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彦坐王の血統⑮草岡神社(滋賀北部)

 「彦坐王(日子坐王:ひこいます王)」の一族について伝承を調べています。この「彦坐王」は 開化天皇(9代)の皇子ですね。

 滋賀の北部にも伝承が残っていますので、前回の記事に続き、紹介したいと思います。

 ※売比多神社と佐波加刀神社は別で紹介しています。

<草岡神社>
(くさおか じんじゃ)

所在地: 滋賀県長浜市余呉町

御祭神:
高皇産霊神、 神皇産霊神、 彦坐王命、 菅原道真公




戦国時代の伝承も残っています。


御由緒:
 第9代開化天皇の第3皇子『彦坐王』
が当地に降臨し給い、余呉の庄の開発並びに郷民を愛撫し、産殖に治水事業に努められた。余呉の庄とは、合併前の片岡、余呉の地域を上の郷、中の郷、下の郷と分括されて上の郷片岡天神とよんでいた。御在世中に御子にあたる崇神天応が行幸されている。

 故実に彦坐王命国安姫命を入輿し給い、その皇子廉彦王命池原姫を娶り給い、その又皇子、彦理王命は夜叉池村より伊加津女命を入輿し給いしとあり、この間300年以上で草岡郷の太租なり。

彦坐王命薨後は恩鴻後は恩鴻を敬慕し、本社に霊を祀る。

御由緒を図にすると下のとおりとなる。

<ちょっと考察します1>

 「彦坐王(日子坐王)」以外の五柱の名前は、この神社以外、例えば記紀などの伝承には登場しない。これはどう考えれば良いでしょうか?

 草岡神社の周辺には「国安」「池原」という地名があり、このあたりの女性を現地妻にしたことが推察されます。


【『夜叉池村』より『伊加津女命』】は誰を指すのでしょうか? 

候補1:
 「伊加」(いか)の発音のある地名は、余呉湖の南にある「伊香具神社」の周辺にある。
 この辺りの地名には「伊香」(いか)が付けられていますね。このあたりに出自のある女性でしょうか?

候補2:
『夜叉池村』から来たということで、「夜叉ヶ池」を探したら、神社から北東方向にありました。このあたりの女性を妻にしたのでしょうか?


 ただ、「伊香具神社」と「夜叉ヶ池」の名前の由来を調べてみると、双方とも、後の時代に名がついたようです。


 <ちょっと考察します2>

「彦坐王(日子坐王)」以外の五柱の名がこの神社にしかないことをどのように考察するか?

 ここも想像の域がでませんが仮説をいくつか提示しておきます。

仮説①:
 「記紀」や「その他の神社の伝承」には登場しないが、「彦坐王(日子坐王)」がこの地を訪れたときに、この地で現地妻を作り、落胤を残していた。

仮説②:
 「記紀」に登場する人物が別名で祀られている。
彦坐王命国安姫命との間に廉彦王命を授かった」の記載は、例えば「〇〇彦王」から「大闇見戸売との間に室毘古王を授かった」ことを指す?




他にもいろいろと考えられます。
皆さんも是非、色々考察してみてください。

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