
「くだらない悪戯だよ」
父は笑った。
私は安心した。
5月2日。
朝。
電話が鳴った。
母だった。
泣いていた。
「お父さんが……」
言葉が続かなかった。
父は前日の夜、突然倒れた。
病院へ運ばれたが、助からなかった。
私は何も言えなかった。
電話を切ったあと、机の上の欠席届を見る。
そこには、私の署名まで入っていた。
私は震える手で、その紙を破った。
何度も。
細かく。
ゴミ袋に入れた。
その日の夜。
私は眠れなかった。
午前2時。
物音がした。
玄関。
郵便受けが開く音。
カタン。
私は布団から出た。
玄関へ行く。
郵便受けを覗く。
何もない。
戻ろうとしたとき、足元に白い封筒が落ちていることに気づいた。
差出人はない。
宛名は、
佐伯直人様。
中には、また欠席届。
5月9日(金)
欠席理由:葬儀のため。
私は紙を握り潰した。
「誰だよ……」
声が震えた。
翌朝、母に電話した。
父の葬儀の日程を聞いた。
5月9日。
一致していた。
私はその瞬間、初めて恐怖を感じた。
これは未来を予言しているんじゃない。
誰かが、
未来を予定している。
私は警察に相談した。
だが、何もできなかった。
封筒から指紋は出ない。
郵便受けに監視カメラを設置しても、誰も映らない。
警察官は、
「嫌がらせの可能性もありますので、しばらく様子を見てください」
と言った。
私は会社にも相談した。
上司は心配してくれた。
「しばらく休んでもいいぞ」
私は首を振った。
「仕事だけは続けたいです」
仕事をしている間だけは、普通の生活に戻れた気がした。
そして、次の月曜日。
また届いた。
私は封筒を見るだけで吐き気がした。
恐る恐る開く。
5月16日(金)
欠席理由:本人都合のため。
私は首を傾げた。
「本人都合?」
今までとは違う。
何が起きるのか分からない。
5月16日。
私は朝から会社へ向かった。
何も起きなかった。
昼休みも普通。
午後も普通。
私は安心した。
やっぱり、ただの悪戯だったのだ。
そう思った。
午後6時。
退社しようとしたとき、上司から呼び止められた。
「佐伯君。」
「はい。」
「人事から聞いたんだけど……」
上司は困った顔をした。
「君、今日付けで退職届が出てるぞ。」
「……え?」
「本人都合で。」
私は言葉を失った。
「そんなもの、出してません」
「でも、署名も君の字だ。」
人事部へ行く。
机の上に退職届があった。
確かに私の字だった。
住所も。
電話番号も。
印鑑まで。
私は知らないうちに会社を辞めていた。
いや。
正確には、
私が辞めたことになっていた。
私は警察へ向かった。
今までの欠席届も全部見せた。
担当者は黙って書類を確認していた。
そして最後の一枚を見て、顔色を変えた。
「……この書類。」
「何ですか?」
「会社の書式と同じですね。」
私は頷いた。
「最初からそうでした。」
警察官は首を横に振った。
「違います。」
「この書式は、去年から使われていません。」
私は固まった。
「去年?」
「今使っている書式とは違います。」
「じゃあ、これは……」
警察官は答えなかった。
その代わり、私の欠席届を一枚ずつ並べた。
4月14日。
4月23日。
5月2日。
5月9日。
5月16日。
そして気づいた。
日付が飛び飛びなのではない。
全部、
何かを失った日だった。
体調。
家族。
葬儀。
仕事。
警察官が言った。
「最後の紙は?」
「まだ届いていません。」
その夜。
私は実家へ戻った。
一人でいるのが怖かった。
母の家に泊めてもらうことにした。
午後11時。
玄関の郵便受けが鳴った。
カタン。
私は動けなかった。
母が代わりに取りに行こうとする。
「触らないで!」
私は叫んだ。
そして、玄関へ向かった。
白い封筒が一通。
宛名。
佐伯直人。
差出人。
なし。
私は封筒を開けた。
中には一枚の欠席届。
日付は、
5月23日(金)。
理由の欄には、今までより長い文章が書かれていた。
欠席理由:永続的な欠席のため。
私は紙を落とした。
「……永続的?」
その下。
本人署名欄。
そこには、私の名前。
そして署名の横に、
小さな赤い印が押されていた。
「承認済」
私は震えながら警察へ電話した。
そのときだった。
母が私の肩を叩いた。
「直人。」
「何?」
「それ……裏にも何か書いてあるよ。」
私は紙を裏返した。
そこには一行だけ。
今までとは違う筆跡で書かれていた。
「明日からは、あなたが欠席届を出す側です。」
意味が分からなかった。
翌朝。
母が私を起こしに来た。
「直人、会社に行かないの?」
私はベッドから起きた。
「行くよ。」
母は黙って私を見た。
「……誰と話してるの?」
私は笑った。
「母さんとだよ。」
母は顔を青くした。
そして、震える手でスマートフォンを見せた。
画面には、昨夜の着信履歴。
私から母への電話。
時刻は午前3時12分。
私は電話していない。
母が震える声で言った。
「この電話……留守番電話にメッセージが残ってる。」
再生する。
最初は無音。
数秒後。
私の声が聞こえた。
「母さん、ごめん。」
私は息を止めた。
続いて、
「明日から、僕はいないことになってるから。」
母が泣き出した。
私はスマートフォンを奪い取った。
その瞬間、玄関の郵便受けが鳴った。
カタン。
私はゆっくり振り返った。
白い封筒。
拾い上げる。
今度の宛名は、私ではなかった。
「佐伯直人の母 佐伯美代子様」
封筒を開く。
中には、新しい欠席届。
日付は、
5月24日。
理由は、
「息子の失踪による欠席。」
私は紙を握りしめた。
そして、最後に小さく書かれた一文を見つけた。
「ご心配なく。次の週からは、別の人が出勤します。」
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