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『 灰の丘のジョニー・B.グッド 』


一、灰の子孫たち

風が丘を渡るたび、
テネイは地面が今もかすかに
白い粉を吐き出しているのを感じた。

祖父母のそのまた祖父母が
「灰の年」と呼んだあの冬から、もう十二世代が過ぎたという。

かつてあった日本という国の
九州と呼ばれていた遠い島で山が火を噴き、

それが引き金となって
世界中の国々が最後の武器を撃ち合った――

そんな話は、
もはや歴史というより神話に近いものになっていた。

けれど、南半球の果て、
ニュージーランド南島の入江に
張り付くようにして暮らすこの小さな集落に逃れた人類の生き残りは
かろうじて命をつないでいた。

電気はない。
ガラスもわずかしか残っていない。

羊毛の衣をまとい、川で魚を獲り、
丘の斜面に麦とジャガイモを植える暮らし。

原始的と言えば原始的だったが、
そこには確かに、
太陽の光と、家族の温もりと、明日への意志があった。

テネイは
十六歳になったばかりだった。

集落の誰よりも、
崩れた「昔の建物」を掘り返すのが好きだった。

長老たちは
「昔のものに触れすぎるな」と眉をひそめたが、

テネイには
どうしても諦めきれない好奇心があった。

自分たちの祖先が、
かつて空を飛び、光の速さで言葉を届け合っていたという言い伝え――

それが本当なら、
その痕跡はどこかに眠っているはずだった。

二、鋼の箱

その日、テネイは
集落から半日ほど歩いた谷の奥で、
崩れかけたコンクリートの塊を見つけた。

長い年月で苔と蔦に覆われたそれは、
かつて「銀行」と呼ばれた建物の一部だったらしい。

瓦礫をかき分けると、錆びた鋼の扉が現れた。

分厚く、重く、
まるで何かを頑なに守り続けているようだった。

三日かけて、
テネイは仲間のファレと二人で、
その扉をこじ開けた。

蝶番が悲鳴のような音を立て、
埃が舞い上がる。

中にあったのは、
金属の書類箱がいくつかと、
円盤状のものが幾重にも重なった木箱だった。

円盤には溝が刻まれ、
真ん中に穴が空いている。

表面には、
ほとんど消えかけた文字で
「CHUCK BERRY」と読めるものもあった。

「これは……何かの記録なのか?」
ファレが囁いた。

テネイには分からなかった。

ただ、この円盤たちが、
何か大切な声を閉じ込めているという確信だけがあった。

彼はそれを、
汚れひとつ付けぬよう布にくるみ、
丘の集落まで持ち帰った。

三、音を呼び覚ます

集落には、
まだ「昔の技術」をわずかに記憶している老人がいた。

カウリという名の盲目の老人で、
若い頃に父からこう聞かされていたという。

「丸い黒い板は、針でなぞると声を出す。

回転する力と、
震えを空気に変える仕掛けがあれば、死んだ声も蘇る」。

テネイは何ヶ月もかけて、
水車の技術を応用した手回しの円盤台を作った。

針の代わりに、
硬い棘のような木片を削り、
薄い動物の皮を張った円錐形の共鳴筒を組み合わせた。

何度も失敗した。

溝をなぞる棘が折れ、皮が破れ、
円盤そのものを傷つけてしまったこともあった。

そしてある晩、月明かりの下で、
テネイはついに円盤を回した。

震える手で棘を溝に落とす。

――ザザ、という雑音のあと、

突然、
弦が弾けるような鋭い金属音が共鳴筒から迸った。

静まり返った夜の丘に、
それはあまりにも異質な、刃物のように鋭い響きだった。

次の瞬間、
まるで誰かが叫んでいるかのような、
荒々しく震える歌声が続いた。

跳ねるようなギターの旋律。

何度も同じ名前を呼びかけるように繰り返される、
弾むコーラス。

まるで誰かを鼓舞するような、
前へ前へと押し出すビートだった。

集落の焚き火のまわりに集まっていた人々は、
思わず後ずさった。

ある者は耳を塞ぎ、
ある者は息を呑んで立ち尽くした。

何百年もの間、風の音と鳥の声、
そして人の話し声しか知らなかったこの土地に、

まったく異質な、
荒々しくも生命力に満ちた音の塊が叩きつけられたのだ。

子供たちは目を丸くし、
やがて誰かがおずおずと笑い声を上げた。

老人たちは涙を流した。

それは、灰に埋もれた文明が、
まだ確かに、これほどまでに力強く「叫んでいた」ことの証だった。

四、長老の話

その夜、
集落の長老イリスが、
焚き火の前で子供たちを集めてこう語った。

「お前たちは、その歌がどこから来たか知っているか。
それは、はるか昔――
お前たちの祖先の祖先が、太陽系の外へと旅立たせた、
小さな探査機に積まれていた音だ。

人類は、
宇宙の彼方へ向けてメッセージを送ろうとした。

もし遠い星に、
誰か聞く者があったなら、
地球という星がどんな場所だったかを伝えるために」


「その中に何を入れるかを話し合ったとき、
偉い人々の中には
『ロックのような下品な音楽を、
宇宙に届けるべきではない』と反対する者もいたそうだ。

だが、
それを選んだ科学者――
カール・セーガンという人は、こう言い返したという。

『この地球には、たくさんの若者がいるんだよ』
とね。

子供たちは、
身を乗り出して聞いていた。

「セーガンは、もうひとつ大切な言葉を残した。
彼は、遥か遠くから撮られた地球の写真を見て、
こう言ったんだ。

『あの光の点の中に、これまで生きてきたすべての人間がいる。
すべての喜びも、苦しみも、戦争も、愛も、
あの小さな青い点の上で起きたことだ』と。

だからこそ、私たちはあの点を――この星を、
憎み合うのではなく、愛し合うために使わなければならない。

それが、灰の年を生き延びた私たちの祖先が、
命がけで学んだことだった」

イリスは、
テネイの持ってきた円盤を、
まるで聖なる遺物のように両手で抱いた。

「私たちには、もう機械はいらない。

宇宙船も、電気も、核の力もいらない。

私たちに必要なのは、互いに身を寄せ合い、
この小さな青い点を、二度と壊さないという掟だけだ」

五、線路脇の少年

円盤とともに見つかった書類箱の底から、
テネイはぼろぼろの紙片を見つけていた。

インクはほとんど滲んでいたが、

集落でただ一人、
昔の文字を読み解ける老女ファリダが、
何週間もかけてそれを解読した。

曲の物語を記した解説文だったらしい。

ある晩、
ファリダは集まった村人たちにこう語った。

「この歌は、遠い昔のアメリカという国の、
深い森のそばで生まれた一人の少年の物語だ。

名はジョニー。

彼は学校にも通えないような田舎の丸太小屋に育ち、
字も満足に読めなかったという。

だが彼には、
誰も教えていないのに、
まるで鐘の音のようにギターを弾きこなす才能があった。

彼はいつも、
線路のそばに座り込んで、汽車の響きに合わせるように、
来る日も来る日も弦をつま弾いていたそうだ」

「彼の母親は、そんな彼を見てこう言い聞かせたという。

『いつかお前の名前は、大きな明かりの中に輝くようになる。
多くの人がお前の名を呼び、お前のためにバンドを組む日が来る』
とね。

誰も信じなかった。

田舎の、貧しい、
無学な少年の夢物語だと笑う者もいた。

けれど彼は諦めずに弦を弾き続け、
やがて本当に、遠く離れた大きな町の舞台に立ち、
大勢の人々を熱狂させる歌い手になったという」

焚き火の炎を見つめながら、
テネイは胸の奥が熱くなるのを感じた。

誰に教わったわけでもなく、
廃墟から拾った円盤の仕組みを一人で解き明かした自分自身の姿が、
その名も知らぬ異国の少年に重なって見えたからだ。

長老イリスが、
静かに言葉を継いだ。

「分かるか、お前たち。
この歌が宇宙へ届けられた理由が。

それは、たった一人の、何も持たない少年でさえ、
諦めずに音を鳴らし続ければ、
いつか光の中に立てるという証だったからだ。

灰に埋もれ、
何もかも失った私たちも同じだ。

今は薄暗い丘の上で、
粗末な小屋に身を寄せ合っているだけかもしれない。

だが、この歌が
線路脇の少年から始まって星々の彼方まで届いたように、

私たちの小さな灯りも、
いつか再び、大きな明かりとなって、
この星の上に灯る日が来る。

それを信じることこそが、
灰の年を越えて生きる者たちの務めなのだ」

村人たちは、誰からともなく、
テネイが円盤から呼び覚ましたあの弾むリズムを、
口ずさみ始めた。

歌詞は分からなくても、
そのビートには、
誰かを励まし、前へと押し出す力が、確かに宿っていた。

六、受け継がれる歌

それから幾年もの月日が流れた。

テネイは年老い、
自分の孫たちに同じ話をするようになった。

円盤はやがて摩耗し、
音はほとんど聞こえなくなったが、
その旋律とセーガンの言葉は、
口伝えの歌となって、集落の子供たちの間で歌い継がれていった。

*青い点よ、青い点よ おまえの上に、
私たちは生まれた 争うためではなく 分かち合うために

灰の中から芽吹いた麦のように
私たちはまた、根を張ろう
遠い星へ届いた歌を胸に 明日の光を待ちながら*

夜、焚き火を囲むたび、
子供たちはこの歌を口ずさんだ。

誰も、それがかつて
「ロックンロール」と呼ばれた音楽だったとは知らなかった。

ただ、その旋律には、
どこか懐かしく、勇気づけられる何かが宿っていることだけを、
体で知っていた。

そしてその歌が響くたび、
南島の空には、変わらず星々が輝いていた。

ある夜、
歌い終えた子供たちが眠りについたあと、
テネイは一人、丘の上で夜空を見上げていた。

数え切れないほどの星々の中に、
ふと、瞬きもせず、
他の星とは違う速さですうっと横切っていく
小さな光を見たような気がした。

それはほんの一瞬のことで、
まばたきをした次の瞬間にはもう見えなくなっていた。

見間違いだったのかもしれない。

それでもテネイは、
まるで誰かに「まだ旅を続けているよ」と告げられたような気がして、
しばらくその場を動けずにいた。

かつて祖先が旅立たせた小さな探査機は、

今もどこか、
太陽の光すら届かない暗闇の彼方を、
静かに飛び続けているはずだった。

誰に届くとも知れぬまま――

それでもテネイには、
その光が、確かに自分たちを見ていてくれるような気がしてならなかった。

地球にはかつて、
歌う若者たちがいたのだということを、伝え続けながら。


ー あとがき

1977年8月
米NASAの無人惑星探査機「ボイジャー1号・2号」に搭載された
「地球の音を記録したゴールデンレコード」に、
チャック・ベリーの代表曲「ジョニー・B.グッド」が収録されました。

来年2027年8月には それから50周年になります。

一年早いですが、
昨今の震災や、今後起こり得る事態、
あるいは世界情勢がきな臭くなる中でも、
論理は主役にはなれない。

非論理の意志の存在こそ人間の根幹。
という私のnoteにも共通するテーマに沿って
SFショートストーリーを書いてみました。

                     ー かんたろう ー





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