「これ、やる意味ありますか?」―キャリアの意味は、後から分かることもある~「今の自分には意味が分からない」ことと、「意味がない」ことは違う~
最近、若手職員の育成について話をしていると、
「これをやる意味は何ですか?」
「この仕事は、自分のキャリアにどうつながるんですか?」
といった問いを若手から受ける、という話を聞くことがあります。
もちろん、「昔は黙ってやった」「言われたことをまずやれ」で済ませてよいとは思いません。仕事の目的や背景を説明し、その仕事が組織や住民にとってどのような意味を持つのかを伝えることは、上司の大切な役割です。
一方で、「意味」を求めることが強くなりすぎると、少し気になることもあります。
「今の自分に意味が分からないこと」と、「意味のないこと」は、本当に同じなのでしょうか?
「成長したい」。でも、将来の姿はまだ見えていない ~微妙な若手のキャリア意識~
最近の若手のキャリア意識に関する調査を見ると、興味深い結果があります。
ヒューマンホールディングスが2026年4月に公表した、20~29歳の男女1,000人を対象とする「Z世代の仕事観と自分らしさに関する調査2026」では、53.7%が、仕事を通じて「自分が成長できている」と実感することを重視しています。
その一方で、「なりたい自分」を「しっかりと思い描けている」と回答した人は7.8%でした。
また、リクルートマネジメントソリューションズが2026年に公表した新入社員意識調査でも、「働くうえで大切にしたいこと」として「成長」が引き続き重視され、「失敗を恐れずにどんどん挑戦する」ことを支持する回答も増えています。
こうした結果を見ると、若い世代が単に「楽をしたい」ということではないのでしょう。
成長したい。意味のある仕事をしたい。自分のキャリアにつながる経験をしたい。
そう考えること自体は、とても大切なことだと思います。
ただ、キャリアを25年近く生きてきた一人として思うことがあります。
キャリアの意味は、いつも先に分かるわけではない。
むしろ、何年も、何十年も経ってから、「あれがここにつながっていたのか」と気づくことがあります。
私自身が、まさにそうでした。
人に引っ張られて始まったキャリア
高校2年生の頃、私の成績はどん底。
赤点のオンパレードでした。
もちろん、公務員になることなど毛頭考えていませんでした。
そんな私が、ある人との出逢いをきっかけに勉強するようになりました。
その人は、とても勉強のできる人でした。一緒に勉強するようになったこと。また周囲から「釣り合っていない」と思われたくなかったこと。
放課後に机を並べ勉強したり、2人の将来を話したりしたことを覚えています。
1年遠回りしましたが大学では法学部に進学できました。ここでの勉強をする習慣がなければ大学にすら行くことは叶わなかったと思います。
ただ、主体性がない自分は大学に入り、将来何をするのかは、全く決めず、大学から始めたアメフトに没頭する日々。
その人から、将来の方向性を考えるよう強く促されたことで、しぶしぶ自分の進路について考えるようになりました。
その人は、1年先に自治体職員へ就職したこともあり、私も自然と公務員を目指すようになりました。
そう、自分一人で描いたキャリアプランなど、そこにはありません。
「人に引っ張られて始まったキャリア」だったと思います。
人生は、思いどおりには進まなかった
ところが、人生は思いどおりには進みません。
当時は就職氷河期の真っ只中。自治体の採用数が大きく減り倍率が非常に高い時期でした。私は公務員試験に軒並み落ち、留年しました。
ただ、その頃には、自治体という仕事そのものに興味を持つようになっていました。また、公務員試験の勉強を通じて、法律、経済、行政などの知識が横につながり始め、これを活かしていく仕事が、意外に自分にあっているのでは?と、気づき始めていました。
公務員を目指す最初のきっかけは、その人だったとしても、いつのまにか、「自分自身の進路」として確固たる意志になっていたのです。
翌年も、公務員試験を受け、無事、複数の自治体の筆記試験には合格。面接日程が重なり、その中から地元の県庁を選択しましたが面接で不合格になります。
筆記試験の順位はかなり上の方だったので、今振り返っても、面接では相当NGな受け答えをしていたのだと思います(笑)。
最終的に残ったのが、国家公務員への道でした。
官庁訪問をしていた国土交通省関東地方整備局から採用していただき、国家公務員として社会人生活をスタートすることになりました。
公務員を目指すきっかけをくれた人とは、そのときは別々の道を歩んでいましたが、その人からもらったきっかけは、いつの間にか私自身が選ぶ道へと変わっていました。
国から市役所へ。そして、さらにその先へ
国土交通省に入り、比較的恵まれた部署で、さまざまな仕事を経験させていただきました。一方で、技術官庁での中で事務系職員として歩んでいくことに、次第に迷いも感じるようになりました。技術系職員と比べると職務の幅に限りがあると感じること。また、「キャリア」と「ノンキャリア」の違いを意識する中で劣等感を抱くこともありました。さらに、結婚したことで、転勤のある働き方と子育てをどう両立していくのかという、生活上の問題にも直面しました。
仕事そのものへの不満というより、「この先、自分はどこで、どのように働いていきたいのか」を考えるようになったのだと思います。
そこで選んだのが、自治体への転職。
当時、59歳まで採用試験を受けることができた、妻の実家のある市川市役所を受験し、転職しました。
国家公務員から自治体職員へ。そこで介護施設運営という仕事、国でも経験していた人事の仕事、障害福祉、管理職の役割などに携わることになりました。
社会保険労務士、国家資格キャリアコンサルタントなどの資格を取得し、仕事に関しての本を書いたり、庁外での講師、ネットワークを築くようにもなりました。
今は独立し、自治体や企業の人事、組織、労務などに関わる仕事をしています。
高校2年生だった自分に、
「将来、国土交通省に入り、市役所へ転職し、資格を取り、本を書き、独立して、公務員の皆さんに人事やキャリアについて話をしているよ」
と言っても、まったく信じないのではないでしょうか?
振り返ってみれば、高校時代の出逢った人と過ごす時間の中で「勉強する」という習慣がついたことが、大学受験や公務員試験に、その後の資格取得や仕事での学び方につながっていたこと。
そして、国土交通省で感じた迷いや劣等感も、転勤と子育ての両立に悩んだ経験も、当時の自分にとっては決して前向きな出来事ばかりではありませんでした。
けれど、そのような経験があったからこそ市川市役所への転職を考え、そこで介護や人事という今の仕事軸に出会い、その経験が今の仕事につながっています。
一つひとつの出来事に、その時点で「これは将来の○○につながる」という意味が見えていたわけではありません。ただ、そこで目の前の人、仕事に向き合いながら、そのときには「なぜこんなことで悩んでいるのだろう」「この経験に何の意味があるのだろう」「真面目に考えすぎじゃないか」と思いながら、ひたすらこなしていったことが正直なところです。
これらの経験は、後から振り返って、初めて点と点がつながり、一本の線になるのです
人生の余白も大切にする
これから進む人たちに伝えたいことがあります。
意味が分かってからでなければ、動けない人にはならないでほしい。
人との出逢い。たまたま任された仕事。希望していなかった異動。失敗。回り道。
そのときには「これに何の意味があるんだろう」と思った経験が、10年、20年経ってから、自分のキャリアをつくった大切な経験だったと気づくことがあります。
もちろん、すべての経験が後から役に立つと言いたいわけではありません。明らかに非効率な仕事や、目的を失った慣行まで「いつか役に立つから黙ってやれ」と正当化するのは違います。
ただ、
「今の自分には意味が分からない」ことと、「意味がない」ことは違う。
人生に、余白のようなものは残しておいた方が、よいのではないでしょうか。
きっかけは誰かから。その先は自分で
キャリアは、最初に描いた設計図どおりにつくるものだけではありません。
偶然の出逢いや、思いがけず任された仕事、失敗や回り道によって、予想もしなかった方向へ進むことがあります。
だから、若い人たちにも、目の前にある仕事や出逢いについて、「これは自分にとって意味があるのか」と最初から答えを決めすぎないでほしいと思います。
今は意味が分からなくても、その経験が、いつか自分の人生の点と点をつなぐものになるかもしれません。
きっかけは、誰かからもらうことがある。
その先をどう歩くかは、自分が決める。
そして、これから出逢う人や、目の前に現れる仕事についても、
「やってみた先に、何かがあるはず」
という期待は、いくつになっても持ってほしいと思います。
人生の意味も、キャリアの意味も、歩いている最中には分からないことがあります。
後から振り返って初めて、
「あの人と出逢ったから」「あの経験があったから」
と分かることがある。
それもまた、キャリアなのだと思います。
50歳になって、あらためて思うこと
最近、「なぜ公務員になったのか」という話をするとき、この計画性と思いがなく始まったキャリアエピソードを積極的に話すようにしています。(これまでは、街づくりをしたい!と思って国交省に入りました!と見栄を張っていました。。)
人との出逢いによって考えてもいなかった方向へ人生が動き出すことがある。無駄だと思っていたことが、実は今の仕事に役立っているものも沢山あるということを、伝えたいからです。
私の場合、その最初の大きなきっかけをくれたのが、ここに書いた「高校時代に出逢った人」でした。
その人と出逢わなければ、高校時代にあれほど勉強したか分かりません。
大学を目指したかも分かりません。
公務員という仕事を選択肢に入れたかも分かりません。
もちろん、その後の人生を歩いてきたのは自分です。
試験に落ちたのも自分。もう一度受験したのも自分。
国土交通省に入ったのも、市川市役所へ転職したのも、資格を取ったのも、本を書いたのも、独立したのも、自分の選択です。
そして、自分の選択を支えてくれた家族の存在はとても大きなものでした。
でも、その最初の方向を変えるきっかけをもらった事実は、50歳になった今、自分の人生を振り返ってみても間違いありません。
あのとき、私の人生を前へ動かしてくれてありがとう
この感謝の言葉がご本人に届くかなくても、感謝そのものがなくなるわけではない。今は、そう思っています。
参考・出典
ヒューマンホールディングス株式会社
「Z世代の仕事観と自分らしさに関する調査2026」(2026年4月、20~29歳の男女1,000人を対象)
https://www.athuman.com/news/2026/26678/
株式会社リクルートマネジメントソリューションズ
「2026年新入社員意識調査」
https://www.recruit-ms.co.jp/news/pressrelease/2920470000/
