「育児に協力的な旦那さん」を葬りたい
ぶよん。
たれぱんだのカマの部分みたいな、やる気ゼロのフォルムをしたお腹。
鏡を見るたびに「本当にこの中にいた人間を外界に出したんだな」と改めて実感する。
十ヶ月のあいだ子宮を貸していた我が子は、今やリビングのど真ん中でスピスピ眠っている。
なかなかに壮絶だったお産から一ヶ月。
「産後一年は自分の時間なんてゼロだから、今のうちに外食しときな」
「産んでみると、可愛すぎて離れられないよ」
「うちの妻、育児ノイローゼで大変だった……」
そんなふうに私をビビらせてきた先輩たちのアドバイスが頭をよぎるが、現状、それらは幸いにも杞憂に終わっている。
退院してから平均7時間は眠れているし、体もだいぶ元通りになり、美容院にもまつパにも、飲み会にも行けた。
もちろん、私が特別に育児がうまいわけではない。
我が家にシッターさんが常駐しているわけでもない。
ただ、妊娠中からずっと、夫を「手伝ってくれる人」にしないための地味な工作をしてきた。
それは思い出すのも辛い妊娠初期。
当時は夫との意識のギャップを強く感じいていた。
夫は何一つ変わらない生活をしているのに、私は自分の身体の異変を一つも見過ごすまいと、8番出口ばりに気を張り続ける毎日。
あれは食べちゃダメ、これは飲んじゃダメ、あそこに行っちゃダメ、これを持っちゃダメ。
吐き気のなかで不安に苛まれ、ひたすらGoogleとGPTとXを往復していた。
人生で初めて味わう種類の孤独は、想像以上にしんどかった。
数十回の夫婦喧嘩の末、私は少しでも早く彼に当事者になってもらうための準備を始めた。
そもそも、男女の意識のズレは妊娠以前、いや就活の頃からすでに始まっていた。
育休の取りやすさなど、ライフプラン込みで企業を選ぶ女子は多い。
だが男の同級生から同じ言葉を聞いたことはない。
妊娠・出産に関しては、身体の構造上、どうしたって女性が担うしかない。
だけど育児に関しては違う。
プロジェクトリーダーとサポートメンバーではなく、きちんと二頭体制で走るべき案件だ。
意識の差を責めても何も始まらないので、とにかく育児という共同プロジェクトは足並みそろえて始めましょう、というのが私のスタンスだった。
以下の6つの施策は、私なりにあれこれ考えてやってみたことだ。
どれも、私が「ワンオペ地獄のプロジェクトリーダーにならない」ためのささやかな布石である。
今のところ、これらはうまく回っていて、育児の負担は夫7割・私3割。
育児スキルも、彼のほうが一枚上手だ。
*授乳はミルク7:母乳3の混合だが、夜間は彼がミルクを担当している
施策①里帰り出産はしない。共同戦線はここから始まる。
「里帰りする人が多いみたいだけど、実家に帰らないの?」
と夫に言われたときはびっくりした。
とんでもない!帰らないよ〜!!
だって、二人が“同時”に育児をスタートすることが重要なのだ。
私が里帰りなんかしたら、人生で最も長丁場のプロジェクトのキックオフMTGに夫不在という事態になってしまう。
初動に関わらなかった人間は、永遠にサポート役から抜け出せない。
妊娠初期こそ夫は指示待ち新卒だったが、産後はそうはさせないぞ。
なお、夫も一緒に実家に泊まるパターンも聞くが、あいにく狭小マンションである我が家には夫の寝床がないし、お世話のやり方を巡って親と喧嘩する未来が見えているので却下。
どうしても育児が回らなくなったり、急なお迎えが必要になったりしたら両親に頼ることにした。

施策②妊婦健診はすべて同伴
産院は、自宅からも職場からも通いやすいところを選んだ。
健診にかかる時間は、平均して1時間弱。
病院の受付スペースはかなり広く、驚くことに半分以上の妊婦が夫同伴だった。
ひとりずつ区切られたソファが並び、パソコンを開いて作業している人の姿も珍しくない。
この環境ならいけると思い、私も夫にはすべての妊婦健診に付き合ってもらうことにした。
効果はてきめんだった。
最初こそ「これ俺いる意味ある?」と首を傾げていた夫も、回を重ねるうちに先生への質問が増え、真剣モードに。
「妊娠中は血液量が1.5倍になります。
男性の身体だったら耐えられない状態です」
このような先生のひと言が、じわじわ夫の認識を変えていったのだと思う。

その代償として、エコーの診察中に夫婦そろって子の性別を知ることになり、「ケーキを割って苺なら女の子、ブルーベリーなら男の子……」といったロマンティックなジェンダーリビールは叶わなかったが。
施策③夜泣き担当大臣に任命
妊娠中、口内炎ができるほどに口酸っぱく、私は何度も言い続けた。
「妊娠と出産は物理的に私の役割。
育児はバトンを渡すからね。いい?
特に産後6〜8週間の産褥期は安静にしなければいけないの」
「俺、体力には自信あるから任せて」
夜泣き担当大臣の椅子は、拍子抜けするほどすんなり埋まった。
産後、最も心身が削られるのは「寝られないこと」だと聞いていた。
戦々恐々としていた私だが、生まれる数か月前から、夫を夜泣き担当大臣に任命したのは正解だったと思う。
現在は、深夜2時〜9時は夫がリビングに布団を敷いて、夜泣き対応に務めている。
私は別室で睡眠時間を確保できているおかげで、なんとか心身すこやかに日々を回せている。
施策④産院からOJTを始めよう
いろいろな人の話を聞いて耳年増になっていた私は、夫婦の育児スキルの差は産院でつくと知っていた。
勝負は、産後すぐに始まっている。
というのも産院では、産後一日目から、おむつ替えや授乳の仕方、とっっても痛い母乳指導が容赦なく入ってくるのだ。
つまり、入院中の数日間で
私だけレクチャーを受けて育児に詳しくなる
→ 帰宅後、私が夫に教える
→ イライラして「もういい私がやる!」と夫の仕事を奪う
→私がさらに育児に詳しくなる
という地獄のスパイラルが、わりと簡単に成立してしまう。
それを避けるためにも、子がNICUを出て母子同室が始まるのと同時に、夫にも病室に泊まってもらい、育児を“同時スタート”させることにした。
夜泣き担当大臣である夫には、夜間のミルクとあやしを任せることにしていた。
同室二日目の夜、子どもがギャン泣きしている横で、私はいびきをかいて寝ていたらしい。
出産前後の数日間はアドレナリンでほぼ眠れていなかったのだ。身体が強制的に電源を落としたのだと思う。
見回りに来た助産師さんが二度見した、と後から聞いた。
「あらま!普通はお母さんが起きるんだけどね〜。
よっぽど疲れてるんだねえ」
助産師さんはそう笑って、子どもをあやしてくれたらしい。
この国の「普通」は、やっぱり少しおかしい。

施策⑤ワリカン原理主義
同棲を始めて以来、我が家では「ワリカン原理主義」を採用している。
年に一度の誕生日プレゼントやプッシュギフトはがっつり頂くが、それ以外は基本、1円単位で等分決済。
分娩費用も例外ではない。
出産費用148万円、妊婦健診14万円。
保険で返ってきた分も含め、きっちり折半した。
そのかわりと言ってはなんだけど、産院の決定権は私に。
また、妊娠中に買ったマタニティウェアや、猛暑で歩けず乗ったタクシー代なども関連費用として計上した。
よく聞くのは「家計を夫多めにして、家事育児は妻が多めに」という分担スタイル。
だが、私は家事が壊滅的に苦手だ。
お風呂場に赤いヌメヌメを生やすのは平常運転。
シンクに皿をためすぎて、ふわふわの白カビを栽培したこともある。
料理以外に夫に勝てる科目がなかったからこそ、金銭面のラインは死守しなければいけなかった。
その結果、
「家計は折半。
私は十月十日の妊娠生活と、出産というハイパー肉体労働を担当する。
だから産後の実働は頼む」
という、ちょっと強気な外交カードも切ることができたのだった。

施策⑥情報の刷り込み作戦
派手さはないが、地味に効いた施策がある。
それが「情報の刷り込み」だ。
まず意識したのは、子育て中の夫婦や先輩との接点を増やすこと。
子連れの友人夫婦と会って育児のリアルな実情を聞くことで、夫の解像度は一気に上がったようだった。
さらに職場でも、自ら先輩に育児の極意を聞いてくるようになり、気づけば「〇〇さんが言ってたんだけどさ」と、得てきた情報を私にシェアしてくれるまでになった。
次にやったのが、「たまごクラブ」の読み聞かせ。
妊娠初期・中期・後期の3冊すべてを順々に購入し、その都度、彼と一緒にページを開いた。
重要な部分は声に出して読んでもらう。
夫も次第に楽しんで読むようになり、
「アカチャンホンポ行ってみようよ」
「重いものは持たないでね」
と口にするようになった。

そしてもうひとつ、リビングで妊娠・出産・育児系のYouTubeを垂れ流すのも、思いのほか効いた。
私がよく見ていたのは、植野有砂ちゃん、ありしゃん、助産師HISAKOさん、ほしみみさん、ともかほちゃんねる、など。
生活音として流れている情報は、案外しっかり頭に残るらしい。
「イクメン」がようやく死語になりつつある今、次に葬りたいのが「育児に協力的」という表現だ。
協力的。
誰の仕事に、誰が協力しているのだろう。
「育児に協力的な旦那さんだね」はよく聞くのに
「育児に協力的な奥さんだね」と言われることは、まずない。
二人で共同経営のカフェを開いたとして、片方が毎日店に立つことを「協力的だね」とは言わない。自分たちの店だからだ。
なのに育児になると、父親にだけその言葉が与えられる。
この記事を書いている今も、隣のリビングでは夫が宇多田ヒカルを口ずさみながら、ぐずる子をあやしてくれている。
感謝は忘れない。
ただ、それをいちいち「協力的」と呼ばなくていい世界であってほしい。
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