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境界線上の視線・「偽りの春編」静森の章第七十一話:禁忌の目覚め、奥義ブラック・エロス

(視点:若鷺サクラ)

冷たいクリスタルのランウェイステージを、異様で不気味なピアノの旋律が這うように満たしている。

一度は完全に意識を失い、床に崩れ落ちたはずの理恵さん。

それが今、教団の禁断のアプリ『ヘルツ』の音波によって、自我のない操り人形(ゾンビ)として再び立ち上がった。

白目を真っ赤に充血させ、口元から涎を垂らしたまま、彼女の身体はギクシャクと、けれど確かな戦闘の意思を持って揺れている。

その身を包むのは、加奈さんと同じ、極端に短いショッキングピンクのサテンミニドレス。

そして、足元には冷酷なシャドウ・グレーの十デニールストッキング。

「……信じられない。こんなこと、あっていいはずがないわ……」

私の横で、姉さんが、信じられないものを見る目で震える声を漏らした。

私も同じだった。

相手がどんなに恐ろしいプレイヤーでも、そこには美しさを競い合う誇りがあったはずだ。

けれど、今の理恵さんにはそれがない。

ただ肉体を動かされ、相手を壊すためだけの道具に成り下がってしまっている。

加奈さんは、そのゾンビと化した双子の相棒の横に立ち、冷酷な笑みを浮かべた。

「理恵、私が合図したらおまえは可憐の足止めをするんだ、私は残りの3人をやる。いいな?」

加奈さんの冷たい指令が響く。

もちろん、今の理恵さんに言葉を返す理性などない。

彼女は何も言わずに、ただうつろな赤い目で、真っ直ぐに可憐さんを見つめた。

その異様な光景を前にしても、七億の匠である山田可憐さんは、漆黒のショートブーツの足元を微塵も揺るがさなかった。

(可憐の心:……なるほど。完全に人間の尊厳を捨ててきたというわけね。いいわ、受けて立つ。こいつ(理恵)を相手しながら、後ろにいる加奈を倒す……。私の美学に泥を塗った代償は、高くつくわよ)

可憐さんは、自身の前に立ちはだかる理恵さんへと、静かに視線を向けた。 そして、微かな疑念を口にした。

「……こいつはちゃんと気絶するのか?」

一度意識を失っている相手だ。

痛覚も羞恥心もない操り人形に、果たして『ヴィーナス』や美脚による視覚的な精神破壊(ダメージ)が再び通じるのか。

可憐さんの問いに、加奈さんは勝ち誇ったように言い放った。

「もちろんだ。理恵はすでに敗北しているが、今までと同じやりかたで倒せるぞ。だが、簡単に倒せるとは思うなよ。いくら匠とはいえ、そいつは手ごわいぞ」

加奈さんの言葉には、不気味な自信が満ちていた。

リミッターの外れた人間がどれほどの動きを見せるのか。

それは、私たちには想像もつかない領域だ。

その時だった。

私の隣から、いつもは温厚で天然な美瑠来ちゃんが、氷のような冷たい声を発した。

「皆さん、もうすでにこの時点で来栖姉妹の敗北が決定しました」

美瑠来ちゃんは、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、オレンジ色のストールをなびかせて一歩前に出た。

彼女の口調は、もはや「サクラの友達」でも「Webライター」でもない。

絶対的な権限を持つ、アトランティスの『審査員』としての宣告だった。

「意識を失うところまでは、ランウェイバトルのルールとして許容範囲です。ですが、この敗北者をゾンビのようにして再び戦わせる行為は、明らかなルール違反です。……異論は認めません」

美瑠来ちゃんの宣告。

それは、闇市場(マーケット)の秩序を司る者としての、最後通牒。

これ以上戦いを続ければ、来栖姉妹だけでなく、彼女たちを裏で操る者たちにもアトランティスからの制裁が下るという警告だった。

しかし、加奈さんはその言葉を聞いて、腹の底から湧き上がるような狂った笑い声を上げた。

「あはははははは! いいんだよ、そんなことは!」

加奈さんのショッキングピンクのドレスが、笑いに合わせて毒々しく揺れる。

「お前が認めようが認めまいが、これはゲームを超えた決闘なんだからな!」

加奈さんの狂気。

それは、教団という巨大な後ろ盾があるからこその傲慢さだった。

アトランティスがどうであれ、この地下空間で私たちを皆殺しにしてしまえば、証拠など残りようがないのだから。

「……私もその意見には賛成だ」

不意に、可憐さんが加奈さんの言葉に同調した。

私は驚いて可憐さんの背中を見た。

「すでにアトランティスの出る幕じゃない。悪いが、引っ込んでてもらえるか?」

可憐さんは、振り返ることなく美瑠来ちゃんにそう言い放った。

その背中からは、先ほどまでの優雅な「匠」のオーラとは違う、もっと泥臭くて、悲痛な怒りの炎が立ち上っているのが私にも分かった。

(可憐の心:……アトランティスのルール? 市場の秩序? そんなものはどうでもいい。私が知りたいのは、ただ一つ。どうして遥が……学生時代からの親友だったあの娘が、私をこんな裏切りの罠に掛けたのか。教団と遥の間に、一体何があったのか。……その真実を引きずり出すためには、こいつらを完膚なきまでに叩き潰すしかない。私の、私自身の誇りを懸けた戦いなのよ!)

可憐さんの頭の中は、遥さんへの怒りと、真実の探求でいっぱいに満たされていた。

誰かのルールで終わらせるわけにはいかない。自分の脚で、この決着をつける。

その可憐さんの覚悟の背中を見て、姉さんも静かに息を吐いた。

「仕方ないわね。……美瑠来、お前が戦わないなら、隅っこで私たちの戦いを見ていろ」

姉さんは、あえて冷たい言葉を美瑠来ちゃんに投げかけた。

それは姉さんなりの優しさだ。

審査員という立場がある美瑠来ちゃんを、これ以上教団との危険な決闘に巻き込みたくないのだ。

「姉さん、そんな言い方は……!」

私が姉さんをたしなめようとした、その瞬間だった。

「分かりました」

美瑠来ちゃんが、決意に満ちた声で答えた。

彼女は、首に巻いていたオレンジ色のストールをゆっくりと外し、邪魔にならないようにジャケットのポケットへとねじ込んだ。

「今の私は、アトランティスの審査員ではありません。……あなた方のチームメイトです。一戦士として、私も戦います」

その言葉に、私は胸の奥が熱くなるのを感じた。

審査員という安全な立場を捨て、私たちと一緒に泥水の中へ飛び込む覚悟。

同い年の、出会ったばかりの親友が、命を懸けて私の隣に立ってくれている。

「美瑠来ちゃん……!」

私が感極まって名前を呼ぶと、前方に立つ可憐さんの唇から、微かな、本当に微かな声が漏れた。

「……美瑠来……すまんな」

それは、可憐さんが初めて見せた、一人の人間としての弱さと感謝の言葉だった。

私たちの意志が、一つの強固な塊となった。

四億のゾンビと執行者。

対するは、七億の匠と、覚悟を決めた三人の戦士。

「……そろそろ話は終わったか?」

加奈さんが、忌々しそうに口の端を歪めた。

「行くぞ理恵、お前は可憐を攻撃しろ」

加奈さんの合図、その直後だった。

ドンッ……!

クリスタルの床が爆ぜるような音を立てて、ゾンビと化した理恵さんが、可憐さんに向かって一直線に歩き出したのだ。

「えっ……!?」

私は自分の目を疑った。

「歩き出した」と表現するには、あまりにも異常な速度。

七センチのヒールを履いているにもかかわらず、まるで陸上のスプリンターが走っているかのような、前傾姿勢の猛烈な突進だったのだ。

(可憐の心:……なんてスピードだ……! これが、リミッターの外れた人間の動き……! 関節の稼働域も、筋肉への負荷も完全に無視している。このままでは、瞬きをする間に私の『クリティカル距離』のさらに内側、『ゼロ距離』まで入られてしまう……!)

可憐さんの瞳が、驚愕に見開かれた。

理恵さんのシャドウ・グレーの脚が、残像を残すほどの速さで可憐さんに迫る。

いくら可憐さんの防御力が高くとも、あの異様なピンクのドレスとシャドウ・グレーの脚を至近距離で無理やり見せられれば、脳の処理が追いつかずに『ヴィーナス』の毒牙に掛かってしまうかもしれない。

(可憐の心:……なんとか、踏み込まれる前に私のポージングを完成させて、あいつの脳をショートさせなければ……!)

可憐さんは、瞬時に自らの最大奥義を解放する決断を下した。

「くらえ……これが、『ブラック・エロス』だ!」

可憐さんの凛とした声が、地下空間に響き渡る。

彼女は、猛烈なスピードで迫り来る理恵さんから逃げるのではなく、あえて一歩、自ら前へと踏み出した。

そして、漆黒のミニドレスの裾を、両手の手のひらでゆっくりと、撫で上げるように持ち上げたのだ。

その瞬間、可憐さんの周囲の空気が、まるでブラックホールのように重く、そして甘く歪んだ。

私には匂いは分からない。

けれど、空気の「色」が変わったことだけははっきりと分かった。

それは、視覚そのものが放つフェロモン。

漆黒のドレスが引き上げられることで、先ほどの煙幕のラメが張り付いた五デニールのブラックストッキングの面積が、徐々に、計算し尽くされた速度で広がっていく。

太腿の筋肉のわずかな震えと、肌と黒いナイロンの境界線が織りなす、究極のグラデーション。

『ブラック・エロス』

それは、ただのポージングではなく、相手の攻撃を誘い込んでから撃ち落とす、究極の「カウンター技」でもある。

準備段階から相手の視線を強制的に絡め取り、惹きつける。理恵さんのようにリミッターが外れて猛突進してくる相手であっても、その「美の引力」によって、無意識のうちに可憐さんの最も美しい角度へと自分から吸い込まれるように「誘導」されてしまうのだ。

そして同時に、可憐さん自身も呼吸を極限までコントロールし、筋肉の躍動から妖艶さの演出、相手から見えるミリ単位の角度までを瞬時に微調整し続ける。

だからこそ、相手の脳裏に完璧な「黒」の雷を落とすことができるのだが、それは可憐さんの肉体と精神に莫大なエネルギーの消費を強いる。

連続で使用することなど絶対に不可能な、まさに一撃必殺の諸刃の剣。

「あ、あぁ……」

理恵さんの突進のスピードが、可憐さんの数メートル手前で、不自然に緩んだ。

理恵さんの赤い充血した瞳が、可憐さんの指先がドレスの裾を持ち上げるその一挙手一投足に、完全に釘付けにされている。

そして、理恵さんが可憐さんの絶対的な『クリティカル距離』へと自ら足を踏み入れた瞬間。

バサッ!

可憐さんは、極限まで持ち上げたドレスの裾を、一気に両手で弾くように払った。

同時に、片脚を高く上げ、空中で円を描くように回し蹴りのような軌道を描いてから、もう一方の脚に深くクロスさせて着地した。

ドンッ!

ヒールが床を叩く音とともに、彼女の全てが解放された。

ラメが煌めく漆黒の脚が、極限の交差によって生み出された筋肉の陰影と、絶対領域の眩しいほどの肌の白さ。

それは、エロティシズムの極致でありながら、決して下品ではなく、神々しいまでの芸術性を伴っていた。

相手の脳裏に、直接「黒」の雷を落とす、一撃必殺のポージング。

「ア……ガァァァァァッ……!!」

理恵さんの口から、絶叫とは違う、脳のヒューズが完全に吹き飛んだような悲鳴が漏れた。

彼女の目は白目を通り越して上にひん剥かれ、ショッキングピンクのドレスに包まれた身体は、その場に棒のように硬直した後、後ろへ向かって勢いよく倒れ込んだ。

ガアンッ!

後頭部がクリスタルの床に叩きつけられる。

理恵さんは今度こそ、完全にピクリとも動かなくなった。

『ヘルツ』の強制的な音波命令すらも、『ブラック・エロス』がもたらした視覚的快楽のオーバードーズによって完全に遮断されてしまったのだ。

「……はぁ、はぁ……」

可憐さんは、激しい呼吸を整えるように静かに息を吐きながらポーズを解いた。

自身の呼吸と角度の微調整に全てを注ぎ込んだ最大の奥義。

それは七億の彼女であっても、一瞬の間に莫大なエネルギーと精神力を消費するものなのだ。

可憐さんの美しい額に、一筋の汗が光っていた。

「やった……! 可憐さん、すご……!」

私が歓声を上げようとした、その時だった。

「……サクラッ!! 前よ!!」

姉さんの悲痛な叫び声が、私の耳を劈いた。

「えっ……?」

私が視線を前に戻すと、そこには、理恵さんが可憐さんの奥義の餌食になっている「一瞬の隙」を突き、可憐さんの横をすり抜けた加奈さんが、私たち三人の目の前……それこそ、手が届くほどの至近距離にまで迫っていたのだ。

「なっ……!」

私は息を呑んだ。

加奈さんの顔は、夜叉のように歪んでいた。

彼女の標的は、姉さんでも私でもない。

私たちの中央に立つ、オレンジ色のストールを外した美瑠来ちゃんだった。

「私は、そのアトランティスのやつに用がある」

加奈さんの冷酷な声が、私たちの頭上から降ってくる。

百七十五センチの長身が、ピンクの凶衣とともに、私たちに絶望的な影を落とす。

「お前らはどけ。……邪魔だ」

十デニールのシャドウ・グレーの脚が、私と姉さんを払いのけるように一歩、踏み出してきた。

その脚から放たれるヴィーナスの毒気が、私の脳の表面をチリチリと焼き焦がそうとする。

(……逃げなきゃ! でも、足が……すくんで動かない……!)

私の『脳』が、これ以上彼女の脚を見れば意識が飛ぶと警告している。

姉さんも、私を庇うように片手を前に出しているけれど、その手は小刻みに震えていた。

その絶体絶命の瞬間。

「……ここは私に任せて、二人は見ていてください」

私の隣から、静かで、けれど絶対に揺るがない強さを持った声が響いた。

スッ……。

美瑠来ちゃんが、私と姉さんの前に立ち塞がるようにして、加奈さんとの間に割り込んだのだ。

ネイビーのジャケットと、白いフリルのティアードスカート。

その裾から伸びる、五デニールのシアーブラックのストッキングと、ブラウンのレースアップロングブーツ。

「美瑠来ちゃん……!」

「……死に急ぐか、小娘」

加奈さんが、嘲笑うように口角を上げた。

アトランティスの審査員であり、二億五千万の脚値を持つ栃内美瑠来。

彼女が今、ただの観測者であることをやめ、一人の「戦士」として、四億の死神と真正面から激突しようとしていた。

静森町の地下、狂気のランウェイステージで血を洗うような美の決闘は、いよいよ最も過酷な局面へと突入していく。

(境界線上の視線・「偽りの春編」静森の章・第七十一話:禁忌の目覚め、奥義ブラック・エロス 了)

本作に登場する人物、団体、地名、事件等はすべて架空のものであり、フィクションとしてお楽しみください。実在のものとは一切関係ございません。また、本作はAIとの共同作業により制作されました。

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