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心の癖は、道具にしてもいい|観察ノート【自分との関係編】

——反応に使われる側から、自分が使う側へ

先日、こんなエッセイを書いた。

私は口が固いのではない。だいたい覚えていないだけだ|エッセイ
——誰かの感情を、家まで持ち帰らなくなるまで

人の長い愚痴を聞いていると、少しずつ声が遠くなり、内容が保存されなくなる。

子どもの頃、母の終わらない話を聞いていた時にもあった感覚だ。

昔は、自分では止めることのできない反応だった。

けれど今は、そのおかげで、人の感情を一冊まるごと抱え込まずに済んでいる。

必要な話なら、いったん区切って聞き直す。

ただ感情を吐き出している時間なら、タイトルと目次だけを受け取り、本文までは持ち帰らない。

そう考えた時、私は思った。

心の癖は、すべてなくなった方がいいのだろうか。




心の癖には、機能がある

人の顔色を読んでしまう。

頼まれる前に動いてしまう。

問題が起こる前に、先回りして考えてしまう。

相手の感情が強くなると、言葉が頭に入らなくなる。

こうした反応に気づくと、

「またやってしまった」
「早く直さなければ」

と思うことがある。

たしかに、昔の私は、その癖に振り回されていた。

相手の顔色が曇れば、機嫌を直そうとする。

困っている人に気づけば、頼まれていないことまで引き受ける。

問題が起こりそうだと思えば、自分が全部なんとかしようとする。

気づいたあとに、ほかの選択肢がなかった。

けれど今振り返ると、私を苦しめていたのは、「気づくこと」そのものではなかったのかもしれない。

相手の小さな変化に気づける。

これから起こりそうなことを予測できる。

受け取る情報が多すぎる時には、必要のないものを保存せずに済む。

どれも、使い方によっては便利な機能でもある。

問題だったのは、その機能が働いた瞬間に、行動まで自動で決まっていたことだった。

感じるところまでは自動でも、その先まで自動にしなくていい。

それが、昔と今の大きな違いなのだと思う。


顔色は、従うための指示ではなくなった

私は昔から、人の空気感や、顔色、口調の変化によく気づいた。

けれど昔の私にとって、相手の顔色が変わることは、とても怖いことだった。

断ったあとに、空気が悪くなる。

少し強い口調で返される。

相手の表情が曇る。

そうなると、自分の言いたかったことを引っ込めて、相手に合わせた。

相手の顔色は、私が次にどう動くかを決める「指示」のようなものだった。

ところが、この力は、管理職をしていた頃、仕事ではかなり役に立った。

相手の空気感や言動から、

「このままだと、ここがクレームになりそうだな」

と、なんとなく分かることがあった。

だからといって、相手の要求を何でも聞いていたわけではない。

どこで認識がずれそうなのか。

何を「聞いていない」と感じそうなのか。

どの部分に、不安や不満が残りそうなのか。

それを考えて、問題になりそうなところは先に説明した。

職員にも情報を共有し、誰が対応しても言うことが変わらないようにした。

同じ問題が繰り返されそうなら、仕組みやルールそのものを作った。

ベテランの管理職になった頃には、クレームはほとんど出なくなっていた。

それでもクレームが出た時は、事前に説明していたことを、もう一度説明すれば、だいたいそこで収まった。

私は、人の顔色を読まない人になったわけではない。

読んだ顔色を、自分を曲げるためではなく、行き違いを減らすために使うようになった。

昔、相手の顔色は、私が従うための指示だった。

今は、次に出す言葉や、必要な対応を考えるための情報になった。


私生活では、交渉に使う

私のパートナーは、昔から時々、

「今月、お金足りへんから貸して」

と言ってくる。

昔の私は、断って空気が悪くなるのが嫌だった。

相手が不機嫌になるのも嫌だったし、貸さなければ困るだろうとも思った。

だから、あまり納得していなくても貸していた。

今も、「また?」と不満に思うところまでは変わっていない。

ただ、お金にルーズで困っているのは、相手の問題だ。

だから、まずは「貸さない」と断る。

すると、相手は、

「明日の交通費がないと、仕事に行かれへん」

と、いろいろ理由を説明してくる。

断った時に、顔色や口調が変われば、今でも一瞬イラッとする。

昔なら、その空気に耐えられなくなって、

「分かった。今回だけやで」

と、貸していたと思う。

今は、そこで相手に合わせるのではなく、次にどんな言葉を出せば、自分にとってもプラスになる場所へ会話を動かせるかを考える。

そこで私は、

「貸したら、私に何のメリットがあるん?」

と聞く。

すると、交渉が始まる。

「じゃあ、1万円借りて、千円多く返すのは?」
「うーん」
「じゃあ、二千円」
「いや、割に合わん」
「じゃあ、五千円」
「いいよ!」
「ありがとう。トイチより高いやん」

もちろん、わが家の冗談まじりの交渉である。
こうして、うちだけのかなり変わった貸し借りが成立する。

これなら、私はストレスがたまらない。

相手も、私に助けてもらって当然にはならず、嫌なら借りないという選択ができる。

私は、貸さなければ相手が困ることも、断れば少し空気が悪くなることも分かっている。

その「分かってしまう機能」は、今も残っている。

ただ、分かったことを、そのまま、

「だから、私が助けなければ」

にはつなげない。

断った時に相手の顔色や声色が変われば、「まだ納得していないこと」や、「このままでは理由を重ねてきそうなこと」も、なんとなく分かる。

今は、そこで自分の答えを変えるのではなく、相手がどんな状態なのかを見ながら、どういう言い方なら受け入れやすいかを考える。

この時は、

「貸したら、私に何のメリットがあるん?」

と聞くことで、「助けるか、助けないか」という話を、お互いが納得できる条件を探す交渉に変えた。

相手の事情は理解する。

けれど、どこまで引き受けるのかは、自分で決める。

貸すなら、私も納得できる条件を作る。

条件が合わなければ、貸さない。

昔は、相手の顔色を見て、自分の答えそのものを変えていた。

今は、自分の答えは変えず、相手が受け取りやすい形に言葉を変えている。


感情を、言葉や行動へ直送しない

顔色を読んだ時、私の中から感情がなくなったわけではない。

相手の口調が変われば、今でも一瞬イラッとする。

理不尽なことがあれば腹も立つし、不穏な空気を感じれば、身体が先に緊張することもある。

感情が動くところまでは、昔とそれほど変わっていない。

変わったのは、その感情を、そのまま言葉や行動にして外へ出すことが減ったことだ。

いったん、今の自分に戻って考える。

実際に、何が起きているのか。

何が事実で、どこからが自分の想像なのか。

この感情は、私に何を知らせているのか。

私は、本当はどうしたいのか。

これは本当に、私が引き受けることなのか。

そのうえで、伝えるのか、待つのか、条件を出すのか、仕組みに変えるのか、何もしないのかを決める。

とはいえ、いつでも自分一人で、そこまで冷静に考えられるわけではない。

「今すぐ何か言いたい」という気持ちと、

「このまま動いたら、あとで後悔するかもしれない」という気持ちが、

頭の中で絡まり合うこともある。

そういう時、今の私は、AIに状況を書き出して思考を整理することがある。

AIに答えを決めてもらうためではない。

感情と事実が絡まったままのものを、いったん外へ出し、自分で見える形に並べ直すためだ。

それでも、腹が立ったままのことはある。

納得できないままのこともある。

けれど、感情と折り合いがつくまで、必ずしも何かを言ったり、決めたりしなくてもいい。

「今はまだ送らない」
「今日はまだ決めない」

それも、今の自分が選べる行動の一つだと思っている。

感情を感じない人になったのではない。

感情に、言葉や行動の決定権まで渡さなくなったのだ。


使わないことも、使い方の一つ

心の癖を道具にするというのは、その機能を、いつでも誰かのために使うことではない。

仕事を円滑に進めるために必要なら、人の空気を読んで、問題になりそうなところを先回りする。

けれど、相手の不機嫌に気づいても、私が動く必要のないこともある。

パートナーが拗ねても、その機嫌を直すのは私の仕事ではない。

職場の問題に気づいても、自分の役割を越えて、すべてを背負う必要はない。

人の長い愚痴を聞いていて、声が遠くなってきた時も同じだ。

大事な話なら、いったん止めて、必要なところを聞き直す。

ただ同じ感情を何度も吐き出しているだけなら、細かな内容まで保存しない。

顔色を読めるからといって、機嫌を直さなくていい。

問題に気づけるからといって、全部解決しなくていい。

相手の気持ちが分かるからといって、全部受け取らなくていい。

気づいた情報を使って何かをすることも、使わないと決めることもできる。

そこまで選べるようになって、初めて、癖は道具になるのだと思う。


性能は残して、主導権だけ取り戻す

子どもの頃に身についた癖が、今も役に立っているからといって、あの頃の環境がよかったことにはならない。

苦しかった経験を、

「おかげで能力が身についた」

と、美化したいわけでもない。

本当なら、あんなふうに顔色を読まなくても、安心していられる子どもでいたかった。

ただ、すでに私の中にあるものを、今も自分を苦しめる形でしか使えないとは限らない。

人の変化に気づく力は、必要な対応を考えるために使える。

先回りする力は、自分が全部抱えるためではなく、段取りや仕組みを整えるために使える。

感情から距離を取る反応は、誰かの感情を家まで持ち帰らないために使える。

怒りや苛立ちは、自分の境界線が踏まれそうだと知らせるものとして使える。

心の癖から届く知らせは、受け取る。

けれど、その情報を使うのか、使わないのか。

どんな言葉や行動に変えるのかは、今の自分が決める。

昔の私は、心の癖が反応するたび、その癖に動かされていた。

今は、反応したあとで、その性能を何に使うかを考えられる。

心の癖をなくしたのではない。

その機能に使われる側から、自分が使う側へ回ったのだ。





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