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境界線上の視線・「偽りの春編」静森の章第百十一話:天使の降臨と、絶対者の遊戯

(視点:渡辺菜々)

五億の創薬研究員、渡辺蜜柑。

彼女が至近距離で放とうとした、血のように赤く、そして濡れて輝くオレンジ色の悪魔の造形奥義『ブラッドヴィーナス』。

それが、私の目の前で、完全にフリーズして止まっていた。

その強烈な視覚的暴力を正面から受け止め、そして見事に跳ね返したのは、K-POPアイドルを夢見る未成年の少女、美桜ちゃんだった。

黒のレザーショートパンツと、白いクロップドブラウス。

五デニールのヌードベージュに包まれた健康的な長い脚が、ストリートダンスで鍛え上げられた鋭くキレのある動きで折り曲げられ、複雑に交差している。

つい数分前に私のお姉ちゃんがやってみせた防御系奥義『サーバーダウン(処理遅延の盾)』の、ダイナミックで独自のアレンジを加えた完全なトレース。

美桜ちゃんのその幾何学的な脚のシルエットが、蜜柑さんの脳内OSに致命的な情報量のオーバーフローを引き起こし、彼女を完全な処理遅延の泥沼へと突き落としたのだ。

「……あ……がぁ……っ、くそ、カウンター……だと!?」

数秒の沈黙の後、ようやく再起動した蜜柑さんが、ダークチェリーの唇を歪ませ、頭を抱えて低く唸った。

彼女のキャットアイの白目には、強烈なフラストレーションと処理落ちによる赤い充血の糸が、無数に走っている。

「すごいよ、美桜ちゃん……!」

私は、背後でへたり込みそうになるのを必死に堪えながら、震える声で感嘆を漏らした。

(菜々の心:本当にすごい。あの五億の怪物の奥義を、素人の女の子が……ただのダンスの経験と『絶対になりたい』っていう夢への執念だけで跳ね返しちゃうなんて。この子には、私たちみたいな薄汚れた大人が失ってしまった、純粋な光のポテンシャルがあるんだわ……)

私が心からの称賛を送ると、美桜ちゃんは複雑に交差させていた脚をスッと解き、黒のレースアップショートブーツで床を踏みしめて、少しだけ恥ずかしそうに振り返った。

「あ、ありがとうございます……!」

美桜ちゃんの額には汗が浮かんでいたが、その表情には、恐怖を乗り越えた者だけが持つ、清々しい達成感が満ちていた。

しかし、その和やかな空気を、蜜柑さんの苛立たしげな声が切り裂いた。

「あー、くそっ! どうすんだよこれ。あの素人のわけわかんねぇポーズのせいで、少し削られたな……ライフゲージがよう!」

蜜柑さんは、ブラッドオレンジのストッキングに包まれた太腿を乱暴に叩き、忌々しそうに自身の目の周りを擦った。

彼女のライフゲージは、まだ余裕があるとはいえ、素人にカウンターを食らったという事実が、五億のプライドを酷く傷つけたのだろう。

蜜柑さんは、ステージの下で純白のコートドレスを纏って静観している双子の姉、恋音さんに向かって、声を張り上げた。

「おい、恋音! めんどくせぇから、お前も上がって来いよ! 二人でさっさとこいつらを潰すぞ!」

蜜柑さんの要求。

もし、あの氷のように冷徹な五億の姉までステージに上がってくれば、今度こそ私と美桜ちゃんは完全に終わる。

私は息を呑んで、フロアの恋音さんを凝視した。

しかし、恋音さんはアイスブルーのストッキングの脚を完璧に揃えたまま、微動だにせず、冷ややかに妹の要求を切り捨てた。

「あなただけでなんとかしなさい、蜜柑。……あまりここで騒ぎを起こしてうるさくすると、『姫様』がこちらの騒ぎに気づかれる可能性があります」

「は……?」

蜜柑さんが、不満げに眉をひそめた。

私は、恋音さんの口から出た予想外の単語に、思わず聞き返してしまった。

「姫様……?」

教団という怪しげなカルト組織に、「姫」と呼ばれる存在がいる?

私の疑問に答えたのは、ステージの上でイライラと黒のショートブーツの踵を鳴らしていた蜜柑さんだった。

「ああ、白鳥月姫(しらとり かぐや)様だ」

「白鳥……月姫様?」

私がその名前に首を傾げていると、私の隣で警戒を解いていなかった美桜ちゃんが、突然、弾かれたように息を呑んだ。

「えっ……!? あ、あの月姫様……ですか? 教団の『奇跡の象徴』と言われている……今日、ここに来ていらっしゃるのですか!?」

美桜ちゃんの声は、驚きと、そしてどこか畏怖のような感情で震えていた。

「ああ。姫様は、今日ここにおいでだ」

蜜柑さんが、不機嫌そうに吐き捨てる。

私は美桜ちゃんの反応を見て、ますます混乱した。

どうやら、この静森町の若い世代や、教団と少しでも関わりのある人々の間では、「白鳥月姫」という名前は絶対的なタブーであり、同時に神聖な存在として広く知れ渡っているらしい。

恋音さんが、フロアから静かに、そして極めて厳粛な声で補足を加えた。

「普段は、その尊いお姿を一般の信者の前に見せることもほとんどない、教祖様から最も大事にされているお方です。まさに深窓の姫君。……なのですが、昨今のこの静森の状況に異変を感じられ、今日は特別に、この教団本部の施設においでになられているのです。万が一、姫様の身になにかあれば……教祖様は、どれほど悲しまれるか分かりません」

恋音さんのその言葉には、五億の創薬研究員としての冷徹さはなく、ただ教団のトップに対する狂信的なまでの忠誠と畏れが滲み出ていた。

「静森の異変……? それは、どういう状況なのですか?」

私は、エンジニアとしての探究心と、この町の異常な空気の正体を知りたくて、思わず問い返していた。

すると、蜜柑さんが鼻で笑い、キャットアイの瞳で私を睨みつけた。

「お前らみたいに、教団に対して異を唱える奴ら……教団のシステムや美脚市場の秩序を引っ掻き回す、うっとうしいネズミどもが、ここ数日で急に増えてきている状況だってことだよ。……あいつらとか、お前らとかな」

あいつら。

おそらく、あの2人のことだろう。

アジトにも仲間がいるのだろう。

彼女たちがこの町に入り込んでから、地下施設での戦闘が相次ぎ、教団の上層部もその対応に追われているに違いない。

「……私は、別にここに来たくて来たわけじゃありません!」

私は、怒りと理不尽さを抑えきれず、エメラルドグリーンのミニドレスの裾を握りしめて言い返した。

「ただ、美桜ちゃんがそこの路地裏で、あなたたちの部下の三人組に謂れのない侮辱を受けて……それを見たお姉ちゃんが憤慨して、仕方なく売られた喧嘩を買ってここにいるだけです! この町をおかしくしているのは、裏でこんな処刑場を作って人を操っている、あなたがた教団の方なのではないですか!?」

私の叫びは、地下の広大なスタジアムに虚しく響いた。

蜜柑さんは、私の抗議を聞いても全く悪びれる様子はなく、むしろ馬鹿にしたように肩を揺らして笑った。

「うるせぇ。私じゃねーからな、そいつらに絡んだのは。そこの下にいる、こいつらみたいにリテラシーの低い底辺の奴らと、私たち研究員を一緒にするんじゃねーよ」

蜜柑さんは、ステージの下にいる三人の下っ端教団員たちを、ピンヒールのつま先で指すような仕草をした。

「それに、お前の姉ちゃんも、いざステージに上がったら、血に飢えた獣みたいに私に襲いかかってきたじゃねーかよ。どっちもどっちだろ」

蜜柑さんの痛烈な反論。

確かに、姉さんはヴィーナスを打った後、完全に戦闘モードに入り、狂気的なスピードで蜜柑さんを仕留めようとしていた。

そして、トラップの霧を浴びて、今はステージの奥でピクリとも動かなくなっている。

私は、倒れているお姉ちゃんの方をチラリと見て、深く息を吐き出した。

(菜々の心:……これ以上、ここでこの人たちと意地の張り合いをしても意味がない。私たちには、あいつらのアジトに行ってキララを回収するっていう、本来の目的があるんだから。それに、五億の二人が本気になったら、いくら美桜ちゃんが機転を利かせても、次は絶対に凌ぎ切れない。……ここは、引くのが一番賢い選択だわ)

私は、エメラルドグリーンのドレスの背筋を伸ばし、できるだけ冷静な声を作って提案した。

「……姉の事は謝ります。私たちが少し熱くなりすぎました。……ですので、このランウェイバトルは、ここで終了しませんか?」

私の突然の停戦の提案に、蜜柑さんは怪訝そうに眉をひそめた。

「あぁ?」

しかし、フロアにいる純白のコートドレスの姉、恋音さんが、すぐに私の提案に乗ってきたのだ。

「そうですね。……お互いに、ある程度の実力は見せ合い、気が晴れたことでしょう」

恋音さんは、アイスブルーのストッキングの脚を優雅に揃え、妹を諭すように言った。

「これ以上、ここでうるさくバトルを続けて大技を放ち合えば、本当に姫様がこちらの騒ぎの存在に気づかれるかもしれませんね。……それは、私たちにとっても本意ではありません。ここは、痛み分けということで、終わりにしましょう」

恋音さんは、冷徹な計算で損得を測っていた。

得体の知れない素人の反撃に遭い、これ以上時間をかけて姫様の逆鱗に触れるリスクを背負うよりも、ここで何事もなかったかのように処理する方が、教団の幹部として賢明だと判断したのだ。

「蜜柑。あなたも、もう気が済んだでしょう? そちらの姉の和香さんも、あなたの奥義で、もう意識はないのですから。あなたの実力は十分に証明されました」

恋音さんのその言葉は、蜜柑さんの五億のプライドをうまくくすぐるものだった。

「……ちっ。まぁ、そうだな」

蜜柑さんは、少し不満そうに舌打ちをしながらも、ブラッドオレンジの脚の構えを解いた。

「あいつ(和香)は沈めたし、私もこれで気が済んだしな。……素人のダンスに少し驚かされたけど、次やったらお前ら、絶対に生かして帰さないからな」

蜜柑さんは、私と美桜ちゃんに向かって鋭く凄んで見せると、黒のレザーショートブーツで床を蹴り、ステージから降りるために歩き出した。

「ふぅ……」

私は、心の中で安堵の特大の溜息をついた。

なんとか、最悪の事態は避けられた。

「良かったです、お二人とも、理解のある方々で。……では、私たち三人は、これで帰らせていただきます」

私は、恋音さんと蜜柑さんに向かって小さく頭を下げた。

そして、隣で強張っていた美桜ちゃんの肩を優しく叩いた。

「行こう、美桜ちゃん。……姉さんは、私がなんとか担いでいくから。少し手伝ってくれる?」

「はい! もちろんです!」

美桜ちゃんが、力強く頷いてくれた。

私たちは、ステージの奥でピクリとも動かないお姉ちゃんの元へ駆け寄り、その重い身体を二人で両脇から抱え起こそうとした。

ロイヤルブルーのスパンコールドレスが重く、姉の腕は力なくダラリと垂れ下がっている。

「よいっ、しょ……お姉ちゃん、しっかりして……」

私が、アイボリーのブーツで踏ん張りながら、姉の身体を半分浮かせた、まさにその時だった。

ギィィィィィ……ッ。

静まり返っていた巨大な地下空間に。

私たちが下りてきたのとは全く別の、ステージの最奥の壁に設置されていた、豪奢な装飾が施された両開きの扉が、ひどく重々しい音を立てて開かれ始めたのだ。

「えっ……? 誰?」

私は、姉を抱えかけたまま、その扉の方へと視線を向けた。

蜜柑さんも、フロアの恋音さんも、一斉に動きを止めてその扉を凝視している。

「……まさか」

恋音さんの、いつもは氷のように冷徹な声が、信じられないほどに震えていた。

その切れ長の瞳が、恐怖と畏敬の念で限界まで見開かれている。

「ひ、姫、様……?」

その言葉が地下空間に響いた瞬間。

開かれた扉の奥から、圧倒的な、息を呑むような「純白の光」が溢れ出してきた。

「あ……」

私の口から、言葉にならない吐息が漏れた。

そこから歩み出てきたのは、まさに『天使』と呼ぶにふさわしい、神聖で、そして狂気的なまでの美しさを纏った一人の女性だった。

年齢は、おそらく二十四、五歳くらいだろうか。

身長は百七十六センチほど。

私よりも遥かに背が高く、どこかガラス細工のように儚げでありながらも、洗練された女性の印象を与える体つき。

しかし、そのしなやかな身体から放たれるオーラは、五億の恋音さんや蜜柑さんすらも足元にひれ伏させるほどの、絶対的な『神性』と『重圧』を伴っていた。

腰まで届く、透き通るようなプラチナブロンドのロングウェーブヘアが、歩くたびにフワリと宙を舞う。

彼女が身に纏っているのは、純白のシフォン素材で作られた、ふんわりとしたAラインのワンピース。

背中には、まるで本物の天使の羽を模したかのような、繊細な白いレースの装飾が施されている。

そして、ふわりと広がる純白のワンピースの裾から伸びる、彼女の二本の脚。

それは、五デニールの『パールホワイト』の極薄ストッキングに包まれていた。

真珠のように上品な光沢を放つその白は、彼女の人間離れした透き通るような肌と完全に同化し、地下の無機質な照明を神々しい後光のように反射している。

足元に履いているのは、ガラスの靴を思わせるような、透明なクリア素材と純白のエナメルで作られたプラットフォームパンプス。

カツン……、カツン……。

華奢なヒールがクリスタルの床を叩くたびに、周囲の空気が彼女の存在に合わせてひれ伏していくような錯覚に陥る。

「ひ、姫様……!!」

恋音さんと蜜柑さんが、慌ててその場に膝をつき、深く頭を垂れた。

五億の怪物たちが、一切の抵抗もせずにひれ伏す存在。

白鳥月姫。

教団の奇跡の象徴であり、最も神聖なる絶対者。

月姫様は、膝をつく二人には目もくれず、真っ直ぐにステージの上、私と美桜ちゃんが姉を抱えようとしている場所へと向かって、ゆっくりと歩みを進めてきた。

そのプラチナブロンドの髪の下から覗く、吸い込まれるような蒼い瞳が、私を射抜く。

感情が一切読み取れない、ただ純粋な無垢さと、それゆえの残酷さを秘めた瞳。

「あ……ぁ……」

私の足から、完全に力が抜けそうになった。

逃げ出さなければいけないのに、彼女のパールホワイトの脚と、その人間離れした美貌から目が離せない。

ヴィーナスの影響だろうか?

彼女の存在そのものが、脳の理性を根こそぎ奪い取ろうとする猛毒のような引力を持っていた。

月姫様は、私からわずか数メートルの距離でピタリと歩みを止めた。

純白のシフォンワンピースが、ふわりと揺れて静止する。

彼女は、倒れている姉と、震える私、そして美桜ちゃんを、まるで面白いおもちゃを見つけた子どものような目で無邪気に見つめ下ろした。

そして、静かな地下空間に、鈴を転がすような、けれど絶対に逆らうことのできない、冷たく澄んだ声が響き渡った。

「続けなさい」

そのたった一言が、私たちの停戦の安堵を完全に打ち砕いた。

「え……?」

私が絶句する。

月姫様は、蒼い瞳をわずかに細め、残酷で、無邪気な微笑みを浮かべて宣告した。

「そして、私を楽しませなさい」

それは、神が下した絶対の遊戯の命令。

静森町の地下、巨大なスタジアム。

反逆のロイヤルブルーと、五億の創薬研究員、そして奇跡の天使。

私たちの命を懸けた狂気のランウェイは、終わるどころか、最も恐ろしく、最も美しい絶対者の目の前で、再び強制的に幕を開けようとしていた。

(境界線上の視線・「偽りの春編」静森の章・第百十一話:天使の降臨と、絶対者の遊戯 了)

本作に登場する人物、団体、地名、事件等はすべて架空のものであり、フィクションとしてお楽しみください。実在のものとは一切関係ございません。また、本作はAIとの共同作業により制作されました。

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