『愛せない親を介護できますか?』虐待と差別を乗り越えた兄妹が出した「家族の正解」
【第2回】母の異変と、突然の引き金
父の葬儀から10年後、再びお兄さんから連絡がありました。
驚いたことに、母親との同居を解消し、奥様の実家近くへ引っ越すことを決めたというのです。
父親が亡くなって以降、母親の兄への執着はエスカレート。
さらに、2人の孫(兄の子)への差別が始まったと言います。
兄の留守中の嫁いびりは日常茶飯事。そしてAさん兄妹の時と同じように、初孫の女の子には厳しく、男の子ばかりを甘やかしたのです。
兄夫婦が何度も注意しても耳を貸さず、このままでは子どもの教育に悪いと引越しを決断。
しかも奥様は嫁いびりのストレスから、薬なしでは眠れないほど精神的に追い詰められていました。
お兄さんは言いました。
「今のところ母は一人で暮らせるようだし、もう我慢の限界だ。お前に何かしてくれとは言わないし、あれだけのことをされたんだから、何もしなくていい。ただ、母が認知症になったり一人で暮らせなくなったりしたら、施設に入れるつもりだ」
兄の話を聞きながら、「あの人はもう変わらないんだ……。」と、Aさんは胸を締め付けられる思いでした。
その後、兄夫婦は実家を出ていきました。
心配する気持ちと、心の奥底で「ざまぁみろ」という思いが芽生え、そんな自分に嫌悪感を抱きながらも、実家とは距離を置き続けたAさん。
しかし1年後、今度は母親の兄(伯父)から怒りの電話がかかってきます。
「あれだけ可愛がってもらいながら、妹を広い家に一人きりにするとはどういうことだ!近所からも苦情が出ている。お前は長女なんだから、少しは面倒を見たらどうなんだ!」
「何も知らないくせに……。」と怒りを飲み込み、電話を切ったAさん。
両親は外面が良く、外ではAさんを可愛がっている風を装い、虐待や差別を決して周囲に知られないよう細心の注意を払っていたのです。
「二度と会いたくない」と思いつつも、困っている母の姿を確かめたかったのか、あるいは母からの「助けて」という言葉を期待していたのか。Aさんは数十年ぶりに実家へ向かいました。
荒れ放題の庭。実家の門を開けようとした時、近所の方から声をかけられました。
「町内会費を払わない、ゴミ出しの日を間違える、注意されたらゴミを出さなくなって生ゴミの臭いが酷い。朝方に大きな声で誰かの悪口を怒鳴り散らしている。失礼だけど、何か病気じゃないかしら……。」
インターホンを鳴らすと、「うるさいわね!」という怒鳴り声とともに母親が玄関に現れました。
「あんた、何の用よ?」という言葉につい、
「私の顔を覚えているなら、まだボケてはいないみたいね。」と吐き捨てるように言葉をぶつけてしまった A さん。
幼い頃のように従順ではないAさんの強い態度に、母親は一瞬たじろぎましたが、すぐに険しい顔に戻り「お金の無心なら一銭もないわよ。」と言い放ちます。
Aさんも「こんな汚いゴミ屋敷、誰が好き好んで来るもんですか。豚小屋みたいで臭いがきついって苦情が来たから来てやったのよ」と言い返すと、母親は黙り込んでしまいました。
その日から、Aさんはゴミの片付けのために何度も実家に通いました。黙々と作業するAさんに、母親は一言も口を挟みませんでした。
片付けを進めるうち、Aさんは数々の異変に気づきます。ゴミの分別ができない、お風呂に入りたがらない、自炊ができない、服の着方がおかしい……。
「母は普通じゃない…。」
そう確信したAさんが「病院に行くわよ。」と促すと、「なんで私が病院に行かなきゃいけないの、どこもおかしくないわよ!」と拒絶。
怒鳴りたい気持ちを必死にこらえ、「ここの住民は全員受診する決まりなの。」と嘘をつき、翌日なんとか受診させました。
診断結果は、アルツハイマー型認知症。
Aさんはため息をつくと同時に、「因果応報ね。」と思ったそうです。
すぐにお兄さんに連絡すると、実家を売却して施設を探すとのこと。
問題は、施設が見つかるまでの期間です。
Aさんは介護認定の手続きをし、デイサービスやショートステイの手配をすべて引き受けました。
しかし、母親は他人が家に入るのを極端に嫌がり、暴言や暴力を振るうように。
昼夜逆転し、夜間の徘徊で警察や近所からAさんに電話がかかってくる日々。トラブルのたびに頭を下げ続けるAさんに対し、母親は「私は悪くない」と平気な顔。嫌悪感は増すばかりでした。
自宅と実家の往復、複雑な手続き、身の回りの世話。Aさんの心と体は限界を迎えていました。見かねたご主人からも「お兄さんに手伝ってもらえ、お前がここまで背負う必要はない」と何度も言われました。
「なぜ私は、こんなに憎い母親の世話をしているんだろう?」
ある日、Aさんの心に疑問が湧きました。
あれほど酷いことをされて許せないはずなのに、今度こそ母親が自分を認めてくれるのではないか、「悪かった」と謝ってくれるのを待っているのではないか……。
割り切れない複雑な感情に引き裂かれ、いつか母親に手を上げてしまうかもしれない恐怖と孤独に悩んでいた時、Aさんは私を見つけ、相談してくださったのです。
第3回に続きます。
《今回のまとめ(第2回)》
「なぜ、私はこんなに憎い母親の世話をしているんだろう?」
Aさんのように、かつて自分を傷つけた親が「認知症」になり、戸惑いと限界の中で必死に介護を背負い込んでいる方はとても多いです。
「因果応報だ」と思いつつも、ゴミ屋敷を片付け、暴言に耐えながら通い詰めてしまう。
その割り切れない複雑な感情の裏には、「今度こそ自分を認めてほしい」「悪かったと謝ってほしい」という、幼い頃から抑え込んできた切ない願いが隠されています。
ですが、認知症という病気は、時にその「謝ってほしい」という最後の希望さえも奪い去ってしまう、残酷な現実があります。
親が変わることを期待できない今、あなたがこれ以上傷つき、心と体が限界を迎えてしまう前に、どうか自分を最優先に守る選択をしてください。
あなたの心が限界の悲鳴を上げる前に、まずはその重い荷物を少しずつ降ろしていきませんか?
あなたは今、認知症の親や、限界を迎えつつある介護について、こんなお悩みを一人で抱え込んでいませんか?
《親との関係・認知症への感情の悩み》
✣ 認知症だと分かっていても、親からの暴言や暴力にどうしても耐えられない。
✣ 「病気のせい」と思おうとするほど、これまでの恨みや悔しさが込み上げてくる。
✣ 親から過去の謝罪を期待していたのに、それが叶わない現実に絶望している。
✣ イライラが抑えきれず、いつか親に手を上げてしまうのではないかと自分が怖い。
《介護の限界・手続きの具体的な悩み》
✣ 実家がゴミ屋敷(セルフネグレクト)状態なのに、親が他人の介入を拒絶して進まない。
✣ 昼夜逆転、夜間の徘徊などがあり、近所迷惑や警察からの連絡に精神的に追い詰められている。
✣ 夫(家族)から「これ以上背負うな」と言われるが、他に頼る人がいなくて断ち切れない。
✣ 介護認定やショートステイの手続きを一人で抱え込み、何が正解か分からなくなっている。
家族だからこそ、憎しみも愛されたい願いも絡み合い、簡単に割り切れるものではありません。
だからこそ、これ以上一人で戦う必要はないのです。あなた自身の人生と心を守るための「具体的な線引き」と「救いの手」を、一緒に見つけていきましょう。
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