星を探して
ごみ捨てに行って、ふと空を見上げたら月がそこにいた。
今日の月はまた一段と綺麗だ。
凍える夜、より遠い位置で白く輝いていて眩しい。
二機の飛行機が赤いランプを点滅させながら飛んでいる。
そしてその周りで散りばめられている煌めく星たち…。
私は、必ず最初に一番星はどこかなと探してしまう。一番星のことを教えてくれた人のことを思い出しながら。
二十代前半、私は正社員としてあるドラッグストアで働いていた。
働きはじめて、おそらく半年経ったか経ってないか決まった異動先でその人は店長としてやってきたのだ。Hさんという人だ。
以前にヘルプに行った別のお店で一回だけ会ったことがある人で「お久しぶりです」なんて最初挨拶を交わしていたけれど、勤務初日でその印象は「最悪なひと」に変わった。
「なんでこんな売れない色ばかり入れているの?」
当時私は、化粧品担当で売り場作りや商品の発注なども任されていて、その口紅の在庫を見て
Hさんが真っ直ぐと私の顔を見て、そう言ってきたのだ。
いまから考えると確かに誰が買うんだろうという色ばかりの在庫だった。
まだどの色を入れていいのかよくわからず、模索していた時でもあったと思う。
だから、そんな言い方しなくても…とムッとした私は、ブスッとしながらこう返した。
「売れると思って入れたのですが、予想が外れたみたいです。すみません、今後気を付けます」
少しの間があいて、Hさんは愉快そうに笑った。私はその反応に正直戸惑って、そのままでいるとその人は笑顔を浮かべたまま、
「うん、そうして」
とその場を離れた。
それから一緒に働くようになり、最初は「この人やる気あるのかな?」と相変わらずいい印象は持てなかった。
でもそれをある化粧品のセミナーで他店のひとに言うと「ねー。でもあの人はそういうキャラっていうか…悪い人じゃないよ」
その言葉を私は、時間が経つにつれ段々と実感した。
とぼけたような話し方だけど時々その言葉にかわいい表情が見え隠れするような人だった。
私より一回り上のその人によく「小娘」と言われていた。
まだ社会にでたばかりの私は、遅刻を重ねてしまったり、体調をちゃんと管理できず早退したりしていた時があり、メールで
「信用の貯金は重ねるのは大変だけど無くなるのは一瞬です」そんなような内容を送られてきたこともあった。
そのときはかなり落ち込んだけれど、まだ若い私に対して直接お店で一緒に働いていないマネージャとか本部のひとは「まぁまぁ」と言ってくれてたけど
それに甘んじないようにあえて厳しい言葉で言ってくれたのだろうと思う。
当時職場でそんな風に言ってくれたのはHさんだけだった。
気付けばHさんのことを意識するようになり、なんでもない話をするのがとても楽しくて、一緒に作業してて、うっかり指先が触れるだけで心臓が踊ってしまう。
でも当時、私には付き合っている人がいてHさんにとっては恋愛対象に見られないだろうな…(なにせ小娘呼び…)と気持ちを明かすことはなかった。
一回だけ。心が激しく揺れたことがある。
その日はかなり遅い時間の出勤だった。私が勤めていたドラッグストアは駅前のビルに入っていたのだけど
三階建てで、確か二階に喫茶店が入ってて一番上が私達の休憩室になってたと記憶している。
階段を上って、休憩室のドアを開けたらHさんが座ったままで寝ていた。
その姿を見た瞬間、とたんに触れたくなってしまった。私の耳に踏み切りの音が響く。
どうしようか。どこかの少女マンガのようにキスしてしまおうか。
揺れて、揺れて…ゆっくりとHさんに近づき、ぽんと肩を叩く。
「Hさん、起きてください。着替えますので」
いまでも星を眺めるたび、あのときの踏み切りの音が私の中で鳴り響く。
一番星のことを教えてもらったのは飲み会に向かっていたときか、その帰り道か…。(曖昧ですみません)
同じ様に夜空を見上げて「星めっちゃ出てますね、あの星すごく光ってません?」と指差しながら話すとHさんがあれは一番星だと教えてくれたのだ。
Hさんはしばらくして、異動することに決まりお店を離れることになった。
それから一回、吉祥寺のビアホールで二人で飲んだことがありその別れ際、握手を求められた。
私は好きの気持ちから、変な反応をしてしまったのだけど誤解されてなかっただろうか。
告白しとけばよかった。
星の瞬きを眺めながら、いくつかの季節をそんな風に後悔していたあのとき。
いまはそういう後悔はさすがにないけれど、一番星を探すとき、Hさんとの想い出が私の中を巡る。
あなたにはそんな人、いますか?
ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
真夜中のカフェでした。
