『境界線上の視線』 in 三国志 ~異世界転生編~ 第二話:母の鉄拳と酒場の咆哮
プロローグ:暴走する眼差しと五デニールの悲鳴
満開の桃の花が、初夏の微風に揺れて淡い桃色の花びらを降らせていた。
どこまでも長閑で、歴史の教科書に燦然と輝くはずの「桃園の誓い」。
その神聖な空気は、いまや一人の男の凄まじい執念と欲望の熱気によって、完全に異様な異空間へと塗り替えられていた。
「さあ! 姫君! 張飛殿! お互いの脚を交差させ、太ももとふくらはぎを力強く絡ませ合うことで、我らの魂は一つになるのです! さあ、早く! 早くその脚を私に絡ませてくださいッ!!!」
劉備玄徳の瞳からは、常軌を逸した怪しい光がキラキラと、いや、ギラギラと狂おしく放たれていた。
耳は大きく、手は膝に届くほど長いという高貴な徳の相を備えているはずの男が、いまや泥にまみれた地面に両手をつき、鼻息を荒くして私の足元へと迫っている。
その姿は、天下を救う英傑などでは断じてなく、獲物を前にして理性を完全に吹き飛ばした筋金入りのフェティシストそのものだった。
(ひ、ひいいいいいっ……!? な、なにこの人、本当に劉備玄徳なの!? 歴史の教科書に載っていたあの徳の君子はどこ行っちゃったのよ!?)
私は悲鳴を飲み込み、反射的に両手を胸の前で交差させながら、スカートの裾を必死に押さえて後ずさりした。
しかし、後退しようと私が膝を引くたびに、地面の小石と草が、私の脚を包む「5デニール」の超極薄ストッキングを刺激する。
シャリッ……スゥ……。
わずか5デニールという、限りなくゼロに近いナイロンの単繊維で織り上げられた奇跡の薄絹。
履いていることすら忘れるほどの透明感でありながら、脚の表面に朝露を吹き付けたような妖艶な光沢を走らせる現代の工学の結晶。
それが土の上で微かな摩擦音を立てるたび、劉備の双眸が一層の狂熱を帯びてギラリと光るのだ。
「ああ……なんという音だ……! 絹の擦れる音とも、麻の擦れる音とも違う……! まるで天上の仙女が羽衣を撫でるような、甘く張り詰めた響き……! 姫君、その足を引かないでくだされ! むしろ私の方へ、さあ、私のふくらはぎへと力強く絡め取ってくだされぇぇぇ!!」
(この目は危ない。絶対に危ない!! 完全にリミッターが振り切れてるじゃないの!! 誰か、誰か何とかしてくださいっ!!)
私は心の中で絶叫した。
横を見ると、巨漢の張飛益徳がぽかんと大口を開け、顎のハリネズミのような髭をしきりに掻きむしっている。
「お、おい……劉備殿? 足を絡ませるってのは……一体どういう儀式なんだ? 俺は豚の屠殺も酒の醸造も知ってるが、そんな誓いの作法は涿県のどこでも聞いたことがねぇぞ……?」
張飛の至極真っ当な疑問など、もはや暴走機関車と化した劉備の耳には届いていなかった。
「張飛殿、よいのです! 義兄弟とは、ただ杯を交わすだけの浅薄な契りであってはならぬのです! 互いの肉体を、とりわけこの……この信じがたいほど滑らかで、透き通るような薄絹に包まれた御御足(おみあし)と直接触れ合い、絡み合わせることでしか得られない、深淵なる一体感があるはずなのですッ!」
劉備の手が、私のパンプスの爪先、そして5デニールのナイロン越しに透ける足首の華奢なアキレス腱へと、わなわなと伸びてくる。
生唾をゴクリと飲み込む劉備の喉仏が激しく上下し、その両目からは今にも涎が滴り落ちそうなほどの欲望が溢れ出していた。
逃げ場はない。私の背後には大きな桃の木の幹。
絶体絶命の危機——私の大切な、現代から履いてきた伝線ひとつ許されない5デニールストッキングが、古代のフェティシストの手によって蹂躙されようとした、まさにその時だった。
「——こら、玄徳(げんとく)ッ!!! お前は何をやっとるんじゃッ!!!」
パアァァァンッ!!
春の柔らかな空気を切り裂くような、乾いた怒声が桃の庭に木霊した。
第一幕:母の鉄拳と、見透かされた性癖
「ぶべっ!?」
鋭い音と共に、劉備の身体が横へと吹き飛んだ。
見れば、庭に続く屋敷の縁側から現れた小柄な老婦人が、手にした分厚い樫の木の杖を振り抜いたところだった。
白髪をきっちりと結い上げ、古びてはいるものの折り目の正しい粗末な麻の衣を着た女性——劉備の母である。
「は、母上様……!?」
劉備は土の上に転がり、赤く腫れ上がった頬を押さえながら、信じられないものを見るように目を丸くした。
「母上様! な、なぜこのようなところへ……!?」
先ほどまでの爛々とした狂気とギラつく眼差しは瞬時に霧散し、劉備はまるで悪戯を見つかった子犬のように背中を丸め、膝を揃えて縮こまった。
私は思わず、胸を撫で下ろした。
(た、助かった……! 神様、仏様、お母様……!!)
劉備の母は、樫の木の杖をドスリと地面に突き立てると、青筋を立てて息子を睨みつけた。
その眼光は、猛将・張飛すら思わず一歩後ずさりするほどの凄まじい迫力に満ちていた。
「なにが『なぜ』じゃ、この大馬鹿者が! 家の中から見ておれば、桃の木の下で若い娘さんを追い詰め、這いつくばって足に擦り寄ろうとするなど……! 白昼堂々、この庭で一体何を恥知らずな真似をしておるかッ!」
劉備は額に滝のような冷や汗を流しながら、必死に両手を振って弁解を始めた。
その口調はあまりにも慌てふためいており、言い訳がましさ全開だった。
「ち、違いまする! 滅相もございません、母上様! これは決して、決して怪しいことをしようとしているのではございませぬ! この方たちと私は、先ほど漢王朝の乱れを憂い、民を救うために義兄弟の契りを結んだのでございます! ですから……その、契りの絆をより深めようと、互いの意思疎通を図るための画期的な提案をしただけで……!」
「黙れ、玄徳ッ!!!」
母の一喝が、言い訳を容赦なく叩き潰した。
母は怒りに肩を震わせ、杖の先を劉備の鼻先へと突きつけた。
「お前をこのように育てた覚えはないぞ! 私はお前を、かの前漢の景帝の御子、中山靖王・劉勝様の末裔として……いつかこの中華に生きる民の貧しい暮らしを救い、誰もが飢えることなく、笑顔で幸せに暮らせる平らかな世を作るために、昼夜を問わず草鞋を編み、筵を織って、爪に火を灯す思いでお前を育ててきたのじゃ!」
母の言葉には、長い年月をかけて注がれてきた深い愛情と、それゆえの痛烈な悲哀が込められていた。
母は目を吊り上げ、息子の情けない姿を叱責する。
「それがどうじゃ! 天下が黄巾の賊に脅かされ、民が苦しみに喘いでおるこの大事な時に……見ず知らずの美しい娘さんの脚に見惚れ、私利私欲と怪しげな欲望に溺れるような真似をしおって! 足を絡ませ合うじゃと!? どこをどうこじつければ、民を救う誓いが『足を絡ませる』ことになるのじゃ! ええい、情けない! これでは民を貪るどこぞの悪徳役人と何一つ変わらんではないかッ!!」
「も、申し訳ござらぬ……! 申し訳ござらぬ、母上様……!」
劉備は地面に額を擦り付け、平伏した。 その額にはべっとりと泥がつき、先ほどの天下を論じていた男の威厳は微塵もない。
「今日のことは……今日の不祥事は、この玄徳、骨の髄まで深く反省しておりまする! 今の母上のお言葉、雷鳴のごとく胸に突き刺さりました! これからは決して不純な情欲に惑わされることなく、民のため、皆が幸せに生きる世界を作るために、この命を惜しみなく使い切る覚悟にございます……!」
涙声で反省の弁を述べる劉備。
その殊勝な態度に、母はふうと長く息を吐き、杖を下ろした。
「……本当じゃろうな、玄徳? その言葉、二言はないのじゃな?」
劉備はガバッと顔を上げ、胸に手を当てて天を仰いだ。
「はい! この頭上に咲き誇る桃園の木に誓って、この玄徳、我が言葉に嘘、偽りは一切ございませぬ! 民を救う大義のみを胸に抱き、全身全霊をもって精進いたしまする!!」
その堂々たる宣言、清々しいまでの表情。
歴史書に記される「仁義の英傑・劉備」そのものの、眩いばかりの光景であった。
しかし——。
(……えええええええええーーーーっっっ!?)
私は心の中で、特大のツッコミを炸裂させていた。
(絶対嘘! ぜっっったいにこの人、嘘ついてるよね!? だって、今の誓いの言葉を叫んでいる間も、視線がコンマ何秒か私の足首にチラチラ走ってたじゃない! 足への狂気じみた執着が、杖で一発引っぱたかれたくらいで治るわけないでしょ!!)
劉備の瞳の奥には、反省の色など一片もなく、ただ「今は嵐が過ぎ去るのを待とう」という狡猾な光が宿っていたのを、私は見逃さなかった。
長年、法律相談事務所で数々の修羅場や、浮気をごまかそうとする依頼者の嘘を見抜いてきた私の鑑識眼を舐めてもらっては困る。
しかし、母親というものは、息子の悔い改める姿に弱いものなのだろうか。
劉備の母は、息子の言葉に満足そうに頷き、表情を和らげた。
「……うむ。よく言った、我が息子よ。その志を忘れぬことじゃ。では、これからはこの中華に生きる苦しき人々のために、粉骨砕身、精進するがよいぞ」
「ははっ! ありがたきお言葉、肝に銘じまする!」
深々と頭を下げる劉備。
(お母様……! 騙されないで、お母様! 劉備様はその場しのぎで言っただけです! 絶対にこの人は、あなたの背中が見えなくなった瞬間にまた私のストッキングを狙ってきます! お願いですから、ずっとここにいて見張っていてください……!!)
私の悲痛な心の叫びも虚しく、母は張飛と私に向かって静かに一礼した。
「我が不肖の息子が、見苦しい姿をお見せして申し訳ありませなんだ。玄徳のこと、どうぞよろしくお頼み申します」
そう言い残すと、母はゆっくりと踵を返し、母屋の中へと戻っていってしまったのだった。
第二幕:光速の前言撤回と、鉄壁の拒絶
パタン。
母屋の引き戸が閉まる音が、静まり返った桃園に響いた。
その瞬間。
サッ……!
劉備が、信じられないほどの敏捷さで立ち上がった。
額についていた泥を手の甲で素早く払い落とし、衣服の乱れを整えると、何事もなかったかのような爽やかな笑みを浮かべて、私と張飛に向き直ったのだ。
その瞳には、先ほど母の前で誓った「民を救う大義」の光など微塵もなく、再びあの妖しく怪しい、爛々とした欲望の炎がメラメラと灯っていた。
「——コホン! では、お二方。仕切り直しでございます!」
「……は?」
私は思わず、素っ頓狂な声を漏らしてしまった。
張飛も目を白黒させている。
劉備は朗らかな声音で、さも名案を思いついたかのように胸を張った。
「いやはや、母上はあのように申されましたがね。男と女、人と人との真の絆というものは、口先だけの誓いや、杯の酒だけでは測れぬものがあるのです。形式張った儒教の教えにとらわれていては、乱世を生き抜く強固な結束など生まれません! ですから……やはり我らの絆を絶対的なものとするためにも!」
劉備は身を乗り出し、私の5デニールストッキングに包まれた太ももから足首のラインを舐めるように見つめながら、熱っぽく語りかけてきた。
「その足を、絡ませ合おうではありませんかッ!!」
(速い! 前言撤回が早すぎる!! 舌の根も乾かぬうちにってレベルじゃないわよ!!)
私は開いた口が塞がらなかった。
お母様が家に入ってから、まだ十秒も経っていない。
あの感動的な親子のやり取りと、桃園の木に誓った偽りのない言葉は一体どこへ消え去ったのか。
「お、おいおい……劉備殿」
さすがの張飛も、呆れたように苦笑いを浮かべた。
「お袋さんにこっぴどく怒られたばかりじゃねぇか。それに、俺は足なんぞ絡ませなくても、一度交わした義兄弟の契りは命を懸けて守るぜ? ……まあ、俺自身は足を絡ませるくらい、別によいのだがな。……だが、そっちの姉ちゃんはどうなのじゃ?」
張飛の視線が私へと向けられた。
劉備もまた、すがるような、そして期待に満ち満ちた爛々たる瞳で私を見つめてくる。両手を差し出し、今にも私のストッキングを履いた脚を抱きしめようかという勢いだ。
私は一歩、明確に後ろへ下がり、冷え切った声で言い放った。
「——嫌です。絶対に、絶対に嫌です」
一片の迷いもない、完全なる拒絶。
現代のキャリアウーマンとしての誇りと、5デニールという極薄繊維の防衛本能が、私の口から容赦ない拒絶の言葉を叩き出させていた。
「だ、大義のためですぞ……!? 漢王朝の未来のため、天下万民の笑顔のためなのですぞ、姫君……!?」
劉備はまるで悲劇の主人公のように胸を押さえ、絶望的な表情を浮かべた。
「天下万民と私の脚に何の関係があるんですか! そもそも、どうして絆を深めるのに足を絡ませなきゃいけないんですか! だいたい、このストッキングはですね、5デニールという超極細の繊維で編まれているんです! 劉備様のような男性のゴツゴツした足や衣服が擦れたら、一瞬で伝線して台無しになっちゃうんですからね!」
私がまくしたてると、劉備は「で、伝線……?」と目を白黒させた。
「その……『でんせん』とは何ですかな? その薄絹が破れてしまうということですか? それは……それは実に由々しき事態……! しかし、その薄絹の向こうにある姫君の真の素肌に触れられるのであれば、破れてしまうのもまた一興……いや、むしろ破れる瞬間の儚さこそが至高の美……!」
「何をブツブツ危険な妄想を膨らませてるんですかッ!!」
私が怒鳴りつけると、劉備は本気で困り果てたように眉を八の字に曲げ、顎に手を当てて唸り始めた。
「むうう……困った姫様じゃ。これほどまでに頑なであられるとは……。これでは我らの魂の融合が果たせぬではないか。では、どうするかのう……? 直に足を絡ませるのが無理ならば、せめて足首を十秒間握らせていただくだけではダメか……? いや、それとも私が草鞋職人の技術を活かして、その美しい足を採寸させていただくというのは……」
ぶつぶつと底なしの欲望を呟き続ける劉備。
このままでは埒が明かない。
この男の狂気をどうやって宥め、どうやって美琴先生たちの捜索に協力させようか——。
私が頭を抱えかけた、まさにその時だった。
第三幕:街を揺るがす喧騒と、救いの提案
ドォォォォォン……ッ!!!
突如として、涿県の中心部の方角から、空気を震わせるような重苦しい怒号と、何かが激しく破壊される轟音が響き渡ってきた。
「……ん?」
張飛がピクリと耳を動かし、鋭い眼光を街の方角へと向けた。
続いて、民衆の悲鳴や、酒瓶が割れる甲高い音、そして地響きのような男たちの喚き声が、風に乗って桃園まで届いてくる。
『うわああっ! 逃げろ、暴れ馬だーっ!』
『違う、暴れ馬じゃねぇ! あの巨漢だ! なんだあの髭の男はーっ!?』
『止めろ! 店が壊される! 誰か、役人を呼んでこいッ!!』
騒ぎは尋常ではなかった。
ただの酔っ払いの喧嘩などではない。
まるで百頭の牛が暴走しているかのような、凄まじい熱量と破壊の気配が、街の中央にある酒場の方角から立ち上っていたのだ。
「おい、なんだあの騒ぎは!?」
張飛が太い眉を跳ね上げ、腰のあたりに手をやった。
喧嘩と酒のこととなれば、この男の反応速度は天下無双だ。
「ありゃあ、俺の行きつけの酒場の方角だぞ! 誰かが大暴れしてやがるな……! 劉備殿、姉ちゃん! 桃園で足がどうのこうのとくだらねぇ問答をしてる場合じゃねえ! 酒場の方へ行ってみよーぜ!」
(キ、キタァァァァァッッッ!!!!)
私は心の中で歓喜のガッツポーズを作った。
張飛、ナイス! 最高!
さすが三国志屈指の豪傑!
空気の読めなさが、今この瞬間だけは完全に神の救済として機能している!
「はーい張飛様! 大賛成です!!」
私は満面の笑みを浮かべ、わざとらしく大きく手を叩いて賛同の意を示した。
「大変です、街の人たちが困っているみたいですよ! 天下万民を救うと誓った劉備様が、こんな騒ぎを放っておくわけにはいきませんよね!? ね、劉備様! 一刻も早く行きましょう、酒場へ!!」
私は劉備の返事も待たずに、くるりと踵を返して歩き出した。
5デニールのストッキングに包まれた私の脚が、ハイヒールを軽やかに鳴らして土の地面を踏みしめる。
これで、あの狂気じみた「足を絡ませる儀式」を完全にうやむやにできる!
一方、劉備はといえば——。
「ぐ、ぐぬぬ……」
劉備は苦虫を十匹ほど噛み潰したような、凄まじく悔しそうな顔をして立ち尽くしていた。
あと一歩、あと一歩で、あの奇跡の5デニールストッキングの感触を、自らの肌で確かめられるはずだったのだ。
草鞋職人としての情熱と、男としての本能が、今まさに結実しようとしていた瞬間を邪魔されたのである。
(張飛のやつめ……! 余計なことを……! なぜ今、なぜこの最高の瞬間に騒ぎなど起こるのだ! 酒場の喧嘩など、犬にでも食わせておけばよいものを……! ああ、あの至高の御御足が遠ざかっていく……!)
劉備の胸の内で渦巻くドス黒い恨み節が、私には手に取るように伝わってきた。
(しかし、天下の英雄を志す手前、そして何より先ほど母に「民のために命を使う」と誓ったばかりの手前、「いや、街の騒ぎなどどうでもいいから足を絡ませろ」とは口が裂けても言えない)
「……わ、わかりました。では……参りましょうか……」
劉備は絞り出すような声でそう言うと、未練たらしく私の脚元をもう一度だけ凝視し、重い足取りで屋敷の脇へと向かった。
第四幕:三騎の疾走と、新たな運命の予感
劉備の屋敷の馬小屋には、質素だが手入れの行き届いた三頭の馬が繋がれていた。
「張飛殿、姫君、馬に乗れますかな?」
劉備が尋ねる。
「おう、俺は馬なんざ手足配下のようなもんだ!」
張飛は巨体を揺らしながら、ひょいと一頭の黒馬の背へと跳び乗った。豪快極まりない身のこなしだ。
問題は私だった。
「ええっと……私、現代では乗馬クラブで少し齧った程度なんですけど……」
しかも今日の私は、膝丈のタイトスカートにハイヒール、そして何より破れやすい5デニールのストッキングを履いている。
馬の硬い鞍に跨がれば、内ももの摩擦でストッキングが一発で伝線してしまう危険性が極めて高い。
「おや……? 姫君、乗れませぬか?」
劉備の目が、再び怪しく光りかけた。
「ならば……私の馬に同乗されますか!? 私の前に座り、私の腕の中に収まってくだされば、その脚を傷つけることなく……!」
「いいえ結構です!! 自分で乗ります!!」
私は劉備の申し出を秒速で叩き落とすと、スカートの裾を慎重に手でたくし上げ、擦れに細心の注意を払いながら、大人しそうな栗毛の馬の背に跨がった。
スッと背筋を伸ばし、内ももに過度な摩擦がかからないよう姿勢を保つ。
5デニールの生地がピンと張り詰め、陽光の下でふくらはぎのしなやかな筋肉のラインが艶やかに浮き彫りになる。
「おお……見事な騎乗姿勢だ……。馬の背に跨がるその脚の曲線、なんと気高く、なんと刺激的なのだ……」 劉備が馬上で呆然と見惚れていたが、私はそれを完全に無視した。
「さあ、急ぎましょう! 張飛様、劉備様!」
「おうよ! 野郎ども、行くぜぇぇぇッ!!」
張飛が手綱を叩き、馬を駆け出させた。
砂埃を巻き上げ、三騎の馬が涿県の郊外から、喧騒の渦巻く街の中心部へと向かって疾走していく。
風が私の髪を激しく揺らし、スカートの裾がはためく。
肌を撫でる初夏の風は心地よいが、私の胸の中には、言葉にできない高揚感と緊張感が渦巻いていた。
(酒場での大騒ぎ……。破壊の音と、巨大な髭の男……?)
歴史の知識が、私の脳内でカチリと音を立てて繋がっていく。
涿県の酒場。
劉備と張飛が出会った直後に起こる、規格外の騒動。 そして、そこに現れるはずの、もう一人の伝説の英傑。
(まさか……『関羽雲長』……!?)
劉備の変態的な執着から逃れるために飛び出した先で、私たちは三国志の歴史を決定づける、更なる巨大な運命の渦へと突入しようとしていた。
馬蹄の音が石畳を激しく叩き、遠くに見える酒場の建物から、再びドカーンという凄まじい破壊音が空へと響き渡る。
劉備は未だに私の脚をチラチラと盗み見ながら馬を走らせていたが、その瞳の奥にも、やがて武将としての微かな緊張が宿り始めていた——。
(第三話へ続く)
本作はフィクションです。
本作には、歴史上の人物・出来事・時代背景・地名などをモチーフとして使用している箇所がありますが、物語上の設定、人物像、性格、会話、行動、事件、関係性、能力、演出等は創作によるものであり、史実とは異なります。
また、本作に登場する人物・団体・組織・事件・設定等は、実在のものをそのまま再現することを目的としたものではありません。実在の人物・団体・組織・事件等とは一切関係ありません。
作中には、誇張表現、パロディ的表現、フェティッシュな表現、暴力・事件・危険行為などを含む場合がありますが、これらはすべて物語上の演出として描かれています。現実の行為を推奨・助長・再現することを目的としたものではありません。
本作は、作者による創作とAIとの共同作業によって制作されています。
以上をご理解のうえ、フィクション作品としてお楽しみください。
