青春こじらせ登校記【子育てエッセイ】
先日、夫婦で小学校に通う息子の朝の支度について対策会議をしていました。
私は以前から、朝になるとアレクサで『クシコス・ポスト』を流しています。
タッタタ〜タッタタ〜タタタタタ〜♪
運動会で流れる、あの「急げ急げ!」感満載の曲です。
あの曲を聴けば人類は自然と走り出したくなる。少なくとも私はそう信じていました。
ところが息子には全く効きません。
着替えない。
歯を磨かない。
ランドセルも背負わない。
クシコス・ポストだけが颯爽とゴールテープを切っていきます。
そんなある日、夫が言いました。
「そもそも園の運動会でクシコス・ポスト流れてなかったじゃん!!」
私は思わず、「あっ!」と声を上げました。
そうだったのです。
私の脳内では、運動会=クシコス・ポストだったのですが、それは私の世代の記憶であって、息子には何の思い出補正もありません。
息子にしてみれば、ただ知らない馬が走っている曲なのです。
私は静かにうなだれました。
すると夫は、「じゃあ、俺が出勤する時間を少し早めてみる? 息子くんも時間感覚つかみやすくなるかもしれないし」などと、わりと真面目な改善案を出していました。
親というのは健気な生き物です。
生活リズムを整えたり。
声掛けを工夫したり。
環境を見直したり。
本を読んだり。
人に相談したり。
子どものために、あれこれ考えています。
……そんな矢先でした。
夫婦で出かける用事があり、息子の世話を私の母に頼んだ日がありました。
私たちが不在の朝。
遅刻気味の息子を見かねた母が、「一緒に学校まで行こうか」と付き添ったそうです。
すると登校中に息子は、「恥ずかしいから来ないで!!」と言ったといいます。
ここまではいいのです。
成長です。
親離れの第一歩。
むしろ健全です。
問題は、その直後でした。
息子はどこからともなく現れた女子中学生二人組と合流し、満面の笑みでその真ん中を陣取りながら登校していったらしいのです。
母は少し離れた場所から、その様子を目撃したそうです。
私はその報告を聞きながら、「ほう……」とだけ答えました。人は想定外の情報を受け取ると、語彙を失います。
後日、息子本人からも報告がありました。
その女子中学生の一人は、いちかちゃんというらしいのです。息子はとても自慢げに教えてくれました。
そしてさらに驚いたのは、その後の発言でした。
「7時40分過ぎてから家を出ると、いつも会えるんだよね」
私は一瞬、聞き間違いかと思いました。
しかし違いました。
彼は登校時間を把握していたのです。
時計もいつの間にか読めるようになっていました。
そして、彼女たちの登校時間を恐ろしいほど正確に把握していたのです。
その結果として導き出された結論がこちらです。
「あんまり早く学校行きたくない。
だって、いちかちゃんに会えないんだもん…」
………私は遠い目になりました。
こちらは朝の支度が遅い理由を探していたのです。
生活習慣かもしれない。
睡眠時間かもしれない。
集中力の問題かもしれない。
クシコス・ポストの選曲ミスかもしれない。
そう思っていました。
しかし違いました。
理由は、いちかちゃんだったのです。
……育児書を読み漁った時間を返してほしい。
時間管理。
生活リズム。
自己効力感。
習慣形成。
そういう言葉が頭の中を流れていきます。
その横を、「7時40分過ぎてから出れば、いちかちゃんに会える!」が猛スピードで追い抜いていきました。
思い返せば、自分だってそうでした。
親や先生はいろいろな理屈を並べます。
でも実際に人を動かしているのは、もっとどうしようもなく単純な理由だったりします。
好きな友達がいる。
会いたい人がいる。
話したい人がいる。
ただそれだけで、面倒な学校も少しだけ楽しくなります。
そう考えると、息子は息子なりに学校生活をエンジョイしているのかもしれません。
親としては複雑ですが。
少なくとも、朝の登校に希望を見出しているらしいのです。
それはそれで悪くありません。
ただ一つだけ確かなのは、今後私がどれだけ育児書を読んでも、「いちかちゃん効果」には勝てない気がしていることです。
そして今日も私はアレクサに向かって言います。
「クシコス・ポストをかけて」
すると部屋には軽快な疾走音楽が流れ始めます。
しかしその頃、息子の頭の中ではたぶん、別の何かが走っているのでしょう。
今のところ、息子を最も早く家から出せる存在は、私でもなく、夫でもなく、アレクサでもなく、たぶん……
いちかちゃんなのです。
おしまい
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