翻訳【世界の革命思想家】マルコムXとガッサン・カナファーニは同じメッセージを説いた
Struggle-la lucha,org 2025年2月17日
翻訳:脇浜義明
遠く離れていながら、マルコムXとガッサン・カナファーニは同じメッセージを説いた。両者は、黒人と褐色人コミュニティに対する資本主義の複雑な働きを理解していた。シオニズム、「明白な天命」(訳注:先住民絶滅は神から与えられた使命とする19世紀米国白人思想)、米国例外主義の名のもとで、狂信的白人至上主義が絶滅戦争を行うメカニズムを理解していた。「皮膚の色の濃い人類全部」の奴隷化または消滅が帝国主義者の目的で、犠牲者は同じ運命 ー 家、土地、仕事、生活、歴史、文化の喪失を経験した。
カナファーニは1936~1939年の「アラブの大反乱」(英植民地政府とシオニストの土地窃盗に対する抗議)を分析して、ユダヤ人入植者が奪ったあるいは買った土地はパレスチナから切り離されて他国領になった感じがして、アラブは大きな喪失感に見舞われたと書いた。英委任統治政府は先住パレスチナ人の土地にシオニストが入植するのを助ける法律を作り、シオニスト民兵やギャングの拡大を助け、ユダヤ人オンリー労働プロジェクト作成を促進して住民分断を進め、白人至上主義者のポケットに金が入るように仕組んだと書いた。
同じように、マルコムXも米政府の黒人米国人に対する策略を説明した。南北戦争、奴隷解放、公民権運動の後でも、黒人米国人は殺害され、大量投獄され、就職と教育を否定され、白人至上主義者から居住地を追われている。彼は、米国では黒人は常に乞食 ー 内的植民地主義のために、政治的・経済的・社会的・教育的に乞食扱いであると書いた。黒人は、パレスチナのアラブ人と同じように、土地から追い出された。黒人は国立公園や「サンダウン・タウン(白人だけの自治体)に入れなかった。1921年にはオクラホマ州の黒人が多い町タルサが地図から削除され、48時間住民が虐殺されたことがある。今はタルサは、油田発見されたこともあって、白人至上主義者が支配する差別自治体となっている。
カナファーニは、人民の文化的変化が1936年反乱を生み出したと指摘した。「貧困、抑圧、何世紀にもわたる階級的・民族的抑圧で、敗北主義、宿命論、政治的無関心が人々を捕らえ、それが伝統的ことわざや談話の中に現れていた。その敗北主義談話が変化し、正義の談話に取って代わり、実際に直面している現実を何とかしようと立ち上がったのだ。変化は飛躍的で、たちまち武装抵抗に発展した。マルコムXは、1965年、「黒人は右の頬を打たれたら左の頬を差し出すことをやめ、非暴力をやめ、白人社会が押し付けた制約に耐えることをやめた」ことを、人々は理解し始めたと書いた。
パレスチナでは、カナファーニは「3種の敵 ー シオニスト入植者、英国統治、アラブ反動諸国 ー対する自然発生的怒りが、危機に深まりとともに大きくなった」と書いたが、パレスチナ人への危機は現在の黒人米国人への危機と同じである。マルコムXは次のように書いた。
「米政府はこの国の黒人の問題を解決するのに必要な行動を取る能力がない。そのくせ世界各地の問題に首を突っ込むのだ。」
米国も大英帝国も白人至上主義の蔓延を止める意志がなかった。両政府はそれに依存しているからである。カナファーニとマルコムXは政府に改善を求める運動ではなく、政府などの白人至上主義感情を粉砕する革命を説いた。不在地主から土地の管理権を奪い返し、その土地で人間らしく生存し自由に働く力の構築を説いた。二人は、完全解放か死かという戦いがどうしても必要だと感じていた。
元の記事↓
Malcolm X and Ghassan Kanafani: Revolutionary thinkers across worlds
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