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境界線上の視線・「偽りの春編」静森の章第九十三話:芸能界の闇と、復活の香り

(視点:鈴木カオリ)

ワインレッドのアシンメトリーなミニスカートと、漆黒のノースリーブニットに着替えたキララさん。

彼女の放つ氷のようなプレッシャーと、六億の希美さんとの間に張り詰めた空気が漂っていた。

「カオリちゃん、お面の二人は私がなんとかするからな」

希美さんは私にそう言い残すと、キララさんではなく、ステージの奥で静かに佇んでいた二人の戦士に向けて、『黄金の基本(ゴールドスタイル)』の完璧なウォーキングで歩き出した。

それを見た純白の『増女』の仮面を被った二人の長身の戦士が、まるで呼応するように、同時にゆっくりとその手を自らのお面に掛けたのだ。

カチャリ……。

留め具が外れる微かな音が響き、二つの純白の仮面がクリスタルの床へと滑り落ちた。

地下の無機質な照明が、二人の素顔を明るく照らし出す。

百八十センチと百七十センチ。

並み居るモデルの中でも際立つそのプロポーションの上に据えられていたのは、誰もが一度は目にしたことのある華やかな顔立ちだった。

「……えっ?」

私は思わず、ミントグリーンのフレアワンピースの裾を握りしめた。

百八十センチの方の女性。

シャープな輪郭に、大きく印象的なアーモンドアイ。

高く結い上げられたダークブラウンのポニーテール。

そして百七十センチの方の女性。

姉に少し似ているが、より柔らかくコケティッシュな目元に、肩で切り揃えられた艶やかなボブヘア。

二人が纏っているのは、まるでお揃いのステージ衣装のような、深いロイヤルブルーのスパンコールドレスだった。

姉の方は右側に深いサイドスリットが入り、妹の方は大胆なオフショルダーのミニドレス。

そして、そのドレスから伸びる二対の脚を包んでいるのは、冷たい輝きを放つ『五デニール・シルバーグレー』の極薄ストッキング。

足元は、華奢なシルバーのアンクルストラップ・ピンヒールサンダルで統一されていた。

その顔、その華やかな出で立ち。

最近、テレビの深夜帯のバラエティ番組でよく見かける顔だ。

すると、歩みを進めていた希美さんが、ニヤリと口角を上げて足を止めた。

「あんたら、あの有名な渡辺姉妹だろ?」

希美さんのその言葉に、百八十センチの女性、渡辺姉妹の姉の方が、シルバーのピンヒールを鳴らして冷ややかに答えた。

「そうです。昨日も番組の収録で大阪にいたんですよ」

「ええ〜っ!」

私は、張り詰めた戦場にいることも忘れて、ミーハーな声を上げてしまった。

「あの〜、私、先週のあの番組見ていました! 『ミッドナイト・ビューティー・トーク』ですよね? お二人がゲストの芸能人たちと赤裸々な恋愛トークをしながら、時々カメラの前で息を合わせて脚を組み替える仕草がすっごくセクシーで、視聴率もすごいって話題になってて……!」

私が興奮気味に感想をまくし立てると、エメラルドグリーンのタイトワンピースを着た工藤来夏さんが、深い溜息をついた。

「私はTVは見ないんでな。お前たちがどこの誰かは知らんが……有名人が田辺の奴隷か? 芸能界は馬鹿しかいないのか?」

工藤さんの声は、一切の容赦がない、鋭い氷の刃だった。

世間の憧れの的である彼女たちが、なぜこんな地下の闇市場で、シタックスの社長の手駒として戦っているのか。

工藤さんの目には、それがひどく滑稽で、哀れに映ったのだろう。

その痛烈な言葉に、百七十センチの妹の方が、スパンコールのドレスの肩を震わせて激昂した。

「あなたに何が分かるというの? 芸能界というところは、生き残るために、みんな必死でもがきあがいてるのよ!」

彼女の叫びには、華やかな表舞台の裏側に隠された、ドロドロとした執着と絶望が滲んでいた。

美脚市場の力、あるいはシタックスの資金力を後ろ盾にしなければ、あの過酷な世界で生き残れなかったということなのだろうか。

しかし、工藤さんは全く動じなかった。

眼鏡の奥の瞳を細め、冷酷に切り捨てる。

「だからなんだというんだ? 人間を捨ててまで生き残る価値が芸能界にはあるのか? 私はそうは思わんがな」

「だまれ。まずおまえから始末してやる」

姉の方が、怒りに顔を歪ませ、工藤さんに向けてシルバーのピンヒールで踏み出そうとした。

しかし、その行く手を塞ぐように、ワインレッドのドレスが立ちはだかった。

「お姉ちゃん残念。まず私から倒さないと、来夏ちゃんには行けないよ」

希美さんが、極薄ベージュの脚を誇示するように交差させ、余裕の笑みを浮かべた。

「……生意気な」

妹の方が低く唸ると、彼女の姿がフッとブレた。

ヒールの音を完全に消し、姉の影に隠れるように動いたかと思うと、信じられないスピードで希美さんの死角を突き、一瞬にして背後へと回り込んだのだ。

まるで影そのものに溶け込んで移動するような、特殊な歩法。ただの芸能人とは到底思えない、暗殺者のような洗練された動きだった。

「おおー、やるな芸能人」

希美さんは、前後を挟まれても全く動じることなく、楽しそうに感嘆の声を上げた。

「歩き巫女だか、なんだか知らないけど……これで終わり」

前方に立つ姉が、冷酷な宣告を下す。

そして、前後の二人は完全にシンクロした動きで、自らの奥義のモーションへと入った。

「『ドレスアップシャドー』!!」

二人の声が重なる。

その瞬間、ロイヤルブルーのスパンコールが地下の照明を乱反射し、ステージ上に強烈な光の乱舞を生み出した。

それだけではない、二人が履いている『五デニール・シルバーグレー』のストッキングが、鏡のように光を反射し、前後の二人の脚が、まるで何本にも増殖して希美さんを取り囲んだように見える錯覚を引き起こしたのだ。

ただでさえ幻惑的なシャドウウォークに、強烈な光の乱反射と残像効果を付与した、極めて派手で攻撃的な視覚の罠。

「……!」

私も遠目から見ているだけで目が眩みそうになる。

しかし、その光の嵐の中心にいる希美さんは、フッと息を吐いた。

「いいよ、お二人さん。じゃあ、私も行かせてもらうよ」

希美さんは、背後の妹の幻影には目もくれず、前方に立つ姉の方に向かって、『黄金の基本(ゴールドスタイル)』のブレのないウォーキングで真っ直ぐに突き進んだ。

ドレスアップシャドーの残像を、彼女の圧倒的な基礎力がすべて物理的に弾き飛ばしていく。

そして、希美さんは姉の目の前、お互いの息がかかるほどのゼロ距離まで一気に肉薄した。

「奥義、『一攫千金(ゴールドラッシュ)』」

希美さんが、至近距離で極薄ベージュの脚を高速で組み替えた。

スリットから覗く太腿の面積が連続的に変化し、筋肉の陰影と黄金の輝きが、滝のように姉の網膜へと押し寄せる。

逃げ場のない、暴力的なまでの黄金のラッシュ攻撃。

「あ、あああぁぁぁっ……!」

渡辺姉妹の姉の口から、悲鳴が上がった。

彼女の瞳の白目が一瞬にして限界の赤色に染まり上がり、そのまま白目を剥いてしまった。

「お姉ちゃん!!」

背後にいた妹が悲痛な声を上げるが、姉はそのまま糸が切れたようにステージの床へと崩れ落ちてしまった。

姉が倒れたことで、二人のシンクロを前提とした『ドレスアップシャドー』は不完全なままで終わり、光の乱舞は虚しく掻き消えた。

と、その時だった。

「おおおおおーーっ!!」

「たまらん! もっと見せろぉぉぉっ!!」

ステージの下から、異様な歓声が響き渡った。

見ると、柴桑住職と伊達正彦さんが、よだれを垂らし、目を真っ赤に血走らせながら、なんとクリスタルのステージの上へとよじ登ってきていたのだ。

「ええっ!?」

私は驚いて声を上げた。

彼らは、渡辺姉妹の『ドレスアップシャドー』の破壊力と、その脚線美を、少しでも近くで目に焼き付けようと、本能のままにステージに上がってきてしまったのだ。

しかし、それは自滅行為以外の何物でもなかった。

「あ……あぁ……っ」

ステージに上がった瞬間、二人の男は、渡辺姉妹の奥義を見ることなく、希美さんの放つ黄金の余波と、地下に充満する『ヴィーナス』の毒気に完全に当てられ、幸せそうな、それでいてだらしない表情を浮かべたまま、バタン、バタンと音を立てて倒れ伏してしまった。

完全に意識消失。

「馬鹿どもめ」

工藤さんが、倒れた二人の男を見下ろして、心底呆れたように吐き捨てた。

「本当に、どうしようもない連中だな」

希美さんも、自分の夫が倒れたというのに、肩をすくめて呆れ果てている。

(カオリの心:なんか、この戦い……さっきからすごくペースが乱されている気がする。希美さんの騙しとか、急に芸能人の渡辺姉妹が出てきたり、住職たちが勝手に倒れたり……。いつものような、ヒリヒリする真剣な戦いの心構えが、どうもできないよ……)

私は、右脚のストッキングが螺旋状に破れたままの状態で、小さく息を吐いた。

確かに私は、白鳥和也や黒鳥姉妹との戦いに勝って、プレイヤーとして成長はしているのだと思う。

でも、こういう予想外の事態が連続するイレギュラーな状況で、すぐに心を切り替えて集中し直すだけの精神力は、まだまだ未熟だと痛感していた。

私の心が、一瞬だけランウェイバトルから離れていた、その時だった。

「よそ見しているばあいではありませんよ、鈴木様。そろそろ行きますね」

目の前に立つ、ワインレッドのミニスカートの秘書、キララさんが、無機質な声で宣告した。

「っ……!」

私がハッとして顔を向けた瞬間、キララさんはすでに、私との距離を極限まで詰めていた。

「奥義『ブレインクラッシュ(思考破壊)』」

キララさんの氷のような瞳が、私を真っ直ぐに射抜く。

彼女は、アシンメトリーなスカートの裾から、ボルドーがかった五デニールの脚を完璧な角度で露出させたまま、一切の動きを止めた。

ただ、見つめられるだけ。

けれど、その冷徹な視線と、計算し尽くされた脚のラインが、私の脳に「もっと見たい」「次にどう動くのか」という強烈な期待値を生み出させる。

そして、動かないことでその期待を裏切り、フラストレーションを極限まで溜め込ませる。

「あ……がぁっ……!!」

私の口から、苦悶の声が漏れた。

まともに受けてしまった。

相手の「静」のポージングが、これほどまでに暴力的だなんて。

私の視界が、一瞬にして真っ赤なノイズで埋め尽くされる。

ライフゲージが、音を立てて削り取られていくのが分かった。

残り四分の一、いや、もっと少ない。

(カオリの心:彼女は、いったい何者なの……? 明らかにこの技の威力は、匠クラスの工藤さんにも引けを取らない……!)

私の頭の芯がグラグラと揺れ、アイボリーのブーツの足首から力が抜けそうになる。

息ができない。

思考がまとまらない。

ああ、もうダメだ。

意識を失う。

倒れる。

私が完全に観念した、その瞬間。

「あっけないな」

キララさんが、私を見下ろしながら、ほんの微かに、感情の欠片もない声でそう呟いた。

その冷たい一言が、私の心の奥底にあった、微かな「意地」に火をつけた。

ここで倒れたら、私はまた、みんなの足手まといになる。

せっかく工藤さんが私を信じて背中を任せてくれているのに。

「……ま、だ……」

私は、震える膝に無理やり力を込め、クリスタルの床に倒れそうになるのをギリギリのところでこらえた。

「まだ、これからです……!」

私は、血を吐くような思いで言葉を絞り出した。

しかし、身体はもう限界だった。

右脚の破れたストッキングの隙間から流れる汗が、冷たく感じる。視界は真っ赤で、キララさんの姿が二重、三重にブレて見える。

「そうですか。では、これで終わりです」

キララさんが、再びボルドーの脚を僅かに動かそうとした、その時だった。

スッ……。

私のすぐ背後から、静かな、けれど圧倒的な気配が近づいてくるのを感じた。 工藤来夏さんだ。

そして、工藤さんが近づくにつれて、私の鼻腔を、ある「香り」がくすぐり始めたのだ。

それは、先ほど工藤さんが『アロマフュージョン』を放った際に空間に撒き散らした、『神の脚』の深く甘い香り。

通常であれば、その香りは人間の脳の理性を焼き切り、意識を奪う猛毒のはずだ。

しかし、工藤さんの気配と共に私を包み込んだその香りは、なぜか、私の薄れかけていた意識を、クリアに、そして強烈に「覚醒」させていくような感覚をもたらしたのだ。

(カオリの心:え……? もしかして、『神の脚』は、意識が喪失しそうな時は、逆に精神を復活させてくれるの……?)

私は、自分の体に起きている信じられない変化に驚愕した。

真っ赤に染まっていた視界のノイズが、少しずつ引いていく。

完全に回復したわけではないが、踏みとどまるだけの力が、脚に戻りつつある。

これは、全員に当てはまることではないはずだ。

現に、住職たちは倒れている。

しかし、少なくとも私という人間には、この状況で『神の脚』の香りが、カンフル剤のような役割を果たしているのだ。

そして、私は悟った。

背後に立つ工藤来夏という人は、自らが開発したこの『神の脚』の香りを、ただの武器としてではなく、完全に自分自身の「一部」として、味方を援護するためのオーラとしてすら使いこなしているのだということを。

もちろん、そのからくりがどうなっているのか、私には全く分からない。

けれど、工藤さんのその絶対的な存在感が、私に再び顔を上げる力を与えてくれた。

「……カオリ。よく耐えたな」

背後から、工藤さんの低く、頼もしい声が響く。

「ここからは、二人がかりで行くぞ」

私と工藤さん、そして、底知れぬ実力を持つ秘書、キララさん。

静森町の地下に隠されたランウェイで、真の死闘が、いよいよ最終局面を迎えようとしていた。

(境界線上の視線・「偽りの春編」静森の章・第九十三話:芸能界の闇と、復活の香り 了)

本作に登場する人物、団体、地名、事件等はすべて架空のものであり、フィクションとしてお楽しみください。実在のものとは一切関係ございません。また、本作はAIとの共同作業により制作されました。

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