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「白昼に神を視る」〜版画に魅せられた男、長谷川潔(パナソニック汐留美術館 長谷川潔展より)

版画とは生き物だ。
原板さえあれば、何枚でも作品を作ることができる。しかし、完全に同じものは作れない。インクの乗せ方や印刷する時の圧のかけ方、紙の材質など、いくつもの条件の組み合わせによって、一枚一枚に微妙な差が生まれる。
そして原画を印刷用の原板へと起こすまでの過程にも、様々な手法がある。
そんな版画の奥深さに取り憑かれた一人が、画家・長谷川潔だ。
銅版画の本場であるフランスへと渡り、同地でエングレーヴィングをはじめ、様々な技法を習得し、特に当時廃れかかっていたメゾチントという技法に新しい命を吹き込み、版画の歴史に大きな足跡を残した。
そんな彼の画業に焦点を当てた展覧会『長谷川潔展』がパナソニック汐留美術館で開催中だ。
今回は、長谷川の画業において重要な一角を占め続けた植物をモチーフとする作品群を中心に、その表現世界を紹介しよう。

①版画に魅せられた男

長谷川潔は1891年、横浜に生まれた。
外国からの船が出入りする港の風景を見ながら育った彼の中には、「海の向こう」への思いが育っていた。
1913年から同人『仮面』に挿絵画家として参加したことをきっかけに、長谷川は版画に興味を持つようになる。
ルドンやブレイク、カンディンスキー……名だたる画家たちの作品を手本として学ぶ中で、長谷川の中には、一つの思いが育っていく。
彼らの故郷である「海の向こう」に自分も行きたい。
行って、版画技法を学び、究めたい。
そして1919年、ついに長谷川は海路、銅版画の本場であるフランスへと降り立ったのである。

到着早々に体調を崩すなど、トラブルに見舞われたが、長谷川は折れなかった。ルネサンス期のマンテーニャやデューラーといった先人の作品や、技法書を手がかりに、ほぼ手探りで様々な銅版画の技法の研究を進めていったのだ。
当初は銅板を直接彫り込むエングレーヴィングやドライポイントを中心に制作しており、やがてメゾチントという、当時のヨーロッパでは失われつつあった技法に出会う。その独特な黒の諧調に魅せられた長谷川は研究を重ね、1925年にはこの《アレキサンドル三世橋とフランスの飛行船》に見られるような上下左右、斜めに細かな線を重ねて下地を作る独自の表現を確立し、フランス国内で高い評価を得る。

長谷川潔 《アレキサンドル三世橋とフランスの飛行船》 1930年、メゾチント、町田市立国際版画美術館蔵


そして1930年代には、銅板に松ヤニの粉をまぶして腐蝕させるアクアチントにも手を広げた。
その作例として、《二つのアネモネ》を見てみよう。

長谷川潔 《二つのアネモネ》 1934年、アクアチント、町田市立国際版画美術館蔵

グラスに生けられたアネモネは、1本は顔を上げて咲き誇り、もう1本は力なくうなだれ、グラスの口にもたれかかっている。前者は「生」を、後者は「老い」や「死」を象徴し、人間の一生が重ね合わされているとされる。
また、背景にも着目したい。グレーのトーンで表された繊細なレース模様は、銅板に直接レースを押し付けて転写したものである。なかでも、このように白く模様が抜けるように仕上げる方法は、長谷川独自のものであり、彼がフランスで手に入れた古い木製版画印刷機によるものだ。
現在では完全な再現が不能とされるこの技術を用いた長谷川自身の作品は、この《二つのアネモネ》を含む4点しか現存していない。
まさに版画に魅せられた一人の男の執念の結晶とも言えるだろう。

②「白昼に神を視る」

1930年代後半、ヨーロッパには次第に戦争の影が忍び寄り、1939年9月にはついに第二次世界大戦が勃発した。
そのような状況の中でも、長谷川は帰国せず、フランスに留まり続けたが、物心両面で苦しい状況に立たされることとなった。
そんなある日、絵のモチーフを探してパリの郊外を散歩していた時のことだった。何の変哲もない1本の木が長谷川に向かって「ボン・ジュール!」と声をかけてきたのだ。
長谷川は驚いた。
「ボン・ジュール」と返事をした時、一つの確信が生まれた。
ありふれた草木にも、人間の目鼻立ちと同じように意味が宿っている。
そして、精神を研ぎ澄まし、目の前の対象と波長を合わせることができれば、その対象が持つ「声」を聞くことができる。
こうした境地を、長谷川は「白昼に神を視る」という言葉で表現している。
この「神を視た」最初の体験を象徴するものと見なされている1枚が、1941年の《一樹(ニレの木)》だ。

長谷川潔 《一樹(ニレの木)》 1941年、ドライポイント、町田市立国際版画美術館蔵


これは、大戦勃発後に滞在したヴェヌヴェルで描いたニレの木がもとになっている。
中央に大きく描き出された木の樹皮は、風雨にさらされて盛り上がり、幹は凸凹している。そこから無数の細い枝が伸び、確かな「呼吸」の気配を感じさせる。
画面の約3分の2を占めるのは、空白として表された空だ。遠景では林や家々が帯をなし、木の周囲の草と共に、一本そそり立つニレの木の存在感を際立たせている。
絵を見る者は木の「息づかい」に意識を研ぎ澄まさずにはいられない。
長谷川が切り開いた新境地だった。

③深淵なる黒の世界

大戦末期には、長谷川は「敵性外国人」として一時はパリ郊外の収容所に収監されたこともあった。
釈放後、心身の傷が癒えると、再び創作に取り組み、樹木や草花、小さな生き物を丹念に観察し、その成果を版に刻んでいった。
《コップに挿した野花(秋)[種草]》もその中から生まれた1枚で、1951年に原板と共にルーヴル美術館に買い上げられている。

長谷川潔 《コップに挿した野花(秋)[種草]》 1951年、エングレーヴィング(雁皮紙刷り)、町田市立国際版画美術館蔵


1950年代後半には、若き日に名を挙げるきっかけとなったメゾチントにも再び取り組んだ。
ビロードのように柔らかく、唐墨のように深みのある漆黒の闇と、そこから花やさまざまなオブジェなどのモチーフをほのかに浮かび上がらせる手法は、独自の静けさを湛え、見る者に忘れがたい印象を残す。
この《ア カ リョ ム の 前 の 草 花〔 草 花 とア カ リョ ム 〕》は、その一つだ。

長谷川潔 《ア カ リョ ム の 前 の 草 花〔 草 花 とア カ リョ ム 〕》 1969年、メゾチント、町田市立国際版画美術館蔵


アカリョムとはフランス語で「水槽」をさす。
長方形の水槽の前に、庭や田野で摘んだ草花を活けた花瓶が置かれている。
画中に水槽の縁は描かれていないため、本来なら隔てられているはずの3匹の魚が泳ぐ「水の中」と、花瓶の置かれた「外の世界」とは、一つに溶け合い、つながっているように見える。
水、草花そして魚ーー自然界のあらゆる存在は全て密接に連鎖している。長谷川がこれまでの人生の中で体得した世界観が、ここに表されている。

長谷川は渡航してから、生涯を終えるまでの約60年間、日本に帰ることは一度もなかった。
銅版画の本場たるフランスに身を置き、ラウル・デュフィなど同地の画家と交流しながら、ひたすら自分の創作と向き合い続けた。
そしてそんな長谷川の画業の中で、重要な一角を占め続けたのが植物だった。
それは単なる静物モチーフや風景の一部ではない。
生命の象徴であり、特に木に語りかけられる経験を経てからは、精神を研ぎ澄まし、向き合う対象だった。
そして植物と向き合い、聞き取った「声」を版に刻むことを通して、彼は独自の表現を切り開いたのだ。
そう考えると、展示作品の1枚1枚が濃密な生の気配の結晶とも言えるかもしれない。
是非、それを会場で感じ取って欲しい。
 

開催概要

「町田市立国際版画美術館所蔵 長谷川潔展―パリに生きた銅版画家の軌跡」

会場:パナソニック汐留美術館(東京都港区東新橋1-5-1 パナソニック東京汐留ビル4階)
展覧会会期:2026年7月11日(土)〜 9月23日(水・祝)
開館時間:午前10時~午後6時(ご入館は午後5時30分まで)
*9月18日(金)、9月19日(土)は夜間開館 午後8時まで開館(ご入館は午後7時30分まで)
休館日:水曜日(ただし9月23日は開館)
入館料:一般:1,200円、65歳以上:1,100円、大学生・高校生:700円、中学生以下:無料 
*障がい者手帳またはミライロIDをご提示の方、および付添者1名まで無料でご入館いただけます。

公式サイト:https://panasonic.co.jp/ew/museum/exhibition/26/260711/

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