駅で鯛を釣る【毎週ショートショートnote《裏》】
あたしにとっては、生まれたときからそうなのだ。
その昔、海面は今の高さよりも40メートルも下にあって、このあたりは東京と呼ばれた大都会だった……らしい。
いま、釣り糸を垂らしているのも、新宿駅という超・巨大なターミナル駅だったのだという。温暖化の影響で海に沈んで、絶好の釣り場になっている。
「ミナミグチ」と呼ばれるこの橋へ、あたしは父と毎日通う。
橋の下はすぐ海面だ。水は透き通って、海中の仕掛けも夏の光で見えている。ホームの屋根を避け、線路へ下ろす。今日の食事を待つのみだ。
北に池袋島。南に明治神宮島。まともな陸地は、この新宿半島が東端だ。
東のほうは、海ばかり。
旧チバケン? の東側には陸があるという。陽光に輝く波の彼方、入道雲の下にうっすら見えるのがそうだろう。
「かかったっ! 鯛! タモタモタモタモ!」
父はもちろん、周囲で釣っていた人々が一斉に助けにやってくる。
今の社会はひどい、と父は嘆く。
でも──。
父と食事を釣って暮らす毎日。
あたしは、それはそれで良いのではないかと思っている。
完
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参加させていただいたのはこちら。
