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境界線上の視線・「偽りの春編」静森の章第九十話:螺旋の伝線と遠距離の光網

(視点:鈴木カオリ)

私の目の前、それこそ手が触れ合うほどの至近距離に立ちはだかった、純白の不気味な仮面を被った身長百八十五センチの女。

漆黒のボディスーツと、十デニールのシャドウ・グレーのストッキングに包まれた長身から放たれるプレッシャーは、これまでの相手とは明らかに次元が違っていた。

ついに、私とこの得体の知れない超美脚美女との戦いが始まろうとしていた。

そのころ、私から少し離れたフロアの中央では、信じられないほどの轟音と熱気が渦巻いていた。

「……ハァッ……ハァッ……!!」

希美さんが、ワインレッドのドレスの裾を激しく揺らしながら、肩で息をしている。

彼女と工藤さんの周囲には、先ほどまで二人を包囲しようとしていた十八人のドールたちが、クリスタルの床に折り重なるようにして全員倒れ伏していたのだ。

たった数分、いや数十秒の出来事だった。

あの十八人のドールたちは、決して弱いプレイヤーではなかったはずだ。

全員が『ヴィーナス』を打ち込み、統率された動きで迫ってきていた。

しかし、彼女たちは、六億と七億の二人の匠にとっては、ただの「障害物」ですらなかったのだ。

工藤さんは、二度目の『清流の歩』でフロアを高速で駆け抜け、極限まで凝縮した香りの渦を放つ『アロマフュージョン』を展開した。

一方の希美さんも、先ほど五人を沈めたばかりの最大奥義『黄金の波紋(ゴールド・エコー・クエイサー)』を、限界の身体に鞭打って再び披露したのだ。

黄金の物理的衝撃波と、漆黒の香りの奔流。

二つの絶対的な奥義がフロアを薙ぎ払い、あっという間に十八人のドールたちの意識を完全に刈り取ってしまったのだった。

これで、五十人いたドールのうち、すでに三十三人(最初の五人+十人+十八人)が床に沈んだ。

残る敵は、ステージ奥にいる秘書のキララさん、お面を被った三人の戦士、そして無傷で待機しているドールが十四人となった。

「……はぁ……はぁ……さすがにこの人数は、やばいやろ? なあ来夏ちゃん?」

希美さんが、額の汗を拭いながら、ワインレッドのドレスのスリットから覗く極薄ベージュの脚を震わせて、少し乱暴な口調で工藤さんに声をかけた。

先ほどの余裕は消え、限界が近いことがその声からも分かる。

すると、漆黒のトレンチコートを纏った工藤さんが、冷ややかな視線を希美さんへ向けた。

「……だらしのない奴だな。もう限界か?」

工藤さんの厳しい言葉に、希美さんは自嘲気味に笑った。

「そらそうや。私はもう三十七だぞ? 若くないんだからな」

「私もお前と同じ三十代だ」

工藤さんが、眼鏡の奥で鋭く言い返す。

こんな死闘の最中でありながら、年齢のことで軽口を叩き合う二人の匠の精神力には、本当に頭が下がる思いだった。

しかし、その束の間の休息も、すぐに破られることになった。

「おい、来夏ちゃん。あいつら全員下りてくるぞ」

希美さんが、鋭い声でステージの奥を指差した。

ステージの上段で待機していた残りのドールたちが、一斉にヒールを鳴らしてフロアへと下りてきている。

「……何人だ?」

工藤さんが、冷静に状況を確認する。

「……十四人だな」

希美さんが、迫り来る敵の数を素早く数え上げた。

「キララとお面の三人以外の、全員か?」

「そうみたいだな」

希美さんが頷いた、その直後だった。

ステージの奥で、ダークグレーのスーツを着こなすキララさんが、無機質な声で新たな指示を出したのだ。

「皆さん。あれを使いなさい」

その声が響いた瞬間、フロアに下りてきた十四人のドールたちが、ピタリと一斉に歩みを止めた。

そして、彼女たちは一様に自らのスマートフォンをポケットから取り出すと、画面の操作を始めたのだ。

カチッ、カチッ、カチッ……。

「え……?」

私は、その光景を見て息を呑んだ。

十四人のドールたちが、スマートフォンの『ライト(懐中電灯機能)』を一斉に点灯させたのだ。

そして、彼女たちはその眩しいLEDの光を、自分自身の脚、様々なデニール数、様々な色のストッキングに包まれた太腿やふくらはぎへと、下から照らし上げるように当て始めた。

「なっ……!?」

工藤さんが、驚愕に声を上げた。

それは、ランウェイバトルの常識を覆すような攻撃だった。

薄暗い地下空間。

そこに、十四の強烈なLEDライトが、ストッキングのナイロン繊維を裏側から透かすように照らし出す。

光によって強制的に浮かび上がる、筋肉の陰影、肌の透け感、そしてナイロン特有のギラギラとした光沢。

それが、十四人分。

一つの巨大な光の網(イルミネーション)となって、遠く離れた私たちの網膜へと直接、暴力的なまでのエロティシズムを放射してきたのだ。

(カオリの心:これって……遠距離攻撃!? ランウェイバトルで、スマホのライトを使って自分の脚の視覚効果を遠くまで届かせるなんて……!)

私は、その悪魔のような発想に戦慄した。

至近距離でのポージングの破壊力を、光の力で増幅し、遠く離れた相手に一斉掃射する。

「くっ……!」

さすがの工藤さんと希美さんも、その強烈な光の暴力に、一瞬たまらず目を閉じた。

しかし、それは最悪の悪手だったのだ。

工藤さん自身が言っていた。

『目を閉じたり、そらしたりしても、脳内補完が勝手に始まるので、回避はまずできない』と。

目を閉じた暗闇の中で、強烈なLEDライトに照らされたストッキングの残像が、脳の快楽中枢の中で無限に増殖し、最も恐ろしい形で再生され始める。

「……ッ!」

二人は、その脳内補完の恐怖に気づき、すぐにハッと目を見開いた。

しかし、その一瞬の躊躇が命取りだった。

再び目を開けた二人の瞳には、明らかな変化が起きていた。

工藤さんの白目に、ほんの少しだけ赤い充血の糸が走り始めている。

あの鉄壁の防御力を誇る七億越えの彼女が、ついにダメージを負い始めたのだ。

そして、限界が近かった希美さんに至っては、半分ほどだった目の赤みが、ジュワッと一気に広がり、白目の大部分を毒々しい赤色に染め上げてしまっていた。

(カオリの心:ダメだ……私も、限界……!)

遠くの光の網が、私の視界にも容赦なく突き刺さってくる。

ライフゲージがすでに残り少ない私にとって、あの光を見続けることは即座に気絶を意味していた。

私は、遠くの十四人のドールたちを見るのをやめ、強制的に視線を切り替えた。

目の前に立つ、百八十五センチの仮面を被った女性。

彼女の漆黒のボディスーツとシャドウ・グレーの脚だけを、一点に集中して見つめる。

そして、私は震える手でダッフルコートのポケットから、小さなガラスの小瓶を取り出した。

『ミントオイル』。

精神の破壊を食い止めるための、唯一の回復薬。

私は覚悟を決め、小瓶の蓋を開けると、その刺激的な原液を一滴、自らの目に向かって直接落とした。

「ぎゃあああああっ!!」

眼球を焼火箸でえぐられたかのような、凄まじい激痛。

私は両手で顔を覆い、クリスタルの床にしゃがみ込んで悲鳴を上げた。

痛い。

痛すぎる。

涙と鼻水が止まらない。

けれど、その劇薬の痛みが脳天を突き抜け、私の視界を覆っていた『ヴィーナス』の赤いノイズと、遠距離からの光の暴力を、強制的にリセットしてくれたのだ。

「はぁっ……はぁっ……」

激痛の涙を拭いながら立ち上がると、視界は驚くほどクリアになっていた。

ライフゲージが、ほぼ全快に近い状態まで回復したのを感じる。

その、私が立ち上がったのと全く同じタイミングだった。

「そろそろ、始めようか」

目の前に立つ、百八十五センチの女性が、低く冷たい声でそう呟いた。

彼女は、シャドウ・グレーのストッキングの脚を一歩前に出し、そして……顔を覆っていた純白の『増女』の仮面に手を掛け、ゆっくりとそれを外したのだ。

仮面の下から現れた素顔を見て、私は息を呑んだ。

切れ長の涼しげな瞳に、スッと通った鼻筋。

クールで、そして中性的な魅力を持つ、パリコレのモデルも顔負けの、息を呑むような美貌だったのだ。

彼女のその美しい顔が、漆黒のボディスーツの禁欲的な雰囲気と合わさって、尋常ではない威圧感を放っている。

「全力で行きます」

私は、アイボリーのレースアップブーツの中でギュッと足の指に力を込め、彼女に向かって力強く宣言した。

やるしかない。

私は、ミントグリーンのフレアワンピースの裾をふわりと持ち上げ、彼女に向かって鋭く踏み込んだ。

奥義『トルネードターン』。

私がかつての戦いで身につけた、高速回転による視覚と風の技。

通常であれば、ターンに合わせてヒールを高く蹴り上げ、ストッキングのつま先を相手の視界に直接突きつけるのがこの技の真骨頂だ。

しかし、今日私が履いているのは、ヒールのないアイボリーのミドルブーツ。

足首が固定されているため、ヒールのようにしなやかに蹴り上げることは物理的に不可能なのだ。

だから私は、あえて蹴り上げを捨て、『回転』そのものに全てのエネルギーを注ぎ込んだ。

軸足を極限まで安定させ、フィギュアスケーターのように身体をスピンさせる。

遠心力でワンピースの裾が限界まで広がり、五デニールのピュアベージュに包まれた私の脚が、高速の残像となって彼女の視界を乱反射で切り裂く。

シュンッ、シュンッ、シュンッ!!

完璧な三回転。

しかし。

「ほう。回転が得意なの?」

回転を終えた私の目に飛び込んできたのは、ダメージを受けるどころか、涼しい顔で私を見下ろす彼女の美しい顔だった。

「なら……」

彼女は、漆黒のボディスーツを滑らかに捻り、シルバーのピンヒールブーツを軸にして、信じられないほどのスピードで自らも回転を始めたのだ。

シュルッ、シュルッ、シュルッ!!

長身から繰り出される、恐ろしく洗練された完璧なターン。

それは、私と全く同じ、三回転。

しかも、彼女はただ回転しているのではない。

私の『トルネードターン』の残像のリズムに完全に合わせ、私の視覚攻撃を相殺するようにして、自らのシャドウ・グレーの脚の残像を同調(シンクロ)させていたのだ。

「どう? 私の回転は?」

ピタリ、とブレ一つなく回転を止めた彼女が、挑発的に私を見下ろして言った。

「え? あ? 凄いです」

私は、思わず間抜けな声で素直に感嘆してしまった。

自分の奥義が全く通じなかったというのに、不思議と絶望感はなかった。

むしろ、「こんな防御の方法があるんだ」と感心してしまったほどだ。

数々の修羅場を潜り抜け、七億越えのトッププレイヤーの戦いを間近で見てきた今の私には、この程度のことでパニックに陥るような弱さはもうなかった。

私の精神は、確実に鍛え上げられていた。

「じゃあ……これはどうでしょうか?」

私は、不敵に微笑んで、彼女の目の前でゆっくりとアイボリーのレースアップブーツに手を掛けた。

紐を解き、両足のブーツをクリスタルの床へと脱ぎ捨てる。

五デニールのピュアベージュのストッキングに包まれた、私の足の甲、くるぶし、そしてふくらはぎのラインが完全に露わになった。

そして、私は彼女に背を向けると、脱ぎ捨てたブーツのヒールの硬い部分を、わざと不自然な角度で自らの足首、ピュアベージュのストッキングのくるぶしあたりに、軽く擦り付けたのだ。

チリッ。

極薄のナイロン繊維に、ほんの僅かな、数ミリの小さな傷(伝線)が入った。

そして、私は彼女に背を向けたまま、靴を履かないストッキングだけの足で、ゆっくりと歩き出した。

一歩、また一歩と脚を前に出す。

その歩行の筋肉の伸縮に合わせて、くるぶしに入った僅かな傷が、少しずつ、少しずつ上に向かって「伝線」していく。

破れ目から覗く、生々しい素肌。

「……なに?」

背後で、彼女の声が微かに揺らいだのが分かった。

自らの手で完璧なストッキングを傷つけ、歩くたびにその破滅を広げていく。

『ダメージウォーク』。

かつてホテル・アルカディアの地下で、白鳥和也との戦いで見せたあの『陰影の伝線』を、さらにアレンジした背徳のウォーキング。

「これには……さらにバリエーションがあるんですよ」

私は、伝線がふくらはぎの半ばまで達したところで、彼女の方に向かってクルリと鋭くターンをした。

「奥義『螺旋階段』」

私が回転したその瞬間。

ターンの強烈な遠心力と、膝の筋肉の急激な捻りによって、一直線に上に伸びていた伝線が、まるで意志を持った蛇のように斜め方向へと軌道を変えた。

ビリリリリッ……!!

五デニールのピュアベージュのストッキングが、私のふくらはぎから太腿に向かって、脚をぐるぐると巻き上がるような『螺旋状』に、一気に破け飛んだのだ。

「あっ……!」

彼女の口から、ついに呻き声が漏れた。

清楚なピュアベージュのストッキングが、螺旋状に無惨に引き裂かれ、そこから私の白い素肌が幾何学的な模様のように露わになる。

構築された美の破壊と、露わになる生身のエロティシズム。

それが螺旋を描いて視界に飛び込んでくるという、極めて複雑で狂気的な視覚のトラップ。

「ぐぅっ……はぁっ……!」

百八十五センチの長身が、大きくグラリと揺れた。

彼女のクールな瞳の白目が、一気に毒々しい赤色へと染まり上がる。

ヴィーナスの効果が、私の『螺旋階段』の背徳的な視覚情報を致死量の快楽へと変換し、彼女の脳を容赦なくショートさせたのだ。

一撃で、彼女のライフゲージの四分の三を削り取った確かな手応え。

私は、破れたストッキングのまま優雅に立ち止まり、余裕の表情で彼女を見つめ返した。

「カオリのやつ、かなり成長しているな。……一億じゃすまないな、これは」

後方で十四人の光の網と対峙している工藤さんが、私の戦いぶりを横目で見て、微かに口角を上げてそう呟いたのが聞こえた。

七億越えの匠からの、最高の賛辞。

「はぁ……はぁ……。よくも、やってくれたな……」

目の前で、彼女が肩で激しく息をしながら、私を睨みつけて言葉を吐き出した。

そのクールな美貌には、もはや先ほどの余裕は欠片も残っていない。

私と、仮面を脱いだ長身の美女。

クリスタルのステージで、決着の時はすぐそこまで迫っていた。

(境界線上の視線・「偽りの春編」静森の章・第九十話:螺旋の伝線と遠距離の光網 了)

本作に登場する人物、団体、地名、事件等はすべて架空のものであり、フィクションとしてお楽しみください。実在のものとは一切関係ございません。また、本作はAIとの共同作業により制作されました。

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