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境界線上の視線・「偽りの春編」静森の章第九十七話:仮面の歩き巫女と、融合する竜巻

(視点:木島希美)

「よいっ、しょ……っと。ああもう、重たいジジイだね、まったく」

静魂寺の裏庭。

鬱蒼と茂る木々に囲まれた墓地の冷たい空気の中、私はワインレッドのカシュクールワンピースの裾を邪魔そうに蹴り上げ、大きく息を吐き出した。

右手には、白目を剥いて完全に気絶している夫、柴桑住職の作務衣の襟首が握られている。

巨体の彼を地下の処刑場からコンクリートの階段を使ってここまで引きずり上げるのは、六億の脚値を持つ私にとってもかなりの重労働だった。

左足のベージュのエナメルハイヒールと、右足のストッキングだけの足でなんとかバランスを取りながら、私は墓石の間を縫うようにして歩を進めていた。

「ま、これで私の役目は終わりだ。あとはあのポンコツ(KLL)が、七億越えと一億五千万をどう片付けるか……いや、もうどうでもいいか」

私が、汗ばんだ額を手の甲で拭いながらそう一人ごちた、その時だった。

ザクッ。

落ち葉を踏む足音が、前方の墓石の影から聞こえた。

「……ん?」

私が顔を上げると、そこに一人の女性が立っていた。

全身を黒のタイトなレザーのライダースジャケットとパンツで包み、足元には鋭いピンヒールのレザーブーツ。

そして何より異様だったのは、彼女の顔だ。

目元を隠すように、まるで仮面舞踏会(マスカレード)でつけるような、豪奢な羽とレースがあしらわれた漆黒の「ハーフマスク」を被っていたのだ。

「あ、あんた……久しぶりやな」

私は、住職の襟首から手を離し、警戒心を解かないまま声を掛けた。

「どうしたん? 歩き巫女は、全員自宅待機のはずだろ?」

今朝、教団のアプリ『OSIE』に届いた緊急指令。

教団の極秘任務を遂行する精鋭部隊である私たち『歩き巫女』は、全員が動かずに待機するよう命じられていたはずなのだ。

しかし、仮面の女性は、冷たく、そしてどこまでも静かな声で答えた。

「私は、指示に従わなくても良い『契約』になっている。……それより、いるんだろ? 雷神・工藤来夏が、ここに」

その声の響きには、感情の起伏がない。

ただ、工藤来夏という標的への純粋な興味だけが滲んでいた。

「あ、ああ……」

私は、面倒くさそうに首の後ろを掻いた。

「今、地下でシタックスのKLL(ケーエルエル)と交戦中だ。……工藤来夏に、なんか用があるんか、あんた?」

「……一度、見ておこうと思ってな」

仮面の女性はそれだけ言うと、私の横を通り過ぎ、私たちがたった今上がってきたばかりの地下道へのコンクリートの階段へと、ゆっくりとした足取りで向かっていった。

私は、彼女が階段の暗がりへと消えていく後ろ姿を見送りながら、深いため息をついた。

(希美の心:……来夏ちゃん、カオリちゃん。あんたらにもう勝ち目はないな。……プロテクトの外れたKLLに、『志乃舞(しのぶ)』ちゃんまで来てもうたら、どんなに足掻いても、どうあがいても勝てんよ)

歩き巫女ナンバーワン。

教団の最終兵器とも呼べるその仮面の女、志乃舞。

彼女が地下へ向かったという事実が、残された二人の運命を完全に絶望的なものへと塗り替えたことを、私は確信していた。

***

(視点:鈴木カオリ)

「来るぞカオリ。準備しろ」

地下のクリスタルステージの上で、私の少し前方に立つ工藤来夏さんが、漆黒のトレンチコートの襟元を正しながら、低く鋭い声で言った。

「え? なんの準備……ですか、工藤さん?」

私は、ブーツを脱ぎ捨てたストッキングの足でクリスタルの床を踏みしめながら、戸惑った声を出した。

私たちの目の前には、右目の眼球パーツが砕けて青白い火花を散らし、左目を真っ赤に充血させたアンドロイド、社長秘書のキララさんが、ゆっくりと、しかし確実に殺意を持って迫ってきているのだ。

準備と言われても、私のライフゲージはもう限界に近い。

立っているのがやっとだ。

「あいつがさっき使った、防御系の技、『脚流し』だ」

工藤さんは、迫り来るキララさんから視線を外さずに言った。

「今のお前なら、使えるだろ? ……やってみるんだ、カオリ」

「ええっ!?」

私は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

『脚流し』。

先ほど、工藤さんの最大奥義『アロマフュージョン』の直撃を、キララさんがその場でコマのように超高速スピンすることで物理的に視覚と香りを弾き飛ばした、あの防御技。

それを、私にやれというの?

(カオリの心:いきなりやってみろって言われてもなぁ〜……! あんな人間離れした回転、普通の人間ができるわけないよ。でも……うろ覚えだけど、やってみよう。確か、あの足の運びと軸の取り方……ぼんやりとだけど、感覚は覚えてる……!)

私が林先生のトリプルアクセルを見様見真似して、身につけた『トルネードターン』。

そして、これまでの一流プレイヤーたちとの死闘の中で培ってきた、相手の動きを目で盗む直感力。

工藤さんは、私の中に眠るその力を信じて、あえて無茶振りをしているのだ。

カツン……、カツン……。

考えている猶予はなかった。

キララさんの黒のエナメルピンヒールが、ついに私の目の前まで迫っていたのだ。

「カオリ、そいつはお前に譲ってやる」

工藤さんはそう言い放つと、なんと自分からスッと横へステップを踏み、迫ってくるキララさんを素通りさせた。

そして、そのままキララさんの背後へと回り込み、私たち二人でキララさんを前後から挟み込む陣形を取ったのだ。

「いきますよ」

キララさんが、残された左目を私に向け、ダークプラムの唇を動かした。

「奥義『ブレインクラッシュ(思考破壊)』」

キララさんが、引き裂かれたワインレッドのアシンメトリースカートの裾から、ボルドーがかった五デニールの脚を完璧な角度で露出させたまま、ピタリと動きを止めた。

「もっと見たい」

「次にどう動くのか」

という期待値を極限まで煽り、フラストレーションで脳をショートさせる、絶対的な「静」の奥義。

先ほど私は、これをまともに受けてライフゲージのほとんどを削られてしまった。

同じ轍は踏まない。

私は、目を閉じることなく、大きく深く息を吸い込んだ。

冷たい地下の空気が肺を満たし、私の集中力が極限まで研ぎ澄まされていく。

『女神の呼吸』。

「……ふぅっ!」

私は息を吐き出すと同時に、アイボリーのレースアップブーツを脱いだ、五デニールのピュアベージュの足のつま先を軸にして、思い切り身体を旋回させた。

『脚流し』のトレース。

私のミントグリーンのフレアワンピースが、遠心力で激しく舞い上がる。

キララさんのように、機械じみた超高速の安定したスピンには程遠い。

軸は少しブレているし、ハーフスピンと連続ターンのような、泥臭い回転だ。

それでも、私のピュアベージュの脚が作り出す光の乱反射の壁が、キララさんの『ブレインクラッシュ』の静的な視覚の暴力を、ギリギリのところで弾き飛ばしていく。

シュンッ、シュンッ!

「……くっ!」

私は回転を止め、フラフラとしながらもなんとか両足で立ち上がった。

キララさんの奥義のダメージの、おそらく八割くらいは無効化できたはずだ。

よし、できた!

……しかし、残りの二割のダメージは、確実に私の網膜を焼き焦がしていた。

ただでさえ限界だった私の視界が、さらに赤く滲む。

頭の芯がガンガンと鳴り、意識が朦朧としてくる。

「はぁっ……はぁっ……!」

私はその場に倒れそうになるのを、歯を食いしばって必死に堪えた。

まだだ、まだ倒れるわけにはいかない。

「今だ、カオリ!!」

背後から、工藤さんの鋭い叫び声が飛んだ。

キララさんは、私が『脚流し』で奥義を防いだことに、プログラムの計算が追いつかなかったのか、ほんの数秒だけ、完全に動きを止めるという「大きな隙」を見せていた。

そして、そのタイミングに合わせて、私の背後から、あの深く甘い香りが、フワリと私を包み込んだのだ。

工藤さんが、キララさんの背後から『清流の歩』によってコントロールして送り届けてくれた、『神の脚』の香り。

私にとって、それはもはや猛毒ではなく、薄れゆく意識を強制的に繋ぎ止め、身体に爆発的なエネルギーを供給してくれる、最高のエナジードリンクだった。

「これで……終わりです!」

私は、神の脚の香りを味方につけ、残された全ての力を振り絞ってクリスタルの床を蹴った。

「奥義『トルネードフュージョン』!!」

私が放った新奥義の名前。

それは、工藤さんの『アロマフュージョン』の香りの力と、私の『トルネードターン』の遠心力を完全にミックスした、合体奥義。

私は、フラつきながらも、その場で大きく、そして鋭く、三回の連続回転(ターン)を決めた。

以前の私なら、足元がふらついて三回転など絶対に決められなかっただろう。

しかし今は、工藤さんの香りのサポートと、これまでの死闘で培われた体幹が、私を確かなプレイヤーへと成長させていたのだ。

シュンッ、シュンッ、シュンッ!!

ミントグリーンのワンピースの裾が限界まで広がり、五デニールのピュアベージュの脚が、残像となって空気を切り裂く。

そして、そこに工藤さんの送った『神の脚』の香りの渦が巻き込まれ、私の純粋無垢な美しさと、暴力的なまでのエロティシズムの香りが、一つの小さな「竜巻」となって、キララさんへと真っ直ぐに叩きつけられた。

「ギ……ガ、ガァァァァッ!!」

キララさんは、完全に無防備な状態で、私のその『美脚』の竜巻を正面からまともに見てしまった。

彼女の残された左目の赤い充血が、一瞬にして限界を突破する。

しかし、彼女は人間ではない。

気絶して白目を剥くのではなく、彼女の身体の中で、再び激しいシステムのショートが起きたのだ。

「バチッ! ギギギ……エ、エラー。処理限界、突破……システム、ダウン……」

キララさんの口から、ひどくノイズの混じった機械音声が漏れた。

右目からは青白い火花が激しく飛び散り、彼女はダークグレーのタイトスカートの膝を折り、ゆっくりと、本当にゆっくりと、クリスタルの床へと膝をつき、そのまま前のめりに倒れ伏した。

ドサッ……。

シタックスの最高傑作。

私たちを絶望の淵に追いやった機械仕掛けの人形は、今度こそ、完全に沈黙した。

「……これで、終わりだな、だが、機械なのでいつ復活してくるかわからない…一応、取っておくか」

工藤さんが、漆黒のトレンチコートの襟元を直し、眼鏡の奥の瞳を和らげて言った。

そして、工藤さんは念のため、キララさんが履いている黒のエナメルピンヒールを取り上げたのだった。

「…ふぅ、終わったな、よくやったぞカオリ」

工藤さんのその声には、深い安堵と、私の成長に対する微かな賞賛が混じっていた。

「……はぁ……はぁ」

私は、肩で激しく息をしながら、床に座り込みそうになるのを必死に堪え、工藤さんの方を振り返った。

「お、終わったんですね……?」

「ああ。これで終わっ……」

工藤さんが、私に向かって労いの言葉を掛けようとした、まさにその時だった。

ガチャリ……。

地下空間の静寂を切り裂いて、私たちの背後……あの、コンクリートの階段へと続く巨大な鉄の扉が、ゆっくりと開く音が響いたのだ。

私と工藤さんは、ハッとして同時に振り返った。

戦いは終わったはずだ。

でもまだ伊達さんは気絶しているし、希美さんは住職を引きずって帰ってしまった。

だとしたら、今、あの扉を開けて入ってくるのは、誰?

開かれた扉の隙間から、コツン、と鋭いピンヒールの音が響く。

そして、薄暗い影の中から、黒いレザーのライダースジャケットと、漆黒のハーフマスクを被った、異様な気配を放つ女性が、ゆっくりとステージの方へと歩みを進めてきた。

「……誰だ、お前は?」

工藤さんの声が、一瞬にして先ほどの安堵を捨て去り、再び絶対零度の臨戦態勢へと戻っていた。

静森町の地下、ようやく終わったかに見えた私たちの戦いは、まだ終わってはいなかった。

教団の最終兵器、仮面の歩き巫女が、ついに私たちの前にその姿を現したのだった。

(境界線上の視線・「偽りの春編」静森の章・第九十七話:仮面の歩き巫女と、融合する竜巻 了)

本作に登場する人物、団体、地名、事件等はすべて架空のものであり、フィクションとしてお楽しみください。実在のものとは一切関係ございません。また、本作はAIとの共同作業により制作されました。

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