瞬間移動
大体いつも朝の9時前に出勤するのだけど。
自転車で。雨のときは徒歩で。
私の出勤ルートには日陰がない。
なので出勤前、エアコンやアイスカフェオレで涼んだ体に容赦なくビカビカの夏の太陽の陽射しが照らしてくる。
自転車を漕いでいるときは風があって、信号などで止まったとたんに熱い空気に包まれる。
そう考えると自転車というのは風を連れてくる乗り物だ、と思う。坂道とか爽快だ。
そんなこんなでもう職場に着いた瞬間から気力ゲージがやや削られている。夏の攻撃力。
店長も同じくらしく、昨日出勤して開口一番「ほんとに暑いね…」とこぼし、瞬間移動の能力が欲しいとつぶやいて、激しく同意。
「うああ、わかります。その能力、ほんとにいま欲しい~」
「どこでもドアでもいいな」
子供の頃からいったい何十回…いや、何百回欲しがったことだろう。
どこでもドア。あの青色の丸い体型のロボットはそばにいなくていいから、あのピンクのドアだけ置いていってくれないかな、と。
大体、子供や友人と超能力ひとつだけ手に入れられるなら、どんなのが欲しい?と話題になると必ず出てくる瞬間移動。
だって家から行きたいところを思い描くだけでいい。暑さ寒さ関係なしに瞬時に行きたいところへ!最強だ。
あれでも。あのときは。
いまの出勤ルートと同じく日陰なんて皆無だったあの道を歩いていたあのとき。
高校生の頃を思い出した。
電車通学だったのだけど、学校の最寄りの駅から学校までけっこう歩く。15分~20分くらいは歩いた気がする。
のどかなところで、畑が広がる風景のなかをどうでもいいくだらない話をしながら時にはタクシーをみんなで割り勘して通学していた。
通学途中にガソリンスタンドがあって、そこのミニコンビニでドリンクやお菓子を買っていくのが定番だった。
そういえば帰り道、そこで買ったガリガリくんを食べていたら風が吹いてガリガリくんが田んぼの砂にまみれたなんてこともあった。
その絶望を、みんなでゲラゲラ笑いながら駅まで歩いたな。
ああ、そうあとあと、夏じゃないけど。いつも通りに教室に入ったらホームルームのとき、担任の先生に名前呼ばれて(一緒に登校していたほかの友達も)。
なんだろって思ったら「なかなか美人さんに撮られているぞ」なんて写真を渡されたこともあったな。
どっかの写真好きのおじいさんが、通学中の私たちを撮ってくれたらしい。写真のなかの私たちは盛大に笑っていた。
あのとき。ルーズソックスにローファーであの道を歩いていたあのとき。
いまの出勤ルートと同じく日陰が皆無の通学の道でどこでもドアが欲しいなんて、瞬間移動したいなんて、思ったことなかった。
いや、思ったことあったかもしれないけど。もし瞬間移動できたら、なかったんだよな。
あんな風に暑いね~だるいね~なんて口にしながら、わいわいと騒ぎながら歩くこと。
いまだって、容赦なく降りかかる夏の日差しに辟易しながらも、自転車を漕ぐときに感じる風、真っ青な空にぶくぶくとした大きい綿菓子みたいな真っ白な雲。坂道を上っているときに見える、どーんと立っている大きな木。
この木のね、佇まいがほんとにいい。まっすぐとそこにあって、大きいブロッコリーみたいなんだけど、青々と繁った葉っぱたちが風に揺られていたり、たくさんの太陽のひかりを受けている姿も見ていて気持ちがいい。
いい、木なのだ。話が逸れたけど、瞬間移動を出来るようになったら、もうそういうことを感じる時間がまるっと無くなるってことなんだよね。
本当に緊急なときだけ(遅刻しちゃいけない日なのに遅刻しそう、とか。誰かに尾行されている、とか)発動するのはいいと思うけど、やっぱりそうじゃないときは(ああ、瞬間移動できたならなー)と思いながら、ちゃんとそのルートを辿るのがいいかな。
そんなことを考えた。

