夜桜と【シロクマ文芸部】
夜桜と高層ビル。
同じものを見ても、私とあなたは、記憶することに違いがある。
私が覚えていることを、あなたは忘れていたりする。逆もまた然り。
お互いに、説明されても思い出せないことがあるのは不思議なものだ。
当時、婚活サイトというのは、今ほどメジャーではなかった。
インターネットはとうにあったが、男女の『出会い』というのは生活の中で見つけるものだという感覚が強く残っていた気がする。
インターネットが広がる初期段階で、『出会い系サイト』であったり、高校生の売春が話題になったからだろう。インターネットを通じて人と知り合うことが、ある種、いかがわしいものとして認知されていたように思う。
ただ、私は自分自身がモテない男であるという自信と自覚に満ちていた。それで、自然な出会いというものにはとっくに絶望していたのである。
氷河期の影響もあって、マトモな職に就いたのは30歳になってからだ。そして、すぐに婚活サイトに登録した。
結婚には適齢期というものがあるから、今すぐにやるだけやってみるべきだ。それで良い縁がないのであれば、私は結婚すべき人間ではないということだろう。
あなたとやりとりを始めたのは、婚活サイトに登録してから数か月経った後のことだ。都内の大きな駅で会って、食事に行った。
正直に表現すれば、私は婚活というものを甘くとらえていた。
繋がる縁はどうやっても繋がるし、繋がらないものはどうやっても繋がらない。
そんなふうに考えていたから、あなたと会うにしても、綿密な計画はまったく無かったのである。
都内の主要駅で会った。そして、知っていたイタリアンの店に入ろうとしたが、満席だった。
そう、私は予約をしていなかったのである。「どうせ空いているだろう」と甘く想定していたからだ。
しかし、そこは都内の主要駅である。すぐ近くに和食居酒屋があって、そこに入ることができた。
ここで、どんな話をしたものか、ほとんど記憶にない。
ただ、私はいつもの調子で酒を飲みまくったのは覚えている。
繋がる縁は繋がるし、繋がらない縁は繋がらない。
自分を飾らないほうがいいと思った。
どうせ、カッコ良くはない。カッコつけてもしかたがない。
緊張を紛らわすためにも、飲んでしまったほうが楽しく話せると思った。
素の自分を見せてみて、次回があるかどうか、あなたに判断を任せるというのが単純ではないか。
飲むだけ飲んで、すっかり緊張は解けた。
話の内容は覚えていないが、だいぶ話したような記憶はある。
それから、近くにあった公園を歩いた。
ちょうど、時期だった。
話をしながら、夜桜を見て、ぶらぶら歩いて、別れた。
現代の婚活コンサルタントが聞いたら発狂しそうな無計画プランだが、この縁が繋がるのだから、やはりそうなのだ。繋がるものは繋がるし、繋がらないものは繋がらない。
しかし、私が和食居酒屋で飲みまくったところは覚えていても、夜桜の部分はあなたの記憶にはないのだという。
まったく奇妙なことである。
酔って、一人で行ったわけではない。それは間違いない。
ほんの一瞬、手を繋いだその柔らかさを、この酔っ払いはよく覚えているのだから。
完
フィクションですよ?
