見出し画像

境界線上の視線・「偽りの春編」静森の章第百十話:血のカウンターと処理遅延の盾、アイドルの模倣

(視点:渡辺菜々)

地下の巨大なスタジアム。

純白のクリスタルのランウェイステージで、私は震える指先をスマートフォンに滑らせていた。

画面に表示された複雑な波形グラフと、教団の禁断のアプリ『ヘルツ』をハッキングして抽出した周波数コントロール・インターフェース。

私はそれを操作し、完全に自我を失ってリミッターが外れた姉こと、和香(わか)に、真っ直ぐに命令の周波数を送信した。

狙うは、ステージの中央に立つ五億の怪物、創薬研究員の渡辺蜜柑(みかん)。

(菜々の心:……あとで、お姉ちゃんが意識を取り戻した時、多分体中が痛くなっているはず。。。ごめんね。)

リミッターを外した肉体の酷使は、筋肉や靭帯にどれほどのダメージを残すか、エンジニアである私には痛いほど分かっていた。

けれど、今はこうするしか、五億の圧倒的な力に対抗する術がないのだ。

「さあ、反撃の開始です。……お姉ちゃん、やっちゃって!」

私がスマートフォンのボリュームスライダーを微かに押し上げると、スピーカーから発せられる不協和音スレスレの呪術的なピアノの旋律が、一段階ピッチを上げた。

「あ……あぁ……」

深紅(クリムゾンレッド)のアシンメトリーなタイトドレスに身を包んだお姉ちゃんの身体が、ビクッと大きく跳ねた。

白目を真っ赤に充血させ、口からうっすらと涎を垂らしたままのゾンビ状態。

しかし、その動きは決して鈍重なものではなかった。

ドンッ!!

黒のエナメル・ポインテッドトゥパンプスのヒールが、クリスタルの床を爆発的な力で踏み砕くように蹴り上げた。

「はっ……!?」

余裕の笑みを浮かべていた蜜柑の表情が、初めて微かな驚愕に歪んだ。

お姉ちゃんは、私たちが血のにじむような努力で身につけた隠密歩行、『シャドウウォーク』の体勢へと移行した。

しかし、それは通常のシャドウウォークとは次元が違っていた。

自我による恐怖や肉体の防衛本能といった「ブレーキ」が完全に破壊されているが故に生み出される、純粋な加速。

関節の可動域の限界を無視した、あり得ないほどの前傾姿勢。

ヒールの音は完全に消え、深紅のドレスと五デニールの『シアーブラック』の脚が、残像すらも置き去りにするような凶悪なスピードとキレで、クリスタルの上を滑るように進んでいく。

「ちっ……速いな!」

蜜柑さんが、黒のタイトなレザースカートの裾を翻して身構えた。

お姉ちゃんはすでに、蜜柑さんの死角をすり抜け、彼女の最も警戒すべき『至近距離』へと一瞬で肉薄していた。

自我なきシアーブラックの脚が、蜜柑さんの視界の端で無軌道に交差する。

予測不能なその動きは、五億という数字の防御力を持つ蜜柑の脳にも確実なダメージとして蓄積していく。

蜜柑さんのキャットアイの白目に、じわじわと赤い充血の糸が走り始め、彼女のライフゲージが少しずつ、しかし確実に削られていくのが分かった。

「……ふ。だが、この時を待っていたんだぜ」

しかし、蜜柑さんは後ずさることなく、ダークチェリーの唇を不敵に歪めて笑った。

彼女は、ショート丈の白衣ジャケットをバサリと広げ、自らの五デニールの『ブラッドオレンジ』のストッキングに包まれた脚を、極限まで大きく前後に開いたのだ。

「カウンター奥義『ブラッド(血)ヴィーナス』!!」

蜜柑さんの凛とした声が響く。

その瞬間、彼女のブラッドオレンジのストッキングに異変が起きた。

ナイロン繊維の間にマイクロカプセル化されて練り込まれていた『ヴィーナス』の原液成分。

それが、彼女自身の急激な筋肉の収縮と摩擦熱によって一気に活性化し、ストッキングの表面から、まるで沸騰した血液のように赤黒いオーラを放ち始めたのだ。

さらに、前後に大きく開かれた脚のラインが、見る者の心臓の鼓動と完全にシンクロするような視覚的な『脈動』を生み出す。

獲物を捕食するために大きく口を開けた食虫植物のように、逃げ場のない妖艶で危険なポージング。

至近距離でこれを浴びれば、いかにリミッターが外れたゾンビ状態であっても、脳の深層に焼き付く過剰な快楽によって完全にショートし、今度こそ肉体ごと崩れ落ちてしまう。

それが、五億の創薬研究員が放つ、血と毒のカウンター奥義。

「……なにっ?」

ステージの端でその光景を見ていた純白のコートドレスの姉、恋音(れもん)が、勝利を確信したような声を漏らすよりも早く。

私は、スマートフォンの画面をタップし、周波数の波形を一気に「防御プログラム」へと切り替えた。

「それすらも、読んでいるんですよ」

私は、冷徹なエンジニアとしての顔で言い放った。

「防御系奥義『サーバーダウン(処理遅延の盾)』!!」

ポロロン、ロン……!

私のスマートフォンから発せられた新たな周波数の命令を受信したお姉ちゃんは、蜜柑さんの『ブラッドヴィーナス』が完成するまさにその直前、一切逃げることなく、その場でピタリと動きを止めた。

そして、彼女は両脚を、常人では絶対に不可能な、極めて複雑で幾何学的な形に交差させたのだ。

深紅のドレスの深いサイドスリットが限界まで開き、五デニールのシアーブラックに包まれた脚が、信じられない角度で折り曲げられ、重なり合う。

ドレスの生地のひだ、ストッキングのシアーな透け感、そしてエナメルパンプスの鋭いヒールのライン。

それらが一つに組み合わさった瞬間、お姉ちゃんの下半身に浮かび上がったのは、美しいポージングなどではなく、まるで『複雑に暗号化されたQRコード』や、『無限に続くフラクタル図形』のような、緻密すぎる無数の「視覚的ノイズ」の塊だった。

自我がないからこそ、美しさという概念を完全に放棄し、ただプログラムされた幾何学模様を肉体で構築することができる。

「な、なんだこれは……!?」

蜜柑さんのキャットアイが、驚愕に大きく見開かれた。

彼女の奥義『ブラッドヴィーナス』の視覚的暴力が、お姉ちゃんの脚が作り出したその異常な幾何学模様と衝突したのだ。

その瞬間、蜜柑さんの脳に起きたのは、快楽ではなく、極度の「エラー」だった。

人間、とりわけ美脚市場のプレイヤーの脳は、相手の脚のシルエットを見た瞬間、無意識にその「美しさ」を解析しようとする。

しかし、お姉ちゃんが提示した『サーバーダウン』のポージングは、情報量が異常に多すぎた。

蜜柑さんの脳内OSが、その複雑すぎる暗号のフラクタル図形を処理しようとフル回転した結果、彼女の脳のリソース(CPU)が100%それに奪われ、完全に処理落ちを起こしてしまったのだ。

「あ……あぁ……っ?」

蜜柑さんの動きが、完全にフリーズした。

瞬きすら忘れ、口を半開きにしたまま、彼女の思考は一時的な『サーバーダウン(処理遅延)』状態に陥り、強力なカウンター奥義の威力は完全に掻き消されてしまった。

「なにっ? 蜜柑のブラッドヴィーナスが無効化された……!?」

フロアに残っていた恋音さんが、純白のポインテッドトゥパンプスを思わず一歩引いて、信じられないものを見るように声を上げた。

五億の奥義が、完全に無力化されたのだ。

ステージのすぐ下、恋音さんの隣で、恐怖のあまり両手で目を覆ってペタンと座り込んでいた美桜ちゃんも、その信じられない光景に気づいたのか、少しずつ、恐る恐る指の隙間から手をどけて、ステージの上の出来事を見つめていた。

「ちっ……! 小賢しい真似を……!」

数秒のフリーズからようやく再起動した蜜柑は、自らの奥義が完全に破られたことに激しい屈辱を覚え、ギリッと牙を剥いた。

「あいつを先にやるか」

蜜柑さんは、目の前で不気味な幾何学模様を保ち続けるお姉ちゃんを完全に無視し、ステージの下にいる私の方へと鋭く向き直った。

原因である「プログラマー」を叩けば、操り人形は止まる。

極めて合理的な判断だ。

「無駄だよ! お姉ちゃん、バックシャドーで私を守って!」

私は慌てることなく、スマートフォンの周波数を変更し、指示を出した。

「ガァァァァァッ!!」

お姉ちゃんは、幾何学的なポージングを瞬時に解き、深紅のドレスを翻すと、信じられないほどの後退速度で、私を庇うようにバックステップを踏み出した。

関節の痛みを無視した、あり得ない速さの『バックシャドー』。

「……かかったな、馬鹿め」

しかし、私に向かって突進してくるかに見えた蜜柑さんの口角が、残酷に吊り上がった。

「えっ……?」

蜜柑さんの狙いは、最初から私ではなかったのだ。

私を守るために姉さんが、蜜柑さんが何かトラップらしきものを仕掛けたであろう「あの位置」を通過することを、彼女は予測していた。

私は、あの位置には何かあると思い、急いで周波数を変え、お姉ちゃんの軌道を修正しようとスマホの画面をスワイプした、その瞬間。

カチッ。

姉さんの黒のエナメルパンプスのヒールが、クリスタルの床の特定のポイントを、ほんの僅かに踏み抜いたような微かな音が響いた。

プシューゥゥゥゥッ!!

突如として、お姉ちゃんの足元のクリスタルの床に仕掛けられていた極小のノズルから、紫色の高圧の霧が爆発的に噴射されたのだ。

「お姉ちゃーーーん!!」

私は悲鳴を上げた。

実は蜜柑さんが、先ほどの奥義を披露する際に、クリスタルの床にヴィーナス成分を限界まで圧縮したカプセルのトラップを仕掛けていたのだ。

私は、ステージの下にいたのでそれに気づけなかったのだ。

濃密なヴィーナスの霧が、深紅のドレスとシアーブラックの脚を包み込む。

いかにリミッターが外れたゾンビ状態であっても、これほどの高濃度の霧を直接全身に浴びさらに、目の前の視界もさえぎられては、神経系が物理的なダメージを受け、行動が制限される。

「ガ、ギ、ギギッ……!!」

お姉ちゃんの動きが、霧の中で完全に止まってしまった。

足止めされた。 これでは、私を守る盾がいない。

私が絶望に目を見開いた時、すでに蜜柑さんは、私の目の前、数センチの距離にまで到達していた。

「一撃で終わらせてやる」

蜜柑さんが、ダークチェリーの唇を私の耳元に寄せて囁いた。

そして、彼女はその身に、お姉ちゃんが踏み抜いたトラップから噴射されている紫色のヴィーナスの霧を、自ら進んでたっぷりと浴びたのだ。

白衣のショートジャケットと黒のレザースカートが、霧の水分でしっとりと濡れそぼる。

五デニールのブラッドオレンジのストッキングが、濡れて肌に張り付くことで、極限の「透け感」と「艶」を生み出し、その妖艶さが何十倍にも増幅される。

蜜柑さんは、その狂おしいほどに濡れたブラッドオレンジの脚を、私の顔の真ん前に突き出すようにして、再びあの致死のポージングをとった。

「奥義『ブラッドヴィーナス』!!」

至近距離。

防御する壁はいない。

私の網膜に、血のように赤く、そして濡れて輝くオレンジ色の悪魔の造形が直接叩き込まれようとしていた。

「終わりですね」

遠くで、恋音さんの氷のような宣告が響く。

私は、逃げ場のない視覚の暴力に、ギュッと強く目を閉じようとした。

しかし、そこに信じられない光景が飛び込んできたのだ。

「させませんっ!!」

私の横から、黒のレザーショートパンツと、白いクロップドブラウスが、弾かれたように飛び出してきたのだ。

美桜ちゃんだった。

彼女は、逃げるどころか、五デニールのヌードベージュに包まれた長い脚で、私と蜜柑さんの間に文字通り身を挺して割り込んできたのだ。

「美桜ちゃん!? ダメ、それを見たら……!!」

私が叫ぼうとした、その瞬間。

美桜ちゃんは、黒のレースアップショートブーツで床を強く踏みしめると、なんと、先ほど私のお姉ちゃんが蜜柑さんに見せつけたあの極めて複雑な幾何学的なポージング『サーバーダウン』と全く同じ動きを、一瞬にして自らの身体で再現してみせたのだ。

「ええっ!?」

私は、自分の目を疑った。

レザーショートパンツの直線的なラインと、ヌードベージュの健康的な脚が、ストリートダンスのブレイクのような鋭くキレのある動きで折り曲げられ、交差する。

ドレスのスリットを使ったお姉ちゃんのものとは違う、より鋭角でダイナミックなフラクタル図形。

(菜々の心:……信じられない。あれは完全に、さっきお姉ちゃんがやった『サーバーダウン』のトレースだ。ただの素人の女の子のはずなのに、あんな複雑な関節の動きを、どうして一瞬でコピーできちゃうの!?)

私は、エンジニアとしての常識が覆されるほどの衝撃を受けた。

(美桜の心:……私だって、ただの足手まといじゃない! いつか絶対にK-POPアイドルになるために、血の滲むようなダンスの練習をずっとしてきたんだから! さっきのお姉さんの動き、すごく難しかったけど……勇気を出して、見よう見まねでやってみれば……できたっ!)

美桜ちゃんは、つい数分前に見たばかりのお姉ちゃんのあの人間離れした動きを、持ち前のダンスのセンスと度胸で見よう見まねで、それも完璧に再現してのけたのだ。

「な、なんだと!?」

蜜柑さんのキャットアイが、信じられないものを見るように限界まで見開かれた。

至近距離で放とうとした『ブラッドヴィーナス』の視覚的暴力が、美桜ちゃんのヌードベージュの脚が作り出す、全く新しい、ストリートスタイルの複雑な「視覚ノイズ」と正面衝突した。

情報量のオーバーフロー。

蜜柑さんの脳内OSが、再び自動的にその幾何学模様を解析しようとして、致命的なエラーを起こしたのだ。

「あ……がぁ……くっ、くそカウンター…だと!?」

蜜柑さんの動きが、再び完全にフリーズした。

濡れて妖艶さを増していたブラッドオレンジの奥義が、一人の少女のダンススキルと勇気によって、見事に無効化されたのだ。

「う……そ、だろ……」

処理遅延のフリーズ状態の中で、蜜柑さんの唇から、震えるような絶望の声が漏れた。

五億の創薬研究員が放つ絶対的な奥義を、アイドルの夢を持つ少女が見事なステップで弾き返した。

静森町の地下スタジアムに、誰も予測できなかった奇跡のフラクタル図形が、希望の光のように鮮やかに浮かび上がっていた。

(境界線上の視線・「偽りの春編」静森の章・第百十話:血のカウンターと処理遅延の盾、アイドルの模倣 了)

本作に登場する人物、団体、地名、事件等はすべて架空のものであり、フィクションとしてお楽しみください。実在のものとは一切関係ございません。また、本作はAIとの共同作業により制作されました。

https://lit.link/fc15b207-4a8b-498d-aabd-1117d70c30df

いいなと思ったら応援しよう!