7年目の夏の海、息子が初めて足をつけた
海から帰った日の夜、
息子は「夏の一言日記」を書いていた。
何を書いたのか、机に置かれたその日記をそっと手にとってみる。

それを見た瞬間、私はすぐに夫に知らせた。
「涙が出るね…」って言いながら。
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きっと息子のことを知らない人が見れば、「初めて海に行った子なのかな」と思うだろう。
でも、そうではない。
息子は生後10か月から、毎年海に行っている。今年で7年目。なんなら、冬にだって海に行くほど好きな子だ。
夫と一緒にサップやジェットに乗るのが大好きで、「パパ!乗りたい!」と何度も叫びながら、今までたくさん遊んできた。

けれども、息子にはどうしてもできなかったことが、ひとつだけあって...
それが、「海に入ること」だった。
水が顔にかかるのが嫌で、足に砂がつくのも気持ち悪い。海の中に入ることを、ずっと怖がっていた。
ジェットに乗るときは、夫が抱っこして絶対に水に触れないように。
周りの友だちが飛び込んで遊んでいても、妹がパチャパチャと水遊びしていても、息子は服を着たまま。
離れた砂浜にしゃがみ込んで、小さな石や貝殻、マイクロプラスチックまで拾っていた。
「ママ、キレイなの見つけたよ!」
そうやってときどき教えてくれてたけど、疲れて椅子に座ると、「ママ来て〜!パパ来て〜!」と叫ぶ。
決して、1人がいいわけではなかった。
けれども息子は、自分で納得しないと動けない。
だからこそ、一歩を踏み出したときの意味は、とても大きい。
そしてこの夏、その一歩が訪れた。
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本当は、いつものように「パパ!」と呼びたかった。でもそのとき、パパは他の人をジェットに乗せようと海に入り、どんどんと遠くへ。
息子はパパの方をじっと見ていた。
すると...
息子の足元に、そっと波がやってきた。
今日は少し波があったのに
そのときだけは、不思議とやさしく感じた。
息子は、ただただ立っていた。
嫌がらず、怖がらず。

波が足に触れたとき、少し顔がゆがんだ。
でも、息子は逃げなかった。

次の波がきたときには、笑っていた。

その笑顔を見て、私も一緒に笑った。
海に足をつけることなんて、1歳や2歳の子どもでも、できる子はいる。
でも、息子にとってのタイミングは、“今”だった。
わが子の「初めて」は、いくつになっても特別なんだよね。
息子がまだ2か月だったとき、はじめて太陽の光に気づいたときの顔も、今でも忘れられない。
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息子は、足をつけたあとも、全身を使ってお風呂を作っていた。服を脱いで、身体中に水をつけて、海の冷たさや砂の感触を味わうように。


きっと、楽しかったと思う。
でも、そんな日を過ごした日の夜、息子が一言日記に書いたのは...
うみに はじめて あしをつけた
息子のがんばりと、うれしかった気持ちは、この一言につまっていた。
ママはそれを知って、また一つ乗り越えた息子の気持ちに、“良かった”って心から思った。長かった道のりを思い出して、涙があふれた。
「初めて」って、いつできるかわからない。
人それぞれ違う。
子どもの場合、成長の基準のようで、少しでも遅れていると、心配になったり、不安になったりもする。
でも、本人のタイミングもある。
私はこれまで見守ってきた。
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息子はお風呂の湯船にも、4歳まで入れなかった。
顔に水がかかるのがとにかく苦手で、妊娠中もお姫様抱っこで頭を洗っていた。
幼稚園のプールも、まずはソース容器を持たせて水と仲良くなるところから。
そんな息子が、年長になってスイミングが始まったとき、私は言った。
「お顔をつけられるようになったら、ママ見に行くからね」
すると7か月後...
息子は本当に、顔をつけられるようになった。
次のスイミングは、家族旅行の出発日。
でも、私は夫にお願いした。
「旅行の前に、スイミングの見学に行かせてほしい。一緒に見に行こう」
そう伝えると、夫は悩むことなく、うなずいてくれた。
私たちはプールの2階から見ていた。
息子は手を振ると、自分からゆっくり水に入って、顔をつけた。顔についた水を何度も手でぬぐいながら、また挑戦していた。
見たことのない姿に、こんなに頑張っていたんだなと思った。
プールサイドに上がり、私たちに笑顔で手を振る。私たちも笑顔で手を振りかえした。
「見た?」「見たよ!」
「できたよ!」「すごいね!」
そんな会話が聞こえてくるようだった。
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あの日のスイミングで見た姿と、
この夏の海での一歩は、つながっていた。
先生方の寄り添いと、困難に少しずつ向き合えるようになった息子の成長があったからこそ、
このタイミングで「初めて海に足をつけること」ができた。
本当に、良かった。
「楽しい」と感じられたことは、息子の力になるだろう。
これからも、息子にはたくさんの「はじめて」が待っている。
それがいつ訪れるのかは、誰にもわからない。
けれど、そのときが来るまで、
優しい波がそっと迎えてくれたように
私はそばで、変わらず見守っていたい。
息子を信じているから。
あの日のように、また笑顔を見せてくれる...と。

