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私とベルク

(2022年1月|公開)
(2026年3月|加筆修正)


新宿ベルクについて


東京・新宿に、「BERG(ベルク)」というお店があります。ご存じの方も多いと思います。たくさんのファンがついているお店です。わたしも、そのひとりです。

以下は、自由港書店・店主(旦悠輔)にとっての、ベルクについての物語です。きっと、わたしと同じように、ベルクについての物語を胸に秘めて生きておられる方がたくさんおられるはずです。ベルクというのは、そういうお店なのです。物語が生まれる場所。物語が大切にされる場所なのです。お読みいただけたら嬉しく思います。

どんなお店なのか


JR新宿駅の東口は、地下一階にある。改札口を出て左方向へ進むと、地上へ上がる、もしくは、さらに深い地下へと降りていく、そのどちらかを選ばなければならない分岐点があらわれる。どちらを選ぶも自由。そんな究極の選択を迫られる分岐点の手前にある路地に、「ベルクというお店」がある。そう、「ベルクというお店」だ。なんのお店かって?それはもう、「ベルクというお店」なのだ。ほかになんとも表現しようがない。もちろん、おいしい珈琲、時にはビールやワイン、日本酒も、そして、おいしいホットドック(ベルクドック)、時にはカレーやピクルスも、それからロールケーキだって!いやはやここには到底書ききれない、ありとあらゆる「おいしいもの」が、たくさんたくさん売られている店なのだ。だから楽しい。そう、「選ぶのが楽しい」お店なのだ。選んで選んで、じぶんなりの楽しみ方のスタイルを作っていくのが楽しいお店なのだ。

ベルクは、そういう、「じぶんで選ぶことのできる」かっこいいおとなたちのためのお店なので、ひとり客が多いのでした。ひとりでいられるおとなたちが集まるお店。だから、なれなれしく、おとなりさんに話しかけたりしちゃあいけないのでした。お店に集まるおとなのお客さんたちが自然に作り出す、「おとなりさんは、おとなりさん。わたしはわたし。」という空気。ああ、おとなっていいな。自由っていいな。

私にとってのベルク


わたし(自由港書店店主・旦悠輔)は、17歳、高校2年生の頃からベルクに通っていた。38歳で東京を離れるまで、20年以上、ということになる(もちろん、東京を離れて、神戸で自由港書店を営み始めてからも、関東に帰省する際は必ず立ち寄っている)。

17歳だった頃。高校に馴染めなかったわたしは、まだとうぶん日も暮れないような時間帯から自主的に「放課後」ということにして、電車で新宿へと向かう日々だった。夜のアルバイトに向かうのだ。男子高校生である。おなかもすくのである。腹が減っては戦はできぬ。労働なんて、もっとできぬ。労働前の腹ごしらえとして、ベルクでドッグを食べるのだ。ベルクというお店は、わたしのような者にも優しかった。「ベルクドックはプレーンで、コーヒーはブラックでお願いします」。そう頼めば、カウンターの向こうにいるお兄さんお姉さんたちが、さささっと手際よくトレーのうえに一式並べて渡してくださるのだ。無駄のない動き。職人だ。かっこいい。そして、余計なことは聞かれない。そう、わたしはわたしであれたのだ。

カウンターでコーヒーをすすりながら、ベルクドックをちびちびと噛みしめながらいただく。噛めば噛むほど旨味があふれてくるベルクドック。そんな自分の目の前には、いつだって、壁新聞「ベルク通信」が貼ってあった。そう、ベルクの店の壁には「ベルク通信」というフリーペーパーが貼ってあるのだ。そして、出入口付近にあるビニールのラックには「ベルク通信」が何枚か重ねていれられており、持ち帰ることもできるようになっているのだ。そんな「ベルク通信」には、お店で働くみなさんが、思い思いに思いを書き連ねていらっしゃるのだった。読んでいるうちにからだが熱くなってくるのだった。珈琲でからだがあたたまったのか。ベルク通信を読んでからだがあたたまったのか。両方か。ベルク通信からはロックンロールが感じられた。ロックンロール。転がっていけ。そうすれば、生きていける。そう、生き延びていくために必要なことは全部ベルクで学んだんだ。僕だけじゃない。きっと、ものすごくおおくのひとが、同じように感じていたはずだ。

大学生になっても、会社員になっても、時間ができれば新宿に行き、最初に立ち寄るのはベルクなのだった。そう。大学生になっても、それどころか、会社員になってみたって、結局、ゆくあてもない人生のままだったのだ。高校生の頃と、さほど変わらない。ゆくあてもなく、新宿というまちをさまようにあたって、まずは、ベルクで、ゆくあてを決めるのだ。ゆくあて?そう。北に行くか南にいくか、東に行くか西に行くか。あたりをつけるといったって、それくらいしか、つけられるあてなんてないのだ。でも、それでじゅうぶんだったのだ。それで、その日いちにちは、「なんとかなった」のだ。

自由港書店とベルク


自由港書店の引き出しには、2枚のポストカードがお守りのようにしまってある。そう、どちらも、ベルクで買った、ベルクのオリジナルポストカードだ。うさぎさんと、くまさんのポストカードだ。くまさんのポストカードには、ハートマークとBERG!という文字が書いてある。LOVE BERG、だ。そう。わたしは、ラブ・ベルクなのだ。

ゆくあてもなく、ただただ目の前の道を走り続けてきたわたしは(学校でも、会社でも、がむしゃらに頑張り続けてきたわたしは)、いつしか、強く「自由」を求めるようになっていた。自分で決めた、自分の人生を歩んでいきたい。そう思うようになってしまったのだ。ただそれだけのことで、じゃあ、何をするんだ?と問われれば、「何も決まっていないんです」と答えることしかできない、「筋金入りのやじろべえ」になっていた私である(「やじろべえ」については、ぜひ『底にタッチするまでが私の時間』をお読みいただきたい)。そんな私が、自由を求めて、なにもかもを置いて、旅に出てしまったのである。それも、もう、30代も終わりのことです。

2018年夏に会社を退職し、東京を離れ、車に乗り、荷物も持たずに、関西方面に向かって出発するーーーその直前に、最後のお別れのつもりで、ベルクに寄った。そこで、「お守りにしよう」、と思って、ポストカードを買ったのだった。それから、あまりにもさまざまな出来事を経て、わたしは、じぶんで、書店を開こう、と思い立ったのでありました。そこにはさまざまないきさつがあったのですが、「自分が自分でいられる、そう、自由の港のような場所をつくりたい」と思うようになった自分の心の奥には、いつでも、「ベルクというお店」の存在がありました。「紙に刷られた文章」が持つ力の大きさを学んだのも、ベルクでした。ベルクで壁新聞を読んだ若い心は、強い刺激を受けたのです。触発されて、一度外に出て、近くの紀伊國屋書店新宿本店を上から下まで全フロア一巡し、買った本をもってベルクに戻り、ふたたびコーヒーをいただきながら本を読む。そうして、いちにちが更けていったのでありました。わたしにとって、ベルクは、本と読書への入口であって、なによりも、「世の中にはこんな自由な場所があるんだあ」ということについて強烈な学びを得た場所が、「ベルクというお店」だったのです。

底にタッチするまでが私の時間


そんな、ベルクの、ベルク通信、その1号から150号までの中からよりぬかれた文章がまとめられた本が、2021年11月10日に刊行された『底にタッチするまでが私の時間』です。文筆家である木村衣有子さんが編集され、ご自身の出版レーベル・木村半次郎商店から出版された本です。「ラブ・ベルク」であるところのわたしとしては、ぜひとも扱わせていただきたい!と思いながらも、2021年5月1日の店舗オープンから8か月が経った12月の年の瀬に過労で倒れてしまい、とうとう年が明けてしまいました。年が明け、ようやく、木村衣有子さんにお願いを差し上げることができ、ようやく弊店の棚にも、『底にタッチするまでが私の時間』を並べさせていただくことができました。感無量であります。木村衣有子さんに深く感謝申し上げます。

『底にタッチするまでが私の時間』には、ベルク通信のバックナンバーから「よりぬかれた」文章たちが、時系列ではない形で、グルーヴィーに配置されている。そして、本のなかほどには、近年ーー2018年頃から2021年頃のベルクの姿を木村衣有子さんが写し撮った「グラビア」が挟み込まれている。当時の社会情勢の変化をふまえて、ベルクさんもさまざまな対応を取られており、以前とは完全に同じ形ではないわけだけれど(そして、その姿を、その当時、神戸にいて、実際に目にすることができなかったわけだけれど)、それでもやっぱり、グラビアを見ていると、ベルクはベルクのままなんだ、って感じられる。そんなグラビアだ。状況が変化したって、それを上回るスピードで変化していけばいい。そうして、変化を楽しみながら、生き延びていく。転がるように生きていく。そうだ、ロックンロールなんだった。ベルクはベルクのままで。泣けてくる。

ベルク通信から「よりぬかれた」文章に、時折、そっと、木村衣有子さんの手による「memo」(ベルク通信に書かれた文章についての注釈だったり、木村衣有子さんの感じたことだったり)が添えられていて、それがとっても面白いし、読んでいて、嬉しい気持ちになる。だって、はじめて、会話できたんですよ。「ベルク通信」について。「ベルク」について。そう、ベルクは、「ひとりでいられる」かっこいいおとなたちのためのお店だから。なれなれしく、おとなりさんに話しかけたりしちゃあいけないお店だったから。じぶんがどれだけベルクのことを素敵なお店だって思っていても、そして、ベルク通信を読んでどれだけ感動したとしても、そうした思いを、おとなりさんに投げかけることはできなかったから。木村衣有子さんの手による「memo」を読みながら、わたしは、「あ!そっかあ、これって、そういうことだったんですね!」とか、「ふふふ、やっぱり、みんなそう思いますよねえ。」なんていうふうに思う。そうして、はじめて、ベルクについて、会話をすることができたのだ。『底にタッチするまでが私の時間』という本を通じて。

「ベルクに行けばなんとかなる」。これは、木村衣有子さんの言葉だ。この言葉にまつわるエピソードがまとめられたエッセイが、本の最後にそっと置かれている。

わたしはいま、東京から遠く離れ、神戸の須磨海浜公園のちかくで、「自由港書店」という名前の書店を営んでいる。店があるから、かんたんには神戸を離れることはできない。おまけに、このようなご時世だ。そもそも、東京に気軽に出張できるような雰囲気ではなくなってしまった。ベルクは、遠くなってしまった。でも、確実に、自分の心の奥底に存在しているんだ。ずっと。そして、神戸からは遠いけれどーーーベルクは、いまも、新宿駅東口に、確かに存在しているのだ。それだけで、わたしは、なんとかなっている。どこにいても、ベルクから遠く離れた場所に住んでいても、『底にタッチするまでが私の時間』が手元にあれば、大丈夫。そう思える。

『底』は「そこ」とも読める。『そこにタッチするまでが私の時間』。どこにタッチするまでが私の時間?いいや、どこでもいいのだった。そう、私が決めた、「そこ」にタッチするまで、私の時間。

この本は、「私の時間」についての本だと思う。私の時間。私が私のままで、いられる時間。「誰にも構わず、構われず」。もう、世間体と本心との間で揺れ動く「やじろべえ」のように生きなくてもよかったんだ。本心のほうに完全に振り切って、私のままで、いられる時間。ベルクと、ベルク通信と、木村衣有子さんの『そこにタッチするまでが私の時間』があるから、なんとかなる。

自由港書店オンラインショップでも、『底にタッチするまでが私の時間』(編・木村衣有子/木村半次郎商店・刊)を購入いただけます。

小さな暮らしと自由


2022年1月に、このnote記事を公開したことをきっかけとして、新宿ベルクの皆様と、SNSを通じて、つながらせていただくことができました(木村衣有子さんのおかげです、ありがとうございます)。そうして交流を深めさせていただく中で、株式会社自由港書店が営むウェブサイト「自由港」にて、新宿ベルクで働きながら同店のイラストレーターとしても活躍されている大山紗都子さんの4コマ漫画を連載させていただける運びとなりました。2025年8月から2026年1月にかけて、全6回。大山紗都子さん、渾身の4コマ漫画を描いてくださいました。「自由ってなんだろう?」、問いかけてくる、味わい深い4コマ漫画が6作品。ぜひみなさま、お読みになってみてくださいね。


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