え、これがロッド・スチュワート?
1982年頃、テレビの「ミュージックトマト」のビデオ・クリップで見た彼の姿が、最初の出会いでした。
最初は「アイドル歌手」に見えた
派手なブロンドの髪をなびかせ、きらびやかな衣装を身にまとったシンガー。シンセサイザーの軽快でポップな演奏に乗せて、甘くハスキーに歌い上げる姿は、どう見ても「アイドル歌手」。
当時、ギターが主役のロックバンドに憧れていた僕にとって、そのポップスターは、正直にいえば「あまり関心のない存在」でした。
海の向こうの、キラキラした歌手。
そんな勝手なイメージが、ずいぶん後になって、音を立てて粉々に砕け散ることになります。
場所は、バイト先の電気屋の先輩のアパートでした。
フェイセズを聴いて、ロッドのイメージが変わった
薄暗い部屋のスピーカーから流れてきたのは、フェイセズの「ミス・ジュディーズ・ファーム」。
ルーズで、スモーキーで、圧倒的に生々しいバンドのグルーヴ。そしてその真ん中で、これでもかと泥臭く、ソウルフルにシャウトしているヴォーカル。
「え、これがロッド・スチュワート?」
これは、かなり衝撃的でした。自分が目にしていた、キラキラしたポップスターと、目の前のスピーカーから強烈な熱量を放っているヴォーカリストが、どうしても結びつかなかったのです。
ロッドのイメージが一度きれいに壊され、最高にロックな存在として、あらためてインストールされたような衝撃でした。
「こっちの方が、断然かっこいい!」
それからの僕は、フェイセズを聴き込み、ジェフ・ベック・グループまで遡っていきます。
ソロなのに、バンドの音がする

そして辿り着いたのが、初期のソロアルバム『The Rod Stewart Album』1969年。
そこではロン・ウッド、イアン・マクレガンといったフェイセズの仲間たちが演奏していました。ソロ名義なのに、音は「バンドサウンド」そのもの。
アルバムに針を落とし、収録されていた「ストリート・ファイティング・マン」が流れてきたとき、最初は、別の曲かと思いました。
僕がよく知っていたローリング・ストーンズの原曲は、アコースティックギターの鋭いストロークで始まる、ストレートなロックンロール。
しかし、ロッドのそれは全く違っていました。
曲の冒頭から鳴り響いたのは、ロン・ウッドのねっとりとした、ブルージーなスライドギター。その泥臭い導入部を聴いた瞬間、まるでフェイセズの未発表曲を聴いているかのような興奮が身体をかけめぐります。
ストーンズの名曲を、完全に自分たちの体温と呼吸のなかに引きずり込んで再構築してしまう。
そのアレンジの格好よさに、僕はしびれました。
ロッド・スチュワートが大西洋を渡る

やがてフェイセズが解散し、ロッドは渡米して『アトランティック・クロッシング』1975年を制作します。
参加ミュージシャンは、フェイセズの仲間たちから、スティーヴ・クロッパーやドナルド・ダック・ダンらアメリカのスタジオ・ミュージシャンへ。
サウンドもガラッと変わりました。
まさに音楽的にも、彼は「大西洋を渡った」のです。
そして時代は1981年へと進み、すでにアメリカで大成功を収めたポップなロッドをリアルタイムで見つめていた、僕の最初の記憶へとつながっていきます。
けれど、その華やかな成功の手前には、もっと荒っぽく、もっと泥臭く、バンドで歌っていたロッドがいました。
そしてそこにはいつも、僕のロックの原風景とも言える、ロン・ウッドのあのスライドギターの音が鳴り響いていたのです。
