見出し画像

盆休みに「かあちゃん化」が加速した妻

朝食を終えた夫が、「腹が痛い」とつぶやいてトイレへ向かいました。
私は正露丸をテーブルに置き、「これ飲んだら治まるから」と声をかけます。さらに旅行用の小瓶をバッグに忍ばせて、「持ってるだけで安心するからね」と送り出しました。

夫が出かけて行ったあと、気づいたのです。
これは妻ではなく、ほぼ“かあちゃん”の振るまいだと。母が私にしてくれたことを、そっくりそのまま夫にしているのでした。

このお盆休みで、私の「かあちゃん化」は一気に加速しました。
トラックドライバーに転職してから、疲れ果てて帰ってくる夫を見ると、どうしても不憫で仕方がないのです。せめて家にいる間くらいは、のんびりしてほしい。そう思うあまり、つい先回りして世話を焼いてしまいます。

昼になれば、「お腹空いてない?そうめん茹でようか?蕎麦がいい?何束にする?」。
3時には「ポテチ食べますか?箸いりますか?」。
夕ごはんの皿が空になれば、「えらい!野菜もよく食べました!」。
お盆休みのわが家には、大きな子どもと、そのかあちゃんが住んでいました。

小さなネジを取り付けるのに苦戦していれば、「老眼鏡かけた方がいいんじゃない?」。
出かける前には、「スマホ持った?」「高血圧の薬は飲んだ?」。
子ども相手とは思えない内容も、“かあちゃんの顔”で声をかけます。

夫は、世話好きな姉と優しい母に育てられた次男坊。自由気ままに育ち、言いたいことは言い、やりたいことはすぐやる。
完璧に家事をこなし料理上手だった義母と、家事を一切しなかった義父。そんな両親を見て育った昭和の亭主関白タイプです。

「やろうと思えば一人でなんでもできる」と思っているらしく、夫からは「ありがとう」のひと言もありません。ずっと向き合っていると腹が立つこともあります。

そんなときは、子どものいない友人と会って、「来世では産もうね」と笑いあいます。
今はその予行練習。そうでも思わないとやってられません。

これから私たち夫婦も年老いて、できることが少しずつ減っていきます。どちらかが倒れて、オムツの世話が必要になるかもしれません。
口だけは達者なまま、体は赤ちゃんに戻っていき、のろのろジタバタしながら、あの世へのお迎えを待つ。

そんな未来を想像すると、この“大きな赤ん坊”をいつまで母親のように世話できるのだろう、とふと考えてしまうのです。

夫が私の面倒をみる未来は、正直あまり想像できません。だからこそ、私が元気なかあちゃんでいなければ。
そして、お互いがまだ動けるうちに、独り立ちできるよう、夫を少しずつ“躾けて”おかなければ、とも思うかあちゃんなのでした。

いいなと思ったら応援しよう!