私はカブトムシ界の極悪人
我が家は田舎なので、よく虫が落ちている。
今朝も玄関を出ると、何やら黒いものが落ちていた。
カナブンにしては大きいなと思いながら近寄ると、ひっくり返った虫がウゴウゴしている。
つま先でそっとひっくり返すと、それはカブトムシのメスだった。
そこへ、近所の子供が犬の散歩で通りかかった。
「おはよう! カブトムシのメス、いる?」
「メスかぁ……」と言いながら、彼は興味津々で近づいてきた。
「いらないなら、もらっとく」
「どうぞ。おばちゃんは飼わないからね。あとから返品しないでよ」
「うん、飽きたらその辺の木に放すよ」
ブローチのように胸元にカブトムシを引っ付けたまま、彼は再び犬の散歩へと駆けていった。
その後、都会から引っ越してきた友人とスーパーでバッタリ会った。
「この辺りでカブトムシやクワガタが採れる場所、知らない? 泊まりに来た甥っ子に虫取りをさせてあげたくてさ」
「うーん、採れるとは思うけど……。一番確実なのは、明け方のコインランドリーかな。裏に鎮守の森があるから虫取り体験はできると思うよ。ただ、地元の子も狙ってるから早い者勝ちだけど」
そこは山手にある24時間営業のコインランドリー。
横の木にエサを吊るしとくと夜な夜な虫が集まってくるのだ。
「そういえば、カブトムシのメスなら今朝うちの玄関にもいたよ」
「マジで?」
「田舎じゃ珍しくないからね」
「で、そのカブトムシはどうしたの?」
「通りすがりの近所の子にあげた」
「もったいない! そのまま助けて逃がしてあげたら、『カブトムシの恩返し』が来たかもしれないのに」
「それは惜しい事をしたわ」
情報料だと彼女がコーヒーを奢ってくれ、しばらくバカ話をして別れた。
さて、もし「カブトムシの恩返し」があるとしたら、一体どんな内容だろうか。
よくよく振り返ってみると、本日の私はカブトムシにとって恩人どころか、極悪人ではないか。
ひっくり返っていたところを助けたものの、直ぐに何をやらかすか分からない小学生男子に引き渡した。
そのうえ、同胞たちの効率的な捕獲スポットまで人間(友人)にペラペラと漏らしている。
これをファンタジーの世界に置き換えるとこんな感じになる。
路上で倒れている人を救護したものの、好みじゃないからと通りすがりの残虐な奴隷商人に売り渡し、さらには街から来た別の商人に、美男美女が隠れ住む里の襲撃ルートまで教えてしまった。
それも、わずかコーヒー1杯ほどの気楽さで……。
「カブトムシの恩返し」も怖いけれど、「カブトムシの復讐」なんてもっとご遠慮したい。
そもそも、カブトムシの復讐ってどんなものなのだろう?
恩返しですら想像がつかないのだから、もし復讐されていたとしても、人間側が気づかずにスルーしている可能性すらある。
……うむ、
私はなかなかなの極悪人かもしれない。
