父親「精神病院に入れるぞ」

春の気配を感じるようになると、決まって思い出す記憶がある。
それは、父が私に浴びせ続けた

「精神病院に入れるぞ」

という言葉だ。


私の父は、何かにつけて私を「精神病院に入れるぞ」と脅す習慣があった。

私は幼い頃からアニメや漫画を愛好し、その平坦で鮮やかな二次元の世界に心を逃避させることが習慣化していた。

また、絵を描くことを好んでいた私は、頭の中に浮かぶイメージを現実の空間で再現しようと、指先で空中に線を引く癖があった。

傍目から見れば、虚空を彷徨う指先を追いかけながら心ここにあらずといった体で佇むその姿は、あまりに不可解で、何らかの交信を試みている異分子のように映ったことだろう。

そんな私の様子をみた父は、母に向かって

「あいつはまたボーッとしている! キチガイじゃ!頭がおかしい! 精神病院で診てもらえ!」

と、口癖のように言うのだった。

我が子に向かってキチガイて…

しかしまあ、当時の私はそれを「厳しい躾」の一種だと思っていた。悪い子は鬼が攫いに来るぞ〜的な……
ボーッとするな、しっかりしなさいと。


高校生のある日、その認識は脆くも崩れ去ることになる。


学校行事の出し物のために、私は自らの裁縫スキルを総動員して、禍々しい「黒魔術師」の衣装を自作した。

最高だ、めっちゃよく出来た、さすが私。

嬉しさのあまり、父に「自分で作ったんだよ、凄いでしょ?」と自慢しに行った。

ただ「すごいね」という承認のハンコが欲しかっただけなのだ。

しかし、父の反応は「お、おう……」という、明らかな拒絶反応だった。

は?何故????この傑作を見て「お、おう……」て…バカな
答えはしばらく後に明らかになる。


その後、帰宅した母に父がリビングで何か相談しているのが聞こえてきた。
トイレに行こうと通りかかった私は廊下でコッソリ聞き耳をたてた。

「あいつはやっぱり頭がおかしい。変な宗教に入ったんじゃないか。気が狂っとる、やっぱ精神病院に入れないといかんぞ!」

え???本気で精神病院に入れようとしてる!?

私は慌ててリビングに突入し、仮装衣装が健全な高校生活の産物であることをプレゼンしなければならなかった。

その時ようやく理解した。父にとって「精神病院」は単なる脅し文句ではなく、理解不能な存在を放り込むための、実在する「最終処分場」だったのだ。


ところが、ここに一つ喜劇的な欠陥がある。


父は、自分で病院の場所を調べることができないのだ。


私を隔離したくてたまらないのに、肝心の「精神病院が世界のどこにあるのか」を知らないのだ。


携帯電話もネットも使えず検索もままならない父にとって、精神病院は「存在は確信しているが、辿り着けないエルドラド」のようなものだったのかもしれない。


そんな父の矛盾がピークに達したのは、ある春のことだ。

春の陽気にあてられるのか、父は気候が暖かくなり始めると毎年精神が不安定になる人だった。

例によって情緒不安定になった父を見かねた叔母が、「それは鬱だから、心療内科で診てもらいなさい」と真っ当な助言をした。

その瞬間、父は咆哮した。

「ワシがキチガイじゃとでもいうんか! 精神病院には行かんぞ!!」

驚くべきことに、父は心療内科と精神病院の区別がついていなかった。
完全に同じ物だと思っていたようだ。
そんなことある!?

激昂した父は「ワシはキチガイちゃうわー!」と怒鳴りながら椅子を振り回し、あろうことか叔母を椅子で殴りつけようとした。

やべぇってマジで

母と私で必死に割って入り、暴力を阻止しながら、私は思うのだった。

「いや、その振る舞いこそが、父さんが最も忌み嫌っている『キチガイ』そのものなのでは?」


父が私に浴びせ続けた「精神病院に入れるぞ」という言葉。

それを最も恐れていたのは父 自身だったのだろう。


大人になってもう長い年月、父とは離れて暮らしている。

相変わらず父は、心の中にだけ存在する「精神病院」の幻影に怯え、春の訪れとともに椅子を振り回しているのだろうか。(そんなわけあるかい)

桜の蕾が膨らむたびに、私はそんな父の、あまりにも不器用で滑稽な「自己防衛」を思い出すのだった……。

おしまい

___________
客観的に振り返れば、私は親にとって「奇行の目立つ、制御不能な心配の種」だったに違いない。

しかし、そんな「おかしな子供」は今、かつて父が忌み嫌ったはずの空想と指先の動きをそのまま仕事にし、イラストレーターとして生計を立てている。

もし、世の中の親御さんが「うちの子は少し変わっているかもしれない」と不安に駆られたとしても、どうか過度に案じないでほしい。

その理解不能な挙動は、将来の生活の糧を必死に耕している最中なのかもしれないから。

父は私を本気で「精神病院」に入れようとする一方で、私の事をとても愛してくれていたので「本当に入院させる」に至らなかったのだと今でも信じている。
私の事が大好きだから居なくなったら寂しいもんね?ね〜父さん。

いいなと思ったら応援しよう!