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3人だけのバス。感情のメンテナンスの旅だった。

耳にはオーディブル。
車窓の外は雨。バスのエンジン音がごうごうと響いている。
静か、とは言えない車内。

それなのに、不思議と私の心は静かにほぐれていく。
言葉が、ぽつりぽつりと、こぼれはじめた。
旅のはじまりに何を思っていたのか──
忘れていたことが、少しずつ、浮かび上がってくる。

あの日は高山へ向かう高速バスに乗っていた。
「残席5」の表示に慌てて予約したバスには、私とイタリア系のカップルが一組。
3人だけの、雨のバス旅。
静かに高山を目指していた。

LINEには、退職した会社の友人から「お茶しよう」と連絡があった。
予定を立ててくれているその優しさが、なんだかうれしかった。

旅の前日、タロット教室に行っていた。
近所の仲良しさんと「こんなん出ました〜」とカードを並べて、
なんとなく覚えた意味をお互いに読み合いながら、先生のリーディングを待つ。
このゆるさが、ちょうどよかった。

その日出たカードは、私にとって「今のあなたへのメッセージ」としては最高の1枚だった。
先生がぽつりと、「あなたの動画、LINEに載せたら?」と言ってくれたので、
試しに載せてみた。

すると、友人が「3回見たよ。とてもよかった」と伝えてくれた。
その言葉、もったいないほどありがたかった。
彼女は語彙力のある人だから、
「よかった」の一言に、私は少し背筋が伸びる思いがした。

その彼女も、最近仕事を辞めたばかりだった。
バイトからそのまま就職したけれど、これまでと違う業種で、
「この歳になって新しいことを覚えるのがつらい」と話してくれた。
そして、やめることを決めたそうだ。

「家で何をしていいかわからない」とこぼした彼女に、私はこう言った。

「一回、ぽっかり空いた穴を確認してみたら?
その穴の形を見てから、何を入れようか考えてもいいんじゃない?」

すると彼女は、少し間を置いてから、
「なんかその言葉ヒットした。
ぽっかり空いた穴、見てみようと思う」と返してくれた。

ああ、私もだ。
私自身もきっと、夫との暮らしやあの仕事のあとに空いた穴を、まだちゃんと見ていなかった。
その穴を避けるように旅に出たのかもしれないし、
あるいは、見に行くために旅に出たのかもしれない。

その旅には、ひとつの目的があった。
5〜6年前に出会った、SBT(スーパーブレイントレーニング)の1級コーチ仲間──同期の4人と再会するためだった。
資格を取るために何度も話し、励まし合った仲間たち。
その後も、講演会や食事に声をかけてくれたり、思い出したように近況を伝えてくれる存在だった。

私が今やろうとしていること、やりたいこと。
それを、あの頃いっしょに夢を語った仲間たちと話したかった。
今の自分を少しだけ、見せてみたかった。

でも本当は、
空いた穴にぴったりはまる何か──
ジグソーパズルのピースのような出会いや言葉を、探していたのかもしれない。

そう思いながらバスに揺られていると、ふと気づいた。

私、忘れていたんだ。

この旅は、何かを得るためじゃなかった。
「私に会えてよかった」って、思ってもらえるような旅にしたかったんだった。ちょっとおこがましく聞こえるかな、、与える旅にしたかった。

本当は、言葉のカードを用意して、会ったときに渡すつもりだった。
その人にそっと渡したい、やさしい言葉の一枚。
でも、バタバタしているうちに、忘れてしまった。

だけど、気づけてよかった。

たとえカードがなくても、
私の言葉やまなざしが、
その人の心のどこかにあたたかく残れば、それでいい。

…いや、やっぱり、先に渡したかったんだ。
先にそっと差し出すことで、
受け取ってもらえる準備が、相手の心にも、自分の心にもできる気がするから。

そして、思った。
このバスが、この旅が、感情のメンテナンスだったのかもしれない。
いや、
もしかしたら私は──
感情のメンテナンスをするために、このバスの旅を“選ばされた”んじゃないか?

静かではないけれど、心が静まる道のりだった。
こぼれた言葉たちは、きっとどこかに届いていく。

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