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田中秀和はどこで道を間違えたのか。交差した2019年3月8日と、7年目の清算

アニソン界における稀代の天才作曲家、田中秀和。数々の名曲を世に送り出しながらも、2022年の事件を機に表舞台から完全に姿を消した彼は、一体どこで人生の軌道を踏み誤ってしまったのか。

​彼がかつて深く関わり、共に青春の血を注いだ『Wake Up, Girls!(以下、WUG)』。同じコンテキストを共有し、あの熱狂の只中にいた一人のワグナーとして、事実関係と当時の熱量を交えながら、彼が陥ったであろう「虚無」について紐解いてみたい。

​宗教としてのWUGと、ガチオタクだった作曲家

​田中秀和と私との絶対的な共通点、それはWUGというコンテンツに対する「信仰」だ。

​WUGは後にも先にも類を見ない、極めて特異なコンテンツだった。東日本大震災の「東北復興支援」という明確な大義と社会的意義を背負って企画され、実際に声優陣は何度も被災地に足を運び、第9回声優アワードで特別賞も受賞している。ただの「推し活」ではない。そこには、復興という現実の重みを伴った「祈り」と「神」が確かに宿っていた。

​そして、田中秀和もまた、単なる職業作家ではなく、その教義を深く信奉するガチオタクの一人だった。とりわけ山下七海のソロ曲『オオカミとピアノ』などで見せた偏執的なまでのサウンドメイクは、裏方の仕事人という枠を逸脱した「愛」の証明として、ファンの間で今も語り草になっている。

​「ブランド化」の萌芽と最後の新曲

​彼のキャリアにおいて、ひとつの転機となったのが2018年だ。

​YouTuberによる楽曲解説などを発端に、彼が多用する「分数aug(ブラックアダーコード)」がネット上で『イキスギコード』『田中オーグメント』としてバズり、ミーム化した。この神格化によって、彼は「知る人ぞ知る人気コンテンツの裏方」から「田中秀和という独立したブランド」へと変容していく。奇しくもそれは、WUGが解散に向けたファイナルツアーを発表した時期と重なる。

​そして2019年1月。WUG最後の新録曲として『土曜日のフライト』が発表された。作編曲は田中秀和。彼女たちの旅立ちと「次へ進むステージ」への覚悟を描いたこの曲は、長年連れ添った神に対する、彼なりの遺言であったのかもしれない。

​2019年3月8日、それぞれの「人生第二章」

​運命の日である2019年3月8日。

さいたまスーパーアリーナで開催されたFINAL LIVEで、我々ワグナーはWUGという家を失い、唐突に「人生第二章」という名の荒野へ放り出された。

​しかし、その日、田中秀和はSSAにはいなかった。記録によれば、彼は同日の夜、秋葉原で開催された『アイカツ!』のアニON DJ Liveイベントに出演し、大トリとしてDJプレイを披露している。

同じ日の夜、物理的に隔絶された場所で、彼もまた一つの巨大な「信仰」の終わりを迎えていたのだ。

​物語の喪失と「田中秀和ブランド」という自己模倣

​SSA以降、そして2021年のクリエイター集団「MONACA」からの独立を経て、彼はVTuberや声優、他コンテンツのアイドルなど、多岐にわたるアーティストへ次々と楽曲を提供するようになった。長年付き合った恋人を忘れるかのように、新しい現場へと身を投じていったのだ。

​しかし、その時期の彼の楽曲群を聴き込むと、ある種の空虚さが透けて見えてくる。

かつてのWUGの楽曲群が「少女たちの泥臭い物語」や「東北復興」という巨大なコンテキストに従属し、その魂を表現するための音楽であったのに対し、ポストWUG期の彼に対するオファーは、おそらく「田中秀和っぽい曲を書いてくれ」というものだったのだろう。

​結果として生み出されたのは、コンテンツの「物語」を彩るための一曲ではなく、「田中秀和ブランド」を誇示するためのショーケースのような楽曲たちだった。

高度な転調、複雑なテンションコード、そして代名詞となったイキスギコード。技術的には洗練を極めていく一方で、リスナーもクライアントも「物語」ではなく「田中秀和の記号」を消費するようになった。結果、どの曲も同じ顔をした「田中秀和の曲」になってしまい、彼は彼自身のブランドと自己模倣の檻に囚われているように私には聴こえた。

​ニヒリズムの果ての崩壊

​金も地位も手に入れ、自らの名前がブランド化した彼のサウンドの裏側に、私は深いニヒリズム(虚無感)を感じていた。

東北復興という絶対的な「社会的意義」と「神」を同時に喪失し、ただ自身の記号だけが独り歩きして消費されていく状況で、精神の均衡を保てる人間がどれだけいるだろうか。宗教を持たない人間は、根本的に弱く無力だ。心の隙間を埋めきれなかった寂しさこそが、彼を間違った道へと誘った元凶ではないかと私は推測している。

​彼の過ちも、WUGから「アイドルは物語である」という教義を植え付けられ、未だに地下アイドルの現場に地縛霊のように残っている私の過ちも、振り返ればすべて「2019/3/8」がスタート地点だった。

​崩壊した神殿と、荒野のディアスポラ

​紀元前6世紀、新バビロニア帝国によってエルサレム神殿という絶対的な信仰の拠り所を破壊され、異郷の地へと連行された古代ユダヤ人たち(バビロン捕囚)は、神を失った絶望の荒野をさまよった。

だが彼らは、物理的な「神殿」を失ったことで完全に信仰を捨てるのではなく、むしろ教義を血肉化し、いつか必ず現れる救世主(メシア)を待ち望みながら、ディアスポラ(離散した民)として生き延びる道を選んだ。

​私たちも今、まったく同じ状況にあるのだ。

2019年3月8日、我々はSSAという神殿を喪失した。以来、私は「アイドルは物語である」というWUGの教義だけを胸に抱いたまま、あてどなく地下アイドルという異郷を彷徨うディアスポラとなった。そして田中秀和もまた、拠り所を持たないまま無数のアーティストに記号的な楽曲を提供し続ける、孤独な放浪者だったのではないか。

​しかし、歴史が証明しているように、神殿を失った民の祈りは決して消滅しない。私はいつか必ず、WUGのように魂を燃やせる大義を持った「救世主」たるコンテンツが再来すると信じている。

​そして、その新しい神の産声となる音を鳴らすのは、他の誰でもない、お前であってほしいのだ。

田中秀和、頼むから俺たちの神殿に戻ってきてくれ。



願わくば、ライブレボルトの曲を、書いてくれ────。

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