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境界線上の視線・「偽りの春編」静森の章第九十九話:魔術師の奇術と、闇に染まるアロマフュージョン

(視点:鈴木カオリ)

「……行きますよ、来夏様」

教団の最終兵器、『歩き巫女』ナンバーワンの志乃舞、いや、工藤さんの最も優秀な側近であった織田雪乃さんが、真紅のルージュを引いた唇を震わせながら、悲壮な決意とともに宣言した。

静森町の冷たい地下空間で、決して交わってはならなかった哀しき師弟の決闘が、ついに始まってしまった。

しかし、私はストッキングだけの足裏でクリスタルの床の冷たさを感じながら、目の前の光景にどうしても拭いきれない違和感、いや、明確な「勝敗の行方」を予感していた。

(カオリの心:だって、相手は七億越えの工藤さんだよ? いくら雪乃さんが教団の最終兵器だとしても、脚値の差は七億越えと一億。それに、雪乃さんのあの服装……タイトなレザーパンツに、レザーブーツのピンヒールだなんて。明らかに、自身の最大の武器である『美脚』を活かせていない気がする。雪乃さんには悪いけれど、この勝負は、すでに火を見るよりも明らかなんじゃないだろうか?)

ランウェイバトルにおいて、美脚の露出やストッキングの質感は、相手の脳を揺さぶり快楽中枢を破壊するための最も強力な兵器だ。

工藤さんは、エメラルドグリーンのタイトワンピースと五デニールのシアーブラックストッキングによって、常に圧倒的な視覚的暴力を放っている。

対する雪乃さんは、レザーで完全に脚を封印してしまっているのだ。

これでは、どう考えても勝ち目はない。

私がそう思った瞬間だった。

張り詰めた静寂を破り、二人の戦士はすでに歩き始めていた。

「来るなら来い」

工藤さんは、先ほどまでの激戦の余韻が残るステージ中央付近からスタートし、迎え撃つようにゆっくりと歩みを進める。

対する雪乃さんは、私たちがいるステージの端、鉄の扉に近い位置から、工藤さんに向かって真っ直ぐに歩き出した。

カツン、……カツン、……。

レザーブーツの鋭いピンヒールが、クリスタルの床を叩く。

その足音を聞いた瞬間、私の背筋にゾクッと悪寒が走った。

「え……?」

私は目を疑った。

雪乃さんのウォーキングが、おかしいのだ。

先日、地下コロッセオで、あるいは黒鳥三姉妹との戦いで私が見てきた、彼女の『一億のプレイヤー』としての優れたウォーキング。

それすらも、今の彼女の歩みからすれば児戯に等しかった。

骨盤の滑らかな回転、重心のブレのなさ、上半身の静けさ。

そして何より、相手を視覚と気迫だけで制圧しようとする、恐ろしいほどの威圧感。

それはまぎれもなく、七億越えの工藤さんや六億の木島希美さんが見せるような、超常的な『匠』レベルの歩き方だったのだ。

一億のプレイヤーが、どうして突然こんな歩き方を?

そして、驚愕はそれだけでは終わらなかった。

私は、さらに信じられない現象を目の当たりにして、自分の目を激しくこすった。

「……あれ?」

雪乃さんは、工藤さんに向かってステージを歩き進んでくるにつれて……そのレザーパンツに包まれた脚が、信じられないことに『長くなっている』ように感じてきたのだ。

錯覚じゃない。

彼女の腰の位置が、一歩踏み出すごとに、数ミリ単位で不自然なほど滑らかに上昇している。

いや、間違いない。

彼女の脚は、歩きながらなぜか少しずつ長くなってきていたのだ!

(カオリの心:どういうトリックなの!? 歩きながら身長が伸びるなんて、魔法か何かなの!?)

その明らかな違和感に気づいたのは、私だけではなかった。

前方で迎え撃とうとしていた工藤さんも、漆黒のトレンチコートの襟元を掴んだまま、驚愕に目を見開いた。

「……あれはなんだ? 雪乃の脚が、徐々に長くなってきているように感じるぞ……!」

工藤さんの鋭い指摘。

しかし、その驚きをよそに、雪乃さんは歩みを止めることなく、ステージの途中でショートして完全に機能を停止し、右目から火花を散らして倒れているアンドロイド社長秘書の『キララさん』の隣へと到着した。

雪乃さんは、倒れているキララさんの横でピタリと歩みを止め、シルバーのピンヒールを揃えた。

そして、スモーキーなアイメイクの奥にある瞳で、工藤さんを真っ直ぐに見据えた。

「行きますよ、来夏様」

雪乃さんは静かにそう言うと、レザーのライダースジャケットの胸ポケットから、一枚の『黒いハンカチ』を取り出した。

手品師が使うような、ごく普通のシルクのハンカチ。

しかし、雪乃さんがそのハンカチを指先でヒラリと揺らすと、それはみるみるうちに、あり得ないほどの速度で巨大化していったのだ!

「なんだあれは? マジックなのか?」

工藤さんが、警戒を強めて低く唸る。

あっという間に巨大なシーツほどにまで広がったその漆黒のハンカチは、雪乃さん自身と、彼女の足元に倒れているキララさんの二人を、同時にすっぽりと覆い隠してしまった。

黒い布が、ステージの照明を遮り、二人の姿を完全に視界から消し去る。

静寂。 ただ、黒い布だけが、見えない風に揺れている。

そして、数秒後。

覆われたハンカチの内側から、雪乃さんの澄んだ、けれどどこか冷酷な響きを帯びた声だけが聞こえてきた。

『メタモルフォーゼ・ハイジャック(日常の簒奪)』

その言葉が響いた瞬間、巨大な黒いハンカチが、まるで自ら意志を持っているかのようにバサリと空中に舞い上がり、跡形もなく消え去った。

そこに現れた光景を見て、私は息を呑み、工藤さんは完全に言葉を失った。

現実の手品師、かの有名なフーディーニが得意とした「一瞬で人が入れ替わる箱」のイリュージョン。

それを、この極限の戦場(ランウェイ)のステージ上で、いとも簡単にやってのけたのだ。

ハンカチの下から姿を現したのは、倒れているキララさんと、立っている雪乃さん。

しかし、二人の『服装』が、完全に、そして一瞬にして交換されていたのだった。

倒れているキララさんの身体には、先ほどまで雪乃さんが着ていた漆黒のレザーのライダースジャケットと、レザーパンツが不自然に着せられている。

そして、私たちの目の前に立っている織田雪乃さんは。

彼女が身に纏っていたのは、キララさんが着ていたはずの、アシンメトリーなワインレッドのミニスカートと、漆黒のノースリーブニットだった。

さらに、彼女の脚を包んでいるのは、先ほどまでレザーパンツで封印されていたはずの生脚ではなく……キララさんが履いていた、あの妖艶で極薄の『ボルドーがかった五デニールストッキング』。

足元には、黒のエナメルピンヒールパンプス。

一瞬の早着替え。

自分のレザーの武装を解き、相手の最も破壊力のある武器(美脚とストッキング)を簒奪する、悪魔の奇術。

「っ……!」

姿を現した雪乃さんは、私たちを見据えたまま、ボルドーがかった五デニールの脚を、極めて官能的に、そして計算し尽くされた角度で深く交差させた。

スモーキーな目元と真紅のルージュ。

そして、ワインレッドのミニスカートのスリットから露わになった、極限まで透き通った美脚の絶対領域。

「ぐぉぉぉっ……!」

その完璧な美の暴力と、信じられないイリュージョンによる精神的な衝撃を同時に浴びせられ、七億越えの匠である工藤さんが、たまらず低く呻いて胸を押さえた。

驚きで防御の意識が薄れた隙を突かれたのだ。

工藤さんの瞳の白目に、一気に赤い充血の糸が走り、彼女のライフゲージが、この一瞬の交差だけで一気に『半分』も削り取られてしまったのが分かった。

しかし、工藤さんがこれほどのダメージを受けた理由は、ただ雪乃さんがスカートと五デニールのストッキングに履き替えたからだけではなかった。

明らかに、今の雪乃さんの脚は、以前私が見ていた彼女の脚よりも、遥かに長く、そして異常なほどに美しいカーブを描いていたのだ。

さらに、全体の背丈も、さっきレザーパンツを履いていた時よりも、二〜三センチほど確実に伸びていた。

「そんな……雪乃さん、身長が伸びている……の?」

私が、震える声でたまらずその違和感を口にした。

すると、肩で息をしながら顔を上げた工藤さんが、ギリッと奥歯を噛み締めて答えた。

「ハァッ……カオリ、お前の言う通りだ。雪乃の身長は明らかに伸びている。間違いない。……だが、どうやって身長を伸ばすような高度な人体コントロールを、このステージを歩く、わずか数歩の間にやってのけたのだ?」

骨を伸ばすことなど、人間にできるはずがない。

工藤さんのその疑問に対し、ボルドーの極薄ストッキングの脚を交差させた雪乃さんは、ダークプラムの唇を動かして、静かに、そして残酷な真実を口にした。

「来夏様。……私は、容易に『関節』を自由につけ外しができる人間なのです」

「なんだと……?」

「肩、腰、そして脚の関節。それらを意図的に外し、筋肉と腱の引っ張り具合だけで極限まで身体を伸ばし、固定することができる。……それゆえ、美脚市場で私は、『骨格の魔術師』と言われたりもします」

自らの関節を外し、歩きながら身長と脚の長さを伸ばしていくという、人体の構造を完全に無視した狂気の身体操作。

「そうだ……」

私は、ハッとして声を上げた。

「雪乃さんは、メイクも完璧にできるし、今みたいに関節も自由自在に操れる。……確かに、魔術師だわ」

三日前の黒鳥三姉妹との戦い。

彼女は私の脚に、まるで魔法のような『昇り龍』の隠しメイクを施してくれた。

あれもまた、人間の視覚と肉体を極限までコントロールする魔術師だからこそ成せる神業だったのだ。

私がその事実に変に納得し、感心してしまっていると、工藤さんの鋭い怒号が飛んだ。

「はぁ、はぁ……カオリ、感心している場合か!」

工藤さんは、充血した目を険しく細め、私を庇うように立ち塞がった。

「このままだと、雪乃は私を倒し、後ろにいるお前にまで迫って来るんだぞ。お前も早く、臨戦態勢に入れ!」

「っ! はい!」

工藤さんの言葉で、私はハッと我に返り、ブーツを脱いだストッキングの足裏で強く床を踏みしめた。

しかし、私たちが体勢を立て直そうとした、その一瞬の隙。

「……!」

雪乃さんの姿が、フッと視界からブレて消えた。

ヒールの音が全くしない。

先ほど渡辺姉妹やキララさんが見せた、あの幻惑的な究極の隠密歩行。

彼女はすでに、工藤さんのクリティカル距離を『シャドウウォーク』で完全にすり抜け、工藤さんの手が届くほどの『至近距離』にまで肉薄していたのだ。

「わが師、来夏様。……せめて、この奥義で終わりとさせていただきます」

雪乃さんのスモーキーな瞳が、哀しみと決意を込めて工藤さんを至近距離から見据える。

そして、雪乃さんはライダースジャケット……いや、今はキララさんの着ていたノースリーブニットの背中に隠し持っていた『あるもの』を取り出した。

それは、黒檀のように禍々しく黒光りする、一本のお香だった。

(カオリの心:あれは……『神の脚』!? でも、工藤さんが持っていた神の脚のお香は、ピンク色の煙と光を放つものだったはず。雪乃さんが持っているのは、それとは違う、全てを飲み込むような真っ黒な……『黒い神の脚』!)

雪乃さんは、その黒い神の脚に火をつけると、至近距離から一気にその黒い煙の渦を纏い始めた。

「奥義『ダークアロマフュージョン』!!」

工藤来夏さんの最大奥義『アロマフュージョン』は、視覚のノイズを完全に消し去る『清流の歩』から繰り出される、光と香りの融合だった。

しかし、雪乃さんが放ったのは、影に潜む『シャドウウォーク』から繰り出される、漆黒の煙と狂気の骨格操作が融合した、文字通り闇の奥義。

黒い神の脚の暴虐な香りと、ボルドーがかった五デニールの美脚が、工藤さんの至近距離で融合する。

七億越えの師と、一億の弟子。

静森町の地下深く、哀しき決着の黒い煙が、二人を完全に包み込もうとしていた。

(境界線上の視線・「偽りの春編」静森の章・第九十九話:骨格の魔術師と、日常の簒奪 了)

本作に登場する人物、団体、地名、事件等はすべて架空のものであり、フィクションとしてお楽しみください。実在のものとは一切関係ございません。また、本作はAIとの共同作業により制作されました。

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