その声を、胸に。
一昨日、母の埋骨が済みました。
朝から神職さんに家に来てもらい、五十日の祭事をしていただきました。
仏式でいうところの、いわゆる四十九日にあたるお祭りです。
このお祭りは、亡くなった方に、家の祖先の神様と一緒に守護神様となって、これから見守ってくださいね、というお祭りなのだそうです。
これからは、神様なんだなぁと思うと、なんだかちょっとだけ寂しくもあり、頼もしくもあり。
だけど、困ったときにはいつも助けてくれる。そんな気がしています。
埋骨のために家を出発し、お墓へ向かうとき、台風で雨が降っていたにもかかわらず、出発するときから、お墓に納めるまで、一切雨が降りませんでした。
本当に、晴れ女だった母らしいなぁと思います。
母のお骨を納めて、久しぶりに揃った「家族」でご飯を食べました。
母の思い出を話しながら、こうだったね、ああだったね、と楽しく話します。
今回は家族だけで集まっていたので、それが終わったらお開き、だったのですが、なんとなく、母のお骨があった場所に腰を掛けました。
母のお骨は、もうこの場にはなくなってしまったけれど。
霊璽も、神棚に上げてしまったけれど。
ここに来れば、まだ母の写真があって、そこに母がいるような気がして。
私は、今回の母のことで、たくさんのことを経験しました。
介護にしても、看取りにしても、葬式の取り仕切りにしても、五十日や、その後の手続きにしても、何もかも初めてのことばかりでした。
もっともっと大変だと思っていたのに。
一人で介護していたときはつらかったけれど、今振り返れば、一人で全部やれたからこそ、後悔もしていないし、思い残しもありません。
もし誰かが手伝ってくれていたら、もしかしたら看取りもできなかったのかもしれない。
いや、むしろできなかったと思う。きっと、後悔していたと思います。
だから今、ようやっとこう言えます。
つらかったけれど、一人で全部、やってあげられて良かった。
母には大変な思いをさせてしまったと、後になって気が付くこともたくさんあります。
自己満足な息子でごめんなさい、と思うこともあります。
だけど本当に、思い残すことなく、やりきることができたから。
ふと一人になって母の写真を見たら、また涙が出てくるけれど。でも、それで良いのだと思います。
まだまだ、果たさなければいけない約束はたくさんあるから。
ただ、前を向いて。
いつか、自分のことを大事にしてくれる人と出会えたら、この物語を、笑顔で話せるようになれたらいいなと思います。
本当は、まだいろいろ書くことはあるのかもしれません。
けれど、一旦、母との記録はここで終わろうと思います。
また、何かの区切りや、何かを思ったときには、書きに来ようと思います。
それまでは、どなたもお元気で。
どうか、ご家族を大切に。
読んでいただいて、ありがとうございました。
