見出し画像

私の半生を書いてみよう①

안영하세요//

ji-eunです

では早速第1話から緊張してスタート

母は田舎のお嬢様、父はや⚪︎ざの若頭

私はそんな両親から生まれました
お腹にいる頃の話ですが、
父に一大いざこざがあり(笑)
母は大きなお腹を抱えて
裁判所に行ったとか。

胎内で私は何を感じていたんだろう。
今じゃ全く思い出せないですが(それはそう)
私はそんな胎内時間を過ごしていました。

母は二十歳過ぎてすぐ妊娠し結婚しました。もちろん大反対の中で結婚。
どんな想いだったのでしょうか。
「あの頃は若かったから。」
「私が悪い。」
これは母の口癖です。思い出話になるといつもこうです。

まぁ確かに若かったですし、
田舎のお嬢様。そこまで大きな苦労もなく育ったと聞いております。
大恋愛の末の出来事だったと思っておきます。


家は長屋。ボットン便所。シャワーなんてなし。


そんな家でした。
今もまだ残ってますし住んでいる方もいるので
あれですけど、私の時代はどの家も水洗トイレだったよ?

洗面台なんてなし。台所の湯沸器だけ唯一お湯が出る。
土壁だったし。隣との壁は薄いから怒鳴り声とかも聞こえるし。
周りは野良猫ばっかり。
我が家はそんな家だった。
住んでいた頃はちょっと他と他とは違うくらいで
特に何も思わなかったのが不思議。

私にとっては当たり前の環境でした。

ぼーっとして とろかった幼少期


1人目だったこともあり、
とっても可愛がってもらえたようです。
8ミリビデオを見ると
公園や旅行に連れて行ってもらったり…
人並みに幸せだったと思います。
泣き虫でビビリで。
幼稚園の時は犬のう⚪︎ちを踏んでしまって
歩けなくなって大号泣。
早生まれな事もあり
人より何も出来なくていつも遅い。
「トロイ」が私のニックネームだったかも。
マイペースで
楽しい時は踊って周りを笑かすような明るい子どもでした。

特殊な環境

ただ
要所要所思い出すのは、
ちょっと怖いおじさんたちに囲まれていた事。
そして父はずっと怖い存在だったこと。
そして母は一人で子育てしていたこと。

妹が産まれるまでは現役の若頭さん?だったので
母は姉さん。私はお嬢。
傘をさしてもらってたそうですよ。

今思えばなんでもっといい家に住めなかったの?って思う。
だってドラマの悪い人ってめちゃ豪勢なお屋敷に住んでない?
闇ビジネスに手を出してなかったから?
とでも思っておきます。父が一人で豪遊していたのかもしれないです。
家庭的ではなかったので母は苦労していました。

ドラマのような事件もちらほら覚えています。
父の愛車がボッコボコになってましたし、
家にいっぱい怖い人も来ました。

でも
母が怖がっている記憶は全くありません。
母って田舎のお嬢さんの割には
肝が座ってます。

こう振り返ると


きっと母は苦労したでしょう。
昔ですし、
そんなすぐに離婚してワンオペで育てるとかも出来ないし
仕事も。
好きで別れなかったということもあると思いますが、
幾度となく悩んでいたと思います。


そんな私に妹が二人出来ました。

それは2話で話します。

감사합니다 //

P.S. 幼少期のことってどのくらい覚えているものですか?noteを綴ると結構思い出せないものだなと感じました。そんなものですか?ㅎㅎㅎ//


いいなと思ったら応援しよう!