見出し画像

【ryuchellさんの死、「理解増進法」可決の中で】LGBT当事者による貴重な歌集『メタリック』

編集部 矢板 進

 この原稿を書いている間に、芸能人のりゅうちぇるさんが亡くなった。最近、ネットによる誹謗中傷が盛んに行われている。「そうなんや」ぐらいで日常の中にまぎれそうになり、危うく気づく。もっと怒らなければ、と。
 その訃報のまえに、「LGBT理解増進法」が衆参本会議で可決された。この法案の可決が、この原稿を書くきっかけだ。
 「LGBT理解増進法」は、立憲・共産・社民による超党派合意案に与党修正案、維新・国民独自案を盛り込んだ形での法案に修正され、可決した。問題のひとつとしては「差別は許されない」という超党派合意案から「不当な差別はあってはならない」という文言に修正された。そもそも差別というものは不当なものであって、不当でない差別など存在しない。
 また、LGBT当事者・支援者にとって最も懸念しているものは、「すべての国民が安心して生活できるよう留意する」という留意条項だ。この条項はトイレ・浴場などの問題として、フェミニストとLGBTの当事者間においても、分裂を呼ぶ案件になっているとも聞く。
 実質的に起こりうる諸問題を挙げて、理解増進のための施策が破綻してしまうということは、本末転倒と言える。順番が逆である。そうした具体的懸念への対応は可能なはずだ。結果的にこの法案は、マイノリティーの権利保障に向けたはずのものが、マジョリティーの権利を尊重するような形になってしまった。

社会や人間関係に織り交ざる感情

 そんな中、性的マイノリティの生の声に触れるきっかけがあったので、紹介したい。小野田彈という歌人の『メタリック』という歌集だ。小野田は、ゲイであることをカムアウトしている歌人だ。

歌集『メタリック』

・家々を追われ抱きあふ赤鬼と青鬼だつたわれらふたりは

ここでは、社会や家族制度から疎外された存在として、自らを「赤鬼と青鬼」と呼んでいる。ここで言う「鬼」とは疎外された存在であり、また社会に害を及ぼす暴力性をもったものとしてある。自らを「鬼」と呼ぶことによって、自分たちがそのような存在として見られていることの認識と、そのような存在としての覚悟のようなものが見えるような気がする。

・赤鬼になりたい それもこの国の硝子を全部壊せるような

逆にここではそのような存在として、覚悟を持ってはみたが、そのような存在になりきれない、人間的な要素を見せる。LGBTとは(と一括りにすることももちろん疑いを持たなくてはならないが)、男/女という根底的に見える分断から免れた存在と言えるだろうか。

・ママレモン香る朝焼け性別は柑橘類としておくいまは
・抱き合ふときあなたから匂ひ立つ雌雄それぞれわたしのものだ

この歌集が出版されたのは約5年前になるが、LGBTへの関心が高まりつつある中、このような歌もある。

・ほんたうの差別について語らへば徐々に湿ってゆく白いシャツ
・憂国の男子はひとり窓辺にて虹の戦旗に震へているよ

また、カムアウトした後の家族との関係を歌った作品も大変リアルで、揺れる自身のこころを捉えていて素晴らしい。

・なにもかも打ち明けられてしんしんと母の瞳は雨を数える
・水無月の雲となりたる父だからカミングアウトできる気がする
・受け容れることと理解のそのあはひ青く烈しく川は流れる

社会にとって「鬼」と自認しておきながら、そうはなれないひとりの存在としての揺らぎが全体を通して読み取ることができる。社会の動きに対して、人との関係に関して、いろいろな感情が織り交ざる。ひとりの存在の揺らぎを、多くのひとに触れてほしいと願う。

(人民新聞 2023年8月5日号掲載)

いいなと思ったら応援しよう!

人民新聞(People’s News) 【お願い】人民新聞は広告に頼らず新聞を運営しています。ですから、みなさまからのサポートが欠かせません。よりよい紙面づくりのために、100円からご協力お願いします。