「50年ぶりかも」母のお弁当から、私が受け取ったもの
「50年ぶりかも」
母がそう言ったとき、何も言えなくなった。
目の前には、私が作ったお弁当。
母がふたを開けて、笑ってる。
その笑顔を見て、
24年間、母が作ってくれた
お弁当を思い出した。
あの頃は、当たり前だった。
でも今ならわかる。
お弁当には、
母の愛が詰まっていた。
料理のできなかった私
私は、結婚するまで、料理ができなかった。
包丁を持つのも、
火を使うのも、
ぎこちなくて、危なっかしかった。
そんな私が、今では、毎日台所に立っている。
7歳の息子と、6歳の娘。
「ママ、これ美味しかったから、また作って!」
その言葉が、うれしくて♡
結婚前、私は保育士として働いていた。
職場の調理員さんに料理を教えてもらい、
必死にメモを取った。
「ブロッコリーはね、
芯にも栄養があるんだよ」
「ちょっと練乳を入れると、
子どもたちも好きな味になるよ」
家でも作って、
うまくいかなかったことを書き足した。
結婚したら、
ちゃんと料理ができる人になりたい。
子どもができたら、
お菓子も作ってあげたい。
そんなことを思っていた。
そして3年後、
今の夫と結婚した。
母から嫁入り道具としてもらった料理本を開く。

けれど、説明書を読むのも苦手だった私には、
難しすぎた。
スマホでレシピを検索して、
書いてある通りに作ってみる。
なのに…
おいしくない。
みりんって何だろう?
料理酒って必要なの?
結婚して3日目には、
天ぷらで50センチほどの炎を上げた。
油が怖くて少量で揚げようとしたのだ。
私は水で消そうとした。
夫が止めてくれて、火事にはならずに済んだ。
新品のお鍋も布巾も、真っ黒。
「料理って、難しい……」
そう思った。
それでも、
私と夫のお弁当は作らなければならなかった。
困った私は、
毎晩のように母へ電話をかけた。
「お母さん、
明日のお弁当、何作ったらいい?」
最初に教えてくれたのは、
スナップエンドウの茹で方。
それから、人参の炒め物。
「細く切って、ごま油で炒めて、
お酒をかけるの。
醤油とみりんを入れたら、
すぐ火を止める。
みりんが入ると焦げやすいからね」
教えてもらったことは、全部メモした。
教えてもらった通りに作って食べてみる。
おいしい。
“ああ、これだ”
母の味だ。
家を出て、母と離れて暮らすようになり、
心細い日もあった。
そんな日に食べる母の味は、
実家にいた頃、
自信のない私に母がよくくれた言葉。
「大丈夫だよ」
と言ってくれているようだった。
24年間、母が作ってくれたお弁当
母は、私が生まれてから結婚するまで、
ずっとお弁当を作ってくれていた。
24年間も。
当時の私は、当たり前だと思っていた。
仕事がある日も、
まだ薄暗い時間から母は起きる。
トントントン。
台所から包丁の音。
ジューッ。
卵焼きの甘い匂い。
学校でふたを開けると、
友だちや先生が集まってきた。
「カハリーちゃんのお弁当、
いつもお花畑みたいだね」
母のお弁当は、自慢だった。
お花の形にくり抜かれた、卵焼き。
きゅうりとうずら卵の串は、定番だった。
一緒に買った、甘いさつまいも。
ご飯の上にはぎゅっと乗った、鮭やハンバーグ。
幼稚園のおひな祭りでは、
キティちゃんのランチプレートに入れてくれて、
お店に並んだばかりの
彩りきれいなパプリカが入っていたことも。
一つひとつ具材の違うものを巻いた手毬ずしは、
うっとりして、しばらく眺めた。
その日は、社会人一年目、
子どもたちとの、初めての遠足だった。
私は、それまで、
ただ「おいしい」と思っていた。
でも今ならわかる。
母は毎朝、
私のことを考えていた。
何を入れたら喜ぶかな。
これなら食べやすいかな。
そんなことを考えながら、
24年間も、私のために作ってくれていた。
お弁当を持って行くのを忘れたこともある。
「今日は忙しくて食べられなかった」
そんな日もあった。
それでも母は、一度も責めなかった。
「お腹、空いたでしょ」
そう言って、
翌朝もまた、いつもと同じように
お弁当を作ってくれた。
結婚して1年間、
私は姉と、
母が作ったお弁当と
自分が作ったお弁当の写真を
毎日LINEで交換していた。


“母と同じように作りたい”
私はそう思っていたから。
結婚を反対していた母に、
心配していた母に、
頑張っているところを見せて、
「大丈夫だよ」
って、私からも伝えたかったから。
半年後。
私も母になった。
2年後には、2人の母に。
でも、
子どもはなんでも食べるわけではなかった。
特に息子は、ものすごい偏食。
床に散らばったごはん粒。
泣く息子を先に寝かせて、
静かなリビングで、
涙を流しながら、ひとり拾ったこともある。
「今日は、これなら食べてくれるかな」
毎日考えながら作った。
食べてもらえなくて、
落ち込むこともあった。
それでも、
少しずつ食べてくれるものが増えていった。
幼稚園のお弁当には、
好きなものを入れた。

誕生日には、
喜びそうなものを作った。

でも、心配なときもあった。
「今日のお弁当のハンバーグ、
ちょっと硬かったでしょ?」
そう言うと
息子は言ってくれた。
「おいしかったよ!また作って!」
その一言が、
たまらなくうれしかった。
いつの間にか私は、
「次は何を作ろう」
と考えるようになっていた。
「また作って!」
その言葉を忘れたくなくて、
料理をノートに書き残すようになった。

「醤油はこれくらい」
「このくらいの味が好き」
少しずつ書き足していった。
そして今。
6歳の娘が、毎日のように台所へやってくる。
「今日、なに作るの?」
「なに手伝おうか?」
「わたしもやるー♪」
小さな台を私の隣に置く。
野菜を切る。
卵を焼く。
「ケチャップは、これくらい入れてね」

私はこの時間が好きだ。
ふと思う。
私は母に、
りんごの飾り切りや味噌の溶き方を
教えてもらった。
結婚することが決まってからは、
一緒にスーパーへ行って、
おいしい野菜の見分け方も教えてもらった。
結婚してからは、
毎日のように電話して聞いた。
それが今は、
私が娘や息子たちに教えている。
母から教わったものが、
私の手を通って、
次へ渡っていく。
不思議だった。
そんな私が、
4年前、一度立ち止まった。
体を壊した。
そのとき、
「もう、長くは生きられないかもしれない」
そう思った。
まだ子どもたちは小さい。
これから先、
一緒にごはんを食べることも、
「ママ、また作って」と言われることも、
娘と台所に立つことも。
どれくらいできるんだろう。
急に、未来が見えなくなった。
繋いでいた娘の手を、離したくなかった。
眠っているわが子の顔を見ながら思った。
これからもずっと一緒にいられるとは限らない。
もし人生に限りがあるなら、
私は何を残したいんだろう。
頭に浮かんだのは、
子どもたちのことを思う気持ちを
何かの形に残したい、
だった。
子どもたちはこれから大きくなる。
受験をして、
部活をして、
反抗期を迎えるかもしれない。
仕事をして、
結婚して、
親になる日も来るかもしれない。
そんな未来を想像して
もし、私がいなくても…
頑張るときに、
少しでも安心できるもの。
疲れたときに、
「大丈夫」と思えるもの。
今の私から残しておきたい。
残したいのは、レシピだけではない。
一緒に食べたごはん。
お弁当。
子どもたちとの会話。
うれしかった日も、
悩んだ日も、
泣いた日も。
何気ない毎日の中にあった、
「あなたたちのことを
大切に思っているよ」
という気持ち。
残したい。
そして、もう一つ。
私はこれまで、
母に十分に感謝を伝えられていなかった。
24年間、
当たり前のように作ってくれたお弁当。
料理を教えてくれたこと。
離れて暮らしてからも、
電話をすれば教えてくれたこと。
そのありがたさに、
母になってようやく気づいた。
「50年ぶりかも」
今年の母の日。
私は、母に初めてお弁当を作った。
いつも作ってもらっていた私が、
初めて母のために詰めたお弁当。
父と母は、並んで座った。
ふたを開けると、母は笑った。

母は言った。
「かわいくて食べられない」
しばらく眺めていた。
母は思い出しながら、また話しはじめる。
「結婚して初めて、
誰かに作ってもらったお弁当だよ。
50年ぶりかも!」
続けて言った。
「仕事をしていたとき、
おばあちゃんが作ってくれたお弁当。
あれが最後だった」
初めて聞いた話だった。
おばあちゃんは、去年の2月に亡くなっている。
母の言葉で、やっとわかった。
母もまた、
誰かにお弁当を作ってもらっていた人だった。
おばあちゃんから母へ。
母から私へ。
そして今、
私から子どもたちへ。
父がお弁当を食べ終えると、
口を拭きながら静かに席を立った。
すると母が言った。
「パパ、
ごちそうさまって言わなきゃ」
父は笑って、
「そうだな!」
と言った。
そして二人で、
「ごちそうさま」
と心を込めて言ってくれた。
母は、優しい顔で言った。
「お店のより、おいしかった」
その言葉を聞いて、
胸がいっぱいになった。
母が私に作ってくれたお弁当。
私が子どもたちに作っているお弁当。
私が母に作ったお弁当。
それぞれの時間が、
ひとつにつながった気がした。
母から受け取ったものを、
今度は私が子どもたちへ渡していく。
家族を思って台所に立った時間も、
「おいしく食べてくれるかな」と願った気持ちも。
その一つひとつを、残しておきたい。
そのために、私は今、
一冊の本をつくっている。
料理の作り方だけではなく、
「あの日、こんなことがあった」
と思い出せるような家族の時間も残したい。
Kindle出版への道は、まだまだ遠いけれど、
それでも、
この本を残したい。
いつか子どもたちが読んだとき、
「あなたたちのことを、
ずっと大切に思っていたよ」
と伝わるように。
母にも、伝えたい。
「今までありがとう」
と。
「50年ぶりかも」
母のその言葉から、私は気づいた。
お弁当の中に詰められていたのは、
朝早く起きてくれた時間。
何を入れようかと考えた時間。
「おいしく食べてね」と願った時間。
その一つひとつが、
母からもらった愛だった。
そして今、
私はその愛を、子どもたちへ渡している。
母から私へ。
私から子どもたちへ。
受け取った愛は、
次の世代へつながっていく。
だから私は、
この家族の時間を一冊の本にする。
いつか子どもたちがページを開いたとき、
「あなたたちのことを、
ずっと大切に思っていたよ」
その気持ちが届くように。
母からもらった愛を、
今度は私の手で、未来へ渡す。
