身体は先に知っていた〜DJ Taoはアンダルシアにいた〜
🎵アレグリアス
茶色い扉を開けると、生音のAlegríasが聞こえる。
紅白チェックのクロスがかかったテーブルに、
踵を強く踏むと良い音がする木の舞台。
トリハにふりかかったシナモンの甘い香り。
パエリアの色とりどりな鮮やかさ。
Familia ファミリア。
僕はこの店を
一生忘れられない。
そこで出会った人々、
フラメンコの息づかい。
思い上がっていた自分の鼻を折られ
自分を受け入れてくれて
毎晩のように遊んでもらった日々。
気がついたら勇気をもらっていて
羽ばたいて行った後、
あっという間に閉店に至るまでの憂い。
彼等とは今日の青空で繋がっていると思う。
そんな思い出の店は、
高田馬場駅前にある縦長の雑居ビルの最上階にあった。
なんで僕はその店に面接に行ったのか。
その時はたしか、
スペインがなんか好きだった。
スペイン、という国の名前1つ。
たったそれだけで、バイトの面接に行った。
でも、今ならあの時よりわかる。
スペインという国が好き
という一言では語りきれない。
きっと、スペインのどこかに、
フラメンコの中の何かに、
僕が旅したい場所があったんだと思う。
当時の僕は知らなかった。
でも、身体だけは知っていた。
〜〜〜〜〜
🎵 ソレア(Soleá)
自宅の上の階の人の騒音。
たまに何語かわからん映画爆音。
毎日何かを移動させる轟音。
どんな人なんやろ、、どんな生活してんの?
妻と、こんなんちゃう?とか想像したり
子供ともうるさいな、腹立つわぁーと文句言ってた。
でも、ある日そんなに気にしなくなってた。
少し静かにもなったのかもしれない。
直接の原因はわからないけど、
なんかもうしゃあないな、と、
1年くらいで思えるようになってた。
勤め先の社長にも同じように思えるようになれたらいいけど。笑
あかん、今日も文句言ってしまった。。
全然雑居できてないなぁ。
まぁ、相手によって、場所によって、
必要な年月はかかるのかもしれない。
800年かかっても、駄目な場合だってある。
迫害という悲しい歴史を生むこともある。
僕だって、いつ、会社という共同体から締め出しを食うかわからない。
でも、リスクを負ってでも、
自分のリズムを守る。
それはいつか崩されるかもしれない。
生き延びれなくなるかもしれない。
崩されなかったら喜ぶ。踊る。書く。
生きのびるために、命懸けで遊ぶ。対話し続ける。
だから、プリムという祭が存在するのかもしれない。
〜〜〜〜〜
🎵パブロレスカーノ Ahí ahí (Remix)
800年も続いたレコンキスタ。
800年後を想定していた人はいないだろう。
だから、今日を一緒懸命生きる。
それが何世代にも渡った結果だ。
北の山へ行った人々。
暖かい南に残れた人々。
行き来した人もいるのかな。
色んな人が色んな意味で交差したと思う。
アンダルシアは世界最大の河原だったのかもしれない。
時には敵として戦いながらも、
一緒に暮らしてたであろう人々の潔さ。
敵だったけど、今は手を組む、とか。
魂レベルでの敵対よりも
サッカーのチームが違うから、
という感じ。
もちろん心から恨みます、もあるだろうけど。
とにかく
色んなものが単一統一でうまくいかないことを知っている
ごちゃ混ぜの理屈。
異教徒、異民族、異文化が、
なんだろうと思いながらも、
同じ井戸の水を汲み、
同じパン屋で買い物をせざるを得ない、
今を過ごすしかない理屈。
僕はそんな多様性を、ごちゃ混ぜ感を、
大阪や高田馬場という場所から感じていた。
それぞれにとっての
ややこしい人達がちゃんと"存在"していて、
ややこしさにも種類があるけど
とりあえず一概に、ややこしいと呼ぶしかない具合。
城の理屈も河原の理屈もそうじゃない理屈も、
ごちゃ混ぜの理屈が通じるところ。
それは時間の経過も必要だろうが、
誰かが綺麗に区画した決まりなどでは
解決しない。考えても、始まらない。
時間と共に色んな感覚が勝手にMIXする。
きっと、それをアルゼンチンの音楽が教えてくれた。
DJ TaoによってAhí ahíという曲のような
楽しい文化になることもあるんだと。
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あとがき
あの時あの空間がなかったら、
あの人がいなかったら、
今の僕はなかった、という場所が
僕の高田馬場であり、ファミリアだった。
高田馬場は、結構ごちゃ混ぜだった。
いかがわしさと清々しさ、
喧騒と閑静、
学生と社会人、
当時の身体と今の意識、
日本と僕のスペイン、
これらをまたぐ境界だった。
ファミリアは、
まだ社会に出そびれる僕にとっての、
共同体への入り口だった。
雑居ビルの2Fには沖縄もあった。
スペインにいられない時は、
沖縄にもお世話になった。
濃かった、僕の沖縄とスペイン。
両方行ったことないのに、親近感しかない。笑
いきなりバイト初日からやらされた
フラメンコショーステージの照明係。
空気読んで照らせ、と言われてもわかるはずなかった。
いや、でも、割とすぐにわかった。笑
身体が先に知った。
フラメンコから吸った空気の記憶は
今も僕の体内に残っている。
ファミリアは僕の家族より僕を怒った。
何もわかってない僕は、厳しく叱咤激励されて、
そのまま朝まで一緒に酒を飲んだ。
ほんとに、毎日と言えるくらい飲んだ。
その時は仕事のやり方が駄目なのかと思ってた。
今は違う。
その共同体に入るための入門儀礼だったのだと思う。
そして、お互い異なるものだらけの自分たちを
時間をかけて受け入れていくための時間だったのだと思う。
当時は何もわからなかったし、
感謝の意だって十分に伝えれなかった。
だから、僕は自分の記憶と共に、
かつてあった空間の
港のようなところへ意識の旅をする。
いつも身体が先で、意識はあとだ。
だから書き記しておく。
それしか、その時の思いを届ける術がないから。
チェーンステッチのように繋がっている気がするから、
今でも何かで繋がっていたらなぁと思う。
ラリーを終わらせないことが、僕のリズムの1つなのかもしれない。
かなり遅れた返信ではあるけれど。
嗚呼、今日も生き延びれた。
よかったよかった。
今日は久しぶりにパエリアが食べたいな。
でも、妻に頼まれた納豆を買って帰ろう。
