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還暦から始まる、光の散歩道|第3話 レンズは、光の翻訳者

写真を撮り始めると、どうしてもレンズが
気になってくる。
解像度。コントラスト。ボケ。周辺描写。逆光耐性。
スペックを調べれば、いくらでも数字や評価
が出てくる。
そして気がつけば、「どのレンズが一番良いのだろう」と考えている。
自分も例外ではなかった。
一本増え、また一本増え、いつの間にか同じ焦点距離のレンズが何本も手元にある。
傍から見れば、なぜ同じ50mmがそんなに必要なのかと思われるかもしれない。
けれど使ってみると、それぞれ違う。
単に解像度が高い、低いということだけではない。
同じ場所で同じ光を撮っているはずなのに、写真から受ける印象が違う。

輪郭をはっきり見せるレンズ。光を柔らかく
包むレンズ。
暗部まで丁寧に拾うレンズ。ハイライトを
少し滲ませるレンズ。
その違いに気づいた頃から、レンズを「性能」で見るだけでは物足りなくなった。

Leica M11 Monochrom /Summilux 50mm f1.4 1st

レンズとは、光を写すための光学機器である。
それは間違いない。
けれど、自分にとってはもう一つの役割が
あるように思う。
レンズは、目の前の光を写真という言葉へ翻訳
してくれる。そんな存在だ。

たとえば、夕方の柔らかな光。肉眼では「きれいだ」と感じた。
けれど写真にすると、レンズによってその「きれい」の意味が少し変わる。
現代の高性能なレンズなら、空気の透明感まで正確に描いてくれることがある。

Leica M11 Monochrom /Elmarit 28mm f2.8 4th

古いレンズなら、光の輪郭がほんの少し緩み、記憶のような姿になることもある。
どちらが正しいという話ではない。
自分がその時に感じたものに、どちらの表現が
近いのか。それだけなのだと思う。

一時期オーディオに凝っていたことがあったが、その時スタジオモニタースピーカーというものを知った。
録音された音を、余計な味付けをせず忠実に再生するためのスピーカーだ。
現代の高性能なレンズを使っていると、時々それを思い出す。
光を正確に受け取り、細部まで送り届けてくれる
レンズ。
一方で、古い真空管アンプやビンテージスピーカーのように癖を持つレンズもある。
その癖が、時には写真に独特の温度を与えてくれる。

Leica M11 /Noctilux 50mm F1.2 ASPH

そう考えると、「最高のレンズ」を一つ決めること
自体に、あまり意味はないのかもしれない。
求めているのは、最高の性能ではなく、
その時に自分が見た光に合った言葉なのだから。
明確に語りたい日もあれば、少し曖昧に語りたい
日もある。
力強く残したい光もあれば、記憶の中へ溶けていくように残したい光もある。
だから同じ35mmや50mmでも、何本も使いたくなるのだろう。
それは焦点距離を集めているというより、光の語彙を増やしているのかもしれない。

Leica M11 /Elmar 50mm f2.8

レンズ沼という言葉がある。自分も片足を突っ込んだつもりでいた。
けれど最近は少し違う気がしている。
本当に落ちたのは、レンズの沼ではなく、レンズを通して見える、いくつもの光の沼なのだ。
だから今日も一本のレンズを選び、カメラにつける。
今日は、このレンズならどんな言葉で光を
語るのだろう。
そう思いながら。

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