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診断リンクを置けば、使ってもらえると思っていた話

こんにちは、にじかぶです。

昔、固定記事の中に
診断リンクを入れていた時期があります。

記事の最後にも少しだけ案内を書く。
プロフィールにも固定記事を置く。
その中に「今の状態を診断できます」と書いておく。

これで、必要な人は使ってくれるはず。

そう思っていました。

でも実際には、
診断リンクを置いただけでは、
思ったほど使われませんでした。

当時はそこが、けっこう不思議でした。

リンクはある。
説明もしている。
一応、導線も作っている。

それなのに、読者はなかなか進まない。

今振り返ると、
診断そのものの問題というより、
診断リンクの前で読者の気持ちが
まだ動いていなかったのだと思います。


診断は、置けば使われるものだと思っていた

昔の私は、診断リンクを少し便利なものとして見ていました。

「今の状態がわかります」
「どの記事から読めばいいか整理できます」
「迷っている人はこちら」

こう書いておけば、
必要な人はクリックしてくれるはずだと考えていました。

でも、読者側から見ると、
少し違ったのかもしれません。

読者は、診断があるから使うわけではない。

たぶん先に、

「あ、自分はいま止まっているのかもしれない」
「何から直せばいいのか分かっていないのかもしれない」
「このまま記事を増やしても、同じ場所で止まりそうだ」

と思ったときに、
ようやく診断へ進む理由が生まれる。

この順番を、昔はかなり軽く見ていました。


リンクの前で、読者はまだ迷っている

記事を書いている側は、
診断リンクを置いた時点で
かなり親切にした気になります。

ここから見れば分かる。
ここで整理できる。
ここに進めば次が見える。

でも、読者はまだそこまで進んでいないことが多いです。

無料記事を読み終えた直後の読者は、
まだ「使うかどうか」を決めている途中です。

自分に関係ある話なのか。
今の自分はどこで止まっているのか。
この人の記事を続けて読む意味があるのか。

その判断が終わる前に、
ただ診断リンクだけを見せても、
手は止まりやすいです。

こういう止まり方、ありませんか。

リンクは見えている。
でも、なぜ今それを押すのかまでは
自分の中でまだつながっていない。

昔の私の記事は、
まさにここで読者を置いてきていた気がします。


「診断できます」だけでは、まだ弱かった

診断リンクの案内で、
昔よく書いていたのはこういう言葉でした。

「今の状態を診断できます」
「気になる方はこちら」
「固定記事にまとめています」

悪くはないと思います。

ただ、これだけだと少し弱い。

なぜなら、読者がまだ
「自分の状態を知りたい」と思う前だからです。

診断は、便利なボタンではなく、
読者が自分の止まり方を見るための場所です。

だから本当は、
診断リンクを出す前に、
読者の中に小さな違和感を作る必要がありました。

たとえば、

記事は書いているのに、
なぜか次に進まれない。

固定記事は作ったのに、
読まれている感じがしない。

有料記事も並べているのに、
どれを読めばいいか伝わっていない。

こういう状態に気づいてから、
ようやく診断が意味を持つ。

この前提を飛ばして、
いきなり「診断できます」と出しても、
読者からすると少し早かったのだと思います。


読者は、整理される前に動かない

昔は、読者が自分で判断してくれると思っていました。

無料記事を読む。
固定記事を見る。
診断リンクを押す。
必要な有料記事を選ぶ。

この流れを、
読者が自然に進んでくれると思っていたんです。

でも実際には、
読者はそこまで丁寧に読み解いてくれません。

これは冷たい意味ではなく、
当たり前の話でした。

読者には読者の生活があります。

仕事の合間にスマホで読む。
夜に少しだけnoteを開く。
移動中にタイトルだけ見る。
気になったところだけ流し読みする。

その状態で、
こちらが用意した導線を
全部理解してくれるとは限りません。

だからこそ、
診断リンクの前に必要だったのは、
「あなたは今、このあたりで止まっているかもしれません」
という整理だったのだと思います。

診断は、そのあとに置くものだった。

ここに気づくまで、
かなり遠回りしました。


導線は、リンクではなく順番だった

リンクを置く。
固定記事を作る。
診断を用意する。
有料記事を並べる。

ひとつひとつは、
たしかに必要です。

でも、それだけでは導線にはならない。

読者が次に進む理由が、
本文の中で少しずつ作られているか。

読者が自分の状態を見たあとに、
次の場所へ進めるようになっているか。

この順番がないと、
リンクはただのリンクのままで止まります。

昔の私は、
「診断リンクを置くこと」と、
「診断を使いたくなる流れを作ること」を
ほとんど同じものだと思っていました。

でも、違いました。

診断リンクは、
最後に置くボタンではなく、
読者の迷いを受け止める場所でした。

そこに進む前の文章で、
読者が自分の止まり方に少し気づいている必要がある。

この差は、地味ですがかなり大きいです。


いま見ると、問題は診断ではなかった

診断リンクが使われないと、
つい診断そのものを直したくなります。

質問数が多いのか。
説明が分かりにくいのか。
タイトルが弱いのか。
リンクの位置が悪いのか。

もちろん、それも大事です。

でも昔の私の場合、
もっと手前に問題がありました。

読者が、診断を使う理由まで進んでいなかった。

無料記事を読んだあとに、
「自分はいま何で止まっているのか知りたい」
という状態になっていなかった。

だから、リンクを見ても動かなかった。

これは、診断リンクだけの話ではないと思います。

固定記事も同じ。
有料記事も同じ。
マガジンも同じ。

置いてあるだけでは、読者は進まない。

読者がそこに進む理由を、
その前の文章で作れているか。

ここを見ないまま、
リンク先だけ整えても、
あまり変わらなかったのだと思います。


もし今、診断リンクを置いているなら

もし今、固定記事や無料記事の中に
診断リンクを置いているなら、
一度だけ見てほしいところがあります。

リンクの文言そのものよりも、
その直前の文章です。

読者はその時点で、
自分の状態を少し理解できているか。

「診断してみよう」ではなく、
「自分はどこで止まっているのか見てみたい」
と思える流れになっているか。

ここが抜けると、
診断はかなり便利なものでも、
読者にとっては少し遠い場所になります。

昔の私は、
診断を作るところまでは考えていました。

でも、診断の前で読者がどういう気持ちになっているかまでは、
ほとんど見ていませんでした。

今思うと、
そこが一番大事だったのかもしれません。


最後に

診断リンクを置けば、
必要な人は使ってくれる。

昔はそう思っていました。

でも実際には、
読者は診断があるから使うのではなく、
自分の状態を知りたいと思ったときに使います。

その気持ちが生まれる前に
リンクだけを置いても、
読者はなかなか動きません。

リンクを貼ること。
固定記事を作ること。
診断を用意すること。

それぞれは大事です。

でも、読者がそこへ進む理由を
本文の中で作れているか。

ここを見ないと、
導線は途中で止まりやすいです。

昔の私のように、
リンクや固定記事や診断は用意しているのに、
なかなか次へ進まれない人には、
たぶん一度見てほしいです。

プロフィールの固定記事では、
今の自分の状態から、どこから手を付けるべきかを
順番に見られるように整理しています。


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